
ふれっしゅ
40代後半の男
映画と音楽
フィルマークスに書く前のメモを載せています
批評はできないのでただの感想です
それで満足してフィルマークスは滞り気味
集中力ないので家で配信はあんまり見れないので映画館で観た感想が多くなりつつあります
映画
音楽
キャンプ

ふれっしゅ
とても良かった。
ラストは皆色々思うとこあるみたいだが、ダッファー兄弟と脚本チームが悩みに悩んで、ここまで歩んできたエルなら最後にどういう選択をするだろう、と本気で考えている姿が印象的だった。
最終話の本読みのラストのキャストの皆の表情を見ると、みんな心の底から納得してるんだなと感じた。
子供達の先生役の人がダッファー兄弟の高校時代の演劇教師だったというの、驚き…。胸熱すぎる。
このドキュメンタリーじゃないやつで、シーズン2が終わった後に、ショーンレヴィとダッファー兄弟とキャスト何人かを呼んで話すという番組もあったのだが
その中でダッファー兄弟が、自分達も学生時代はこの物語の登場人物みたいに目立たない存在で、この物語はそういうハミダシ者たちのための物語なんだ」みたいなことを言ってて、すごく合点がいった。


ふれっしゅ
終わるのが嫌で、ここまで引き延ばしてたけど
ようやくさっき見終わった
寂しい…
けど俺は文句はないよ
思えば前シーズンは辛くてなあ…
エルはいじめられるわ
みんなバラバラだわ
シーズン5は神回の連続だった


ふれっしゅ

ふれっしゅ
フランスですごくヒットしているというこの作品。
自分が障害者関係の仕事をしているということもあり、興味があったので観てみた。
ハートウォーミングな話ではあるのだが、悪い人たちが障害者たちと関わっていく中で自分の中の柔らかい部分に気づいて、…みたいな話ってなんとなくストレートすぎるだろう…?という思いがよぎってしまうのだが。
物語の中で、悪い人たちが改心するための装置として障害者の存在やその個性みたいなものが扱われているような気がして、なんとなくスッキリしないものが残る。
障害者達が個性を生かしながら役者として参加して…というのも良い話に聞こえるし、実際ああいう役を役者が演じるのはなかなか難しいだろうし、きっと彼らも楽しんで参加したのだろうから、経験としても体験としてもとても良いものだったのだろうけども、作り手にそういう意識はなく、あくまでストーリーとして良い話を、作品として良い作品を、と思って作っているとは思うんだが、それでもどうしても啓蒙的な要素が含まれているような気がして、お話としてはとてもストレートでハートフルなコメディだったとは思うんだが、気持ちよく見れる作品ではなかったなーと思った。
しかしこれは完全に自分の個人的な事情からくるもののように思うので、そうでなければ普通に楽しめるのかもしれない。


ふれっしゅ
何これ⁉️これでシリーズおわりなの⁉️マジかよ⁉️なんなんだよ⁉️
とかうろたえてたら
1時間後に友達から
え?これでおわんの?
って思ったら次シーズンあるのね!
ってメール来てて
マジかよ⁉️良かったー、と思ったのと
なんて気が合うやつ…と思った
シーズン4で終わりだと思ってたわー


ふれっしゅ
流石にもう寒いんであったかいの飲みたいんですけど
ホットコーヒーにシトラス果肉ってやったことある人います?

ふれっしゅ
総じて7話は神回だった


ふれっしゅ


ふれっしゅ
新年一発目である。
ジェイソンステイサムが出ている映画なんて今まで1作も観たことがないんだが、なんか予告編で見て、凄そうな割に軽そうだな…と思って
たまにはこういうの観てみるのも良いよな、と思って行ってみた
イコライザーとジョン・ウィックの中間というか、イコライザー寄りではあった
まあ、ピンチがないではないが、ほとんど怪我らしい怪我してないしな…
こういう大団円が約束されているような映画は、展開としてもちろんハラハラするような場面はあるのだが、どうせ丸く収まるんだし、という安心と共に見れて、これはこれで良い
都合が良いとこもあるが、そういう微細な部分を突っ込むようなものではないのだし
結局人がバカスカ無慈悲に殺されていくんだが、いつもは1人死んだとか病んだとかでドラマが起きるような、と言うか普通の人の人生はまあそういうもんなんだが、ものばかり観ていると、なんというか、いやフィクションとは言え、似たようなことは、例えば昨日のベネズエラみたいに起きるわけでね、世界の振れ幅って蟻と恐竜くらいの差があるよな…と痛感思ってしまう
観てたら、デビッドハーパーが脇役なんだがメチャクチャ良い役で出ていてなんか得した気分だった。
全米スーパーメガヒット‼️とかって頭悪そうな謳い文句でバーン‼️と宣伝してるんだが、やっぱりアメリカの人はこういうドガーン‼️ボゴーン‼️みたいなの好きなんだなぁ
たまの息抜きにはこういうのも良いわ、と思った


ふれっしゅ
最終シーズン終わるの嫌すぎてなかなか見れなかったんだけどようやく見始めて
2話目でもう泣きそう







ふれっしゅ
アバターは5作目まで案はある
キリを演ってたのはシガニーウィーバーである

ふれっしゅ
冒頭見て思った
え?これ続編なん?タイトルに2つけといてよ、と
原題には付いてるのに
そして1は配信では見れないのか…
全世界でメチャクチャヒットしているらしいが、単純に好き嫌いの話で言えば、ちょっと前に観たロシャオヘイ戦記2の方が好きだった
スケールは凄いなと思った
これはホントハリウッド級だぜ…と
特に最後の方のあの人海対じんかいの戦いみたいな表現は、まあ日本からは出てこなそう…と
だけど、アニメなんでやっぱりキャラクターデザインの好き嫌いに左右されるよなーと思った
本編が終わり、ラストの前に少し筆画みたいな平面の絵を見て改めて思ったが、もちろん顔は東洋寄りなんだが、かなりディズニーピクサーっぽいキャラクター造形なんだなーと思った
ストーリー的には、こちらも「え⁈お前が…⁈」みたいな展開で、なるほどーとは思ったが
これはこれでまた3が来そうな展開ではあったが
ロシャオヘイ戦記の方が細かく掘り下げられそうなキャラがまだまだ引き出しありそうだし、スピンオフだっていくらだって作れそうな空白があったので、個人的には続編が楽しみなのはロシャオヘイ戦記でした
もう一回観る?続編観る?と問われると、うーんと即答はできない
これはホント好みの問題だと思うが


ふれっしゅ
正直、俺はあんまりアバター支持派ではないんだが、まあ、なんか今回は「まあ、なんか面白かった気がするわ」くらいには思った
しかし、なんで観に行こうとすると、、あんなに気が重たくなるのか、アバターは
IMAX3Dはこの映画に関しては結構良かった気がする
3Dは焦点が勝手に固定される感じがしてあんまり好きじゃないし、普通の風景がたくさん映るような内容だとあんまりその意味もないと思うが、アバターみたいに遠景や室内のモニターの多重表示みたいなものがたくさん映る作品だと、3D感が割と感じられてまあ意味もあるか…と思った
IMAX3Dは今後たぶん滅多にリリースがないと思うので、そういう意味ではお祭りに参加するつもりで1000円課金したという所
前回、海表現スゴーとは思って、正直感想はそれだけだったんだが、確かに1作目と2作目の良いとこ取り+みたいな感じあった
こっからネタバレ的なの入ります
内容的には、まあ面白かったな…と思った帰り道、いや、でもあれ一件落着なん?ってふと疑問が…
そもそも人間はあの星に移住するつもりで来ているんだから、あの星のナヴィを狩って征服するのが目的ではないのか?
なんでそれせんの?と
最後の戦闘がなかなかスペクタクルだったので、なかなか凄かったぜ…ふぅ、と思ったのだが、ちょっと待て、と
これ、捕鯨に総力で出向いて、将軍含め艦隊壊滅させられただけで、基地とかそのまま残ってんじゃん…
あの人間ども…何がしたかったん…と、ちょっとポカーン( ゚д゚)としてしまった
前作とか細かい設定忘れたので、そこになんか意味あったのかもしれんが、たぶんあの鯨みたいな生き物から取れる成分が必要だったんだっけ?
すげえ攻めて来たぞー→鯨の逆襲→からの奇襲成功で勝ちそう→からの灰の部族が銃火器で圧倒で負けそう→からのこの星の守り神みたいなものに働きかけてイカの逆襲
って最後の戦闘を要約するとこうなると思うんだが、もう最後のイカの逆襲は爽快なんだけど、イカ…⁉️と思ってB級ホラーかと思って笑えた
イカ強いし
でもイカは鯨と違ってコミュニケーション取れないから、やっぱり守り神にコントロールしてもらわないと最初から協力してもらうってわけには行かないんだよな
あのモンキーボーイも晴れてナヴィに受け入れられてめでたしめでたし、みたいな感じだったけど、人間の基地ってそのまま残ってると思うんだけど、そういうのはもう良いのだろうか?
今回、たぶん最終作よね?
たぶん、基地はナヴィが制圧するんだよね?
もう人間は来ないよね?
でも基地で働いてた人達とかはまあ居続けて小さく共存みたいになっていくのかね
地球から増援が来たりしないよね?そういうありがちな続編はもう無いよね?
あの主人公をら助けた海洋学者はその後どうなったのか…?
色々、気になることはあるが、自分の中で話は想像して終わらせるので、ホントもうこれで終わりにしてください


ふれっしゅ
俺もNetflixの余命一年の僕が、余命半年の君と出会った話。で初めて出口夏希を観て以来、まだ主演作そう多くはないが、若手女優の中では完全に持ってかれたので、100%賛同‼️と思った
か「」く「」し「」ご「」と「も素晴らしいんだから

ふれっしゅ
俺ルックバックのストーリーは全然好きじゃないんだけど
映像めちゃくちゃ良さそうで…ぐぬぬぬぬ、またあの辛いストーリー見なあかんのか…となっている

ふれっしゅ
観れなそう…と思っていたが、今日の仕事が終わって早々に上がって観てきた。ウチは明日休みで外出予定でイブディナーとかはないので。
まあ、そんなイブの夜に映画なんて、ましてやエディントンへようこそみたいなハッピーにはならなそうな映画を観る人はいなかったらしく、とうとう貸切スクリーンを経験してしまった。大体東京のハズレで見てるので、今まで数人っていうのはあったものの貸切はなかったが。
予告編で見て、想像していた斜め上をいく展開で、もちろん陰謀論やSNSでの情報の流れ方やそれを経ての暴走など、社会風刺的な要素は割と全面的に織り込まれているんだが、途中からクライムサスペンスみたいな展開になってきたかと思えば、もう後半はそんな話でもなく、めちゃくちゃなので、もうこれどうするん…?と思って笑けてきてしまった。
この映画を面白いと評して良いものか、面白いと言ってしまっては不謹慎なのだろうか…という気もしつつ、おかしみ…(と言って良いかも迷うところだが)みたいなものもあって、うん、なんかもうめちゃくちゃで面白かったわ…という気分になっている。
このはなしの前半からここに着地するっていう想像は誰にもできんだろう。
気になったのは、ああいう存在というのは、アメリカ人が見てどの程度リアリティがあるものなのだろうか。割とリアルな現実なのか、誇張して描かれた現実なのか、それともああいう存在こそが陰謀論的なものなのだろうか。
後味悪い、という事だけ少し耳に入っていたが、自分的にはあまり後味悪い、というほどでもなかった。色々と不憫だな…と思う人はたくさんいたが。


ふれっしゅ
どうにも興が乗らずに、眠気も感じたので、布団に入ったらそのまま2時半まで寝てしまい、寝休日となってしまった…
エディントン、観れなそうな気がする…

ふれっしゅ
今日、ポンヌフの恋人を観てきました。
その感想は別に書いているのですが、その中で気になったシーンがありまして。
ラスト近くのミシェルが眼科医のドクターの看板がある部屋に入っていくシーン。
あれは何を意味しているのでしょうか?
そして、あんなことを言って新しいポンヌフの橋に呼び出しておいて、私帰らなきゃ、みたいな事を言うのは、マジでお前何なん⁉️と思ったのですが、そこでミシェルが私はややこしいことを抱えているみたいな事を何か言ったと思うのですが、それはつまり目を治してくれたドクターと恋仲になって一緒に住んでいたんだが、アレックスを思い出して、会いに行った。刑務所でああは言ったものの、まだ生活の整理はできておらず、今日は帰らなきゃいけない、と伝えた、という解釈で合っているのでしょうか?
加えて、そういう状況なら、最後に行き先は〇〇みたいに言って一緒にそこに帰ろう!みたいな流れは、その前に言っていたややこしい状況はどうするの?と思ったのですが、この辺りは、一般的にどのような解釈をされているのでしょうか?

ふれっしゅ
正直言って、フェイクファーの中でもメランコリック過ぎて、名曲なのは分かるが、あまり好きではないこの曲をモチーフに、メランコリックじゃない映画ができるはずもないので、初めて予告見た時から内心「ケッ‼️」と吐き捨てていたので、もう絶対好きじゃないの分かってても、分かってるからこそ観に行ってみようと思ってた。
明確なネタバレは書かないが、展開については少し書くので、もしそういうの知りたくなければ、観てから読んでほしい。
もう、想像通り、9割9分ほぼイライラしながら見ていた。
公開したばかりなので、あんまり細かい事は言わないが、脚本どうなのこれ⁉️と思いながら観ていた。台詞回しがとにかく気になった。違和感のあるセリフが多すぎる。
あと、双子の兄弟が亡くなった片方の代わりを演じる生活を送る事は予告で分かっているわけで、「それみんな分かってんのに、その演出なんなん⁉️」みたいな沸々とした不満が細かいところに溜まって行った。
しかも、劇中の楓の使い方がマジで全然粋じゃなかった。いや、振り返れば一ヶ所は粋だったのかも。他のところの使われ方が気になり過ぎて、そこももはや本当に粋だったのか、どうかすらよくわからなくなっている。
ほぼ全編イライラさせられ、ラストだって全然好みじゃないし、何なんこれ⁉️と思いはするんだが。
だがしかし、えーーー⁉️という驚きがあり、え⁉️ここまでのイライラポイント、このための壮大な振りだったん⁉️とその展開には驚いた。
そこまで、何なんだよこの脚本はよぅ…とイライライライラしながら観ていたのだが、まあ、それなら仕方ないか…と。
でも、なんかそれ、もっと上手くやりようないもんかね?とも思った。
福士蒼汰は、随分と男っぽくなり、いい意味であんまりクリーンな役が似合わない面構えになってきたなぁと思ったり。
リュクマニアとしては福原遥が背負ってる前半のコブマスターとラストのロウロウマウンテンのリュック、カワイイなぁと思いつつ、ちょっとキャラ狙いすぎなんだよ…とも思った。
あの家とかさ、なんか丁寧感あってやっぱりあんまり好きじゃなかった。
総じて好きではなかったが、驚きはあった


ふれっしゅ
楓は、(曲は好きだけど)よくあんな感傷的な歌をモチーフに映画なんか作ろうと思ったな、というどちらかというと否定的な見方出発である
覆してくれるだろうか

ふれっしゅ
てけしゅんの中でズートピア2とかスカーレットと並んでタイトルに出ていたので、その内容聞く前に観てきた。
なんだこれ⁉️メチャクチャ面白いやないか‼️
観終わってすぐ続編観てぇーってなったんだが、これがもはや続編だったのか…
1も見れるみたいなので、あとで観ます。
1も見ておらず、中国のアニメだということ以外は特に情報もなく見始めて
「ほーん、なんかそんなバキッとしたタイプでもない、普通の2Dの平たい絵やなあ。キャラもなんかちょっとパンチ弱めかなぁ」とか思いながら観ていたら、グイグイ引き込まれて最後のルーイエのこれまでの修行の場面とか観たらめちゃくちゃ涙するくらい思い入れができてしまった。
登場キャラクターが、超脇役まで含め、かなり多いのだが、ONE PIECEみたいな感じで、その一人ひとりのキャラ設定や能力設定までかなり細かく作られているように見えた。MOBがMOBで終わらず、だからこそ世界観に広がりが見えて、いくらでも話が紡げそうな雰囲気がある。
だからこそ、続編観てー‼️となるのだろう。
ズートピア2の感想にも書いたが、スカーレットもズートピア2も、このシャオヘイ戦記2も、また対立する勢力との共存や融和や和解、という事がテーマになっていた。
こういう物語が中国からも出てくるのか…と思って、ニュースでは中国のなんやかやがこのところも頻繁に報道されているが、ああいうものは意外と中国に暮らしていると市井の人たちはあんなにピリピリしていないという話も聞くし、クリエイターからはこういう希望の見える(とは言え、多少バイアスをかけた見方をすると、妖精側が中国で人間側が日本を含む西側?というつもりで書いていたとしたら、あまりそんな呑気な話でもないような気もするが、そうではないと信じたい)物語が、語られるんだな、と思うと、やはり目につく大きなニュースにだけ目を向けても、それだけで何かを判断するほど短絡的な解釈はしたくないものだな…と思ったりもした。
まあ、そういう色々思うところもあるが、とは言え、とにかく戦闘シーンが、完全に進撃の巨人以降の感覚が新しいものとしてではなく、もはや血肉になったような躍動感で素晴らしかった。
飛行機に乗るっつー場面もあって、乗るからにはそういう事にはなるだろうなとは思ったが、流石にイーサンハントでもそんな解決の仕方はできん笑、みたいな突拍子もない解決策で痺れた。
3を…
ぜひまた…
っていうかNetflixとかで連続シリーズにしてくれ…


ふれっしゅ
めちゃくちゃ面白かったからみんな観て‼️


ふれっしゅ
もう徹頭徹尾エンターテイメント。主人公がウサギである事が関係あるのか、ディズニー映画が全てこうなのかはよく知らんが、とにかくテンポ良く話が転がっていく。
違いを認めて受け入れる事が大事だ、というシンプルなメッセージだが、分断が進んだ今のアメリカにおいてそれを改めてメッセージとして放つ事の思いの強さよ。
そしてそれがちゃんとエンターテイメントの中に埋め込まれて、説教くさくないのがとても良い。
赦すというメッセージを掲げたスカーレットと共通する部分もあると思うが、こっちも歌って踊ってたし、死者の国もズートピアみたいなもんじゃない?そういう意味では、比較してしまうよなあーという感もあり、比較してしまうと、やはりなぁ…という思いであった。
いろんな動物たちが集まって暮らすズートピアではあるが、爬虫類達はかつて追い出された歴史があり…という、一見理想郷に見えたズートピアには実は隠された過去が…という設定はなかなか良かった。
前作は哺乳類の中での肉食と草食の対立を描いていたが、今度は哺乳類と爬虫類、おそらくラストを見ると次は…
スタッフクレジットの中にDIVERCITY AND INCLUSIONというスタッフがいて、何を担当するのかはわからんが、なるほど、映画のストーリーでのみそれを伝えるんじゃなく、そういう映画を作るためにそういうスタッフ配置をするのか…というところはなかなか興味深いし、さすがにアメリカは進んでいるんだな…と思った。
いやあ、痛快で面白かった


ふれっしゅ
回答数 412>>

ふれっしゅ
オリジナルも観たことないし、特に興味のある監督でも作品でもなかったのだが、このところ映画館に行くとしきりに予告編に流れるし、確かにワンカットワンカットかなり印象的だったので、興味をそそられ観に行った
行く前の予想として、この手の映像がメチャクチャ美しい映画というのは、映像は凄いのだが芸術的すぎて意味わからん雰囲気映画的な感じで、たぶんホワッと映像は素晴らしかった、くらいしか言えないのではないか…と思って臨んだのだが
思いの外、ストーリー立てもあって面白かった
どごぞの病院で肩を骨折して入院している女の子が、たまたま成り行きで出会う同じ病院に入院中の若い役者の男からお話を聞かされる
そのお話の再現映像があのバキバキに決まった映像なのだった。
とにかく、その男が作ったお話を描いた部分の映像が、どこをどう切り取っても絵になる見事すぎるカットの連続で、正直自分はこの映画のあのカットがどうこう、みたいな話は「ほーん、そうなんや…」くらいにしか感じられんセンスのなさなんだが、そういう自分でもこの完璧に計算された絵作りには感嘆せざるをえなかった。
ストーリー立てがあるとは書いたが、言ってしまえば、入院中の女の子が出会った、入院中の役者の男(どうやら女に振られてどこかから飛び降りて怪我をしているらしい)が女の子に自分の作ったお話を話して聞かせるうちに仲良くなり…みたいな話で、特に長々と語るような話でもないのだが、その2人の交流がなんだかとても親密で良かったのだよなあ。
最後に病院のみんなで映画を見る場面とかとても良かった。
たぶん、一度見ただけでは見落としてしまってわからないような設定も色々あったように思うし、もう少し映画周辺の情報を取り込んだ後にまた観てみると、色々なるほどと思うことや発見がありそうな映画だな、と思った。
でも、この映画の映像美を大きなスクリーンで見る、というだけでも、シンプルに素晴らしい体験だと思うので、劇場で見るのはとてもおすすめである。


ふれっしゅ
トリツカレ男はたしか昔の彼女が一時期いしいしんじにハマっていた時にオススメされて、最初に読んだいしいしんじ小説だった気がするので、結構思い出深い作品で、予告編見た時から見たいと思っていた。
が、小説が2001年らしいので、何で今?というのと、ここまで独特なキャラデザインはあんまりウケないだろうから、映画館もガラガラかな…最悪1人かな…とか思っていたら、割と入っていて驚いた。これがAぇ! groupパワーなんだろうか。
アニメに詳しくないので、どこが作ってんだろうと、調べたらクレヨンしんちゃんとかドラえもんとかの映画作ってる割と大きなスタジオだった。この独特のキャラデザインはどっからきたんだろうかと思っていたが、確かにクレヨンしんちゃん味はあるなと思った。
映画としては、良い話だったね…と、たぶん原作通りのストーリーだから、思ったのだけど。
原作読んだ時に感じたソリッドな感じは無くなってるな…という印象。ただの良い話だなぁと。
いしいしんじの小説の凄みって、漢字とかも少なくひらがな多めで、世界観もどことなく童話的な世界観なんだけど、そういうホワッとした文体と世界観なのに、人間の業みたいなモノに肉薄して削り出してるような、そういう容赦のなさみたいな感じがするんだけど。
そういうものは失われてしまったな、と感じた。読んだ時、すげえ話を読んだぞ…と思ったものだが、アニメはそうでもなかったな。
別にこの作品がアニメ映画としてダメだとは思わないけど、同じストーリーをなぞってたどり着いた結末が一緒でも、こうも印象が違うものが…というのは面白い体験だった。


ふれっしゅ
何やら、観る前から酷評されているらしい、という話だけなんとなく見えていたが、あまり左右されるのも良くないだろうという事で、それ以上の情報が流れ込む前に今日観てきた。
酷評の内容を見てないので、そういう意見については何にも言えないのだが、まあ酷評するほどか?という気もした。
たが、面白いか…と問われると、なんかスパッと即答できない感覚が残る。
作家として同じ座組でやり続けるというのは、やはり停滞なのだろうから、脚本家が代わり、キャラクターデザインが変わっていくのは仕方のない事なんだろうけど、話としてもキャラとしても、こんなこと言うのもホント粋ではないのだが、バケモノの子までと、それ以降で面白さという点ではなかなか伸びてこんなーという感じがする
(という点において、新海誠はこれからが正念場だろうなとも思う)。
面白いかと言われるとねえ…という迷いがどこから生じるのかと言えば、たぶん説教くさいというか、正論というか、まあそりゃそうなんだけどさ、みたいなところに結局落ちていくから、という気がする。
つまり、憎しみの連鎖を断ち切るためには、父を殺されるくらいの事でも、許すということが必要で、それが未来に続いていくんだ、みたいな、まあそれは、今の世の中において確かに必要なことだが、設定も含めてあまりにどストレートにそんな話を見せられても、なぁ…という感じで。
もう少し、かつてのアベンジャーズがそうだったように、ヒーローものとしてみても面白いけど、そこには何がしかの社会風刺がきちんと盛り込まれている、というくらいの作りがやはり粋なのでは…?と思ってしまうので。
許すべきです‼️って言われても…お、おぅ…みたいな感覚に陥ってしまうというかね…。
まあでもそれは俺が捻くれているからで、ここまでストレートなメッセージの方が今は伝わるのかもしれないが。
ラストとかもなあー、なんか普通やなー、って感じで、言葉で何でもかんでも言わんでイイやん、と思うというか、カリスマってそういうもんじゃなかろう?とも思うというか。
民衆を前にして、あなたが決意を持って「私と共に生きてくれ‼️」と強く呼びかけるだけで、それだけで伝わるものだってあるだろう?と思ったり。
そういう意味では、なんか、全体的な物語の作りに粋さが欠けてるなあーという印象でした。
なんでお前がその世界におる?問題については、ラスト辺りであー、2人とも彷徨ってたからか、とわかるんだが、じゃあ他の側近どもは…という、生も死も過去も未来も混ざり合う場所…みたいなそれっぽいこと言って設定の曖昧さを誤魔化してるような気もするよなー。
舞台挨拶の映像なんとなく見かけてしまったので、主人公芦田愛菜…?という事はなんとなく知ってしまっていたが、あれ言われなかったらわからんよねえ?それは凄いなと思った。後半の感情が乗ったセリフになると幾分芦田愛菜味が出てきてたが。あと歌も歌ってるし、なんか、この人マジでなんでもできるんだな…と才能って恐ろしいわ…と思った。
岡田将生が良かったかどうかは、別にして、岡田将生ってホントいい声してるよな、とは思った。
しかし、こういう劇場アニメの主要キャストに声優が使われなくなったのって、良い事なのかなあという気もする。
まあ今は役者と声優両方とも高いレベルでこなせる人が出てきてるから境界が曖昧になるのは分かるんだが、役者が本業の人ってやっぱり顔が出てくるから、ちょっと邪魔なんだよなあその存在感が、と思うことが多い。
アニメ作家だって、声優と共にアニメクリエイトの場を良くしてかなきゃいけない存在なんだから、声優使ってあげなよ…とも思うんだけども。


ふれっしゅ
小5の娘と2人で昨日観に行った。娘は初回、俺は2回目。
娘は今週末からのミセスの映画を心待ちにしているのだが、下の子もいて映画観に行くの難しかったりもするので、昨日はたまたま行けそうだったので、ならば秒速5センチメートル観たいとの事で。
自分にとっては、もちろん全てがバチっと重なるわけではないが、高樹くんなら大丈夫と明里が言っていたように、君は大丈夫だと言われた相手も過去にいて、人生を振り返るような要素も多分に含んでいるのだが、それこそ茫漠たる人生が目の前に開けている(とはまだ感じていないだろうけど)小5の女子にはこの作品はどう映るんだろうなーとか考えたりした。
でも、その歳で、フィクションであっても、人の人生を目の当たりにして、何かを想うという事は悪いことではあるまい。
改めて観ても、いくつかの場面で涙してしまうわけだが、アニメで言うところの1部、2部、3部をつなげる存在としての宮崎あおいの存在感が際立っていたなーという印象
すごく自然体にそこにいて、高樹と明里の間にスッと何気なくいるのだが、なんかこうグッと締まるって、感じがする
アニメの小説版をaudibleで聴いたんだが、お姉ちゃんは3部には出てこなかったので、興味深い改変だった。
アニメを観ていた時は、結ばれるべき2人が結ばれなかったという悲しい恋の話だと思っていたけど、これを見るとあの2人はそもそもすれ違い続ける運命だったのかな…と思った。意識的に、そういう場面がいくつか描かれるし。
そういう運命の2人が、奇跡的に寸出の所で重なったのがあの日だったのかな、と。
渡そうとして渡せなかった手紙と、渡そうとして渡さなかった手紙という2人の違いが、その後の人生の中でのお互いの存在の置き方にも、表れているよなあと思った。それが男子と女子の違いでもあるのかもしれないが。
森七菜の演技もすごいんだよなー。高校生役が違和感ないだけじゃなくて、恋する女子の何気ない仕草とか表情とかがホントにリアルで。
挿入歌はバンプとレディオヘッドと山崎まさよし。山崎まさよしは個人的にはメランコリックすぎるので、どこまでも歌なしで使っても良かったんじゃないの?とも思ったが。カラオケで歌無しで使うとか、粋だなー、と思ったし、電車でヘッドフォンから流れてくるのも、なるほどーこういう使い方な‼️と思ったが、最終的にはつい普通に流れたのが、過剰な気もした。
ラストの締め方はホント納得って感じだった。ようやく昇華された…と肩の荷が降りた。
残酷にも見えるが、〜なとこが好きでした、ときちんと伝えて、遅いよ…遅くもないのかな…っていうやりとり、めっちゃ良かった。
最後に踏切で踏み出す高樹の表情に安心したのだった。
娘はとりあえず、面白かったし、めっちゃ泣いた、と言っていた。



ふれっしゅ
正直あんまりピンとこんかった…というのが主な感想なんだが
まあそれはほぼ俺がスプリングスティーンを通ってないのが原因なのかもしれん
描かれているのは、前作のツアーが終わって、スプリングスティーンのディスコグラフィーの中でも指折りのメチャ暗アルバムネブラスカが作られる過程なので
コピーにあるような「走り続ける」とかサブタイトルの孤独のハイウェイ」(ダサい)的な疾走感はほとんど劇中はないと思うので、そもそもコピーとかサブタイトルが適切なのかどうか問題があるよな、と思う
ポスタービジュアルも、冒頭のライブシーンだと思うんで、そこから自己の暗い方へと潜り込んでいくような内容だから、もっと暗めのビジュアルで良かったんじゃないか…という気も
原題がSpringsteen: Deliver Me From Nowhereで、つまり、俺をこのどこでもない場所から連れ出してくれよ、みたいな意味だと思うので、確かにその通り、どこかからどこかへ疾走するというよりは、同じ場所をぐるぐる迷っているような内容だったなと思う
子持ちの女の人とのロマンスも盛り上がったかと思えば、アルバム作ってるうちに大した描写もないまま埋もれていくし、映画全体を通しての山場的な山場みたいなものがあんまり無かったようにも思った
THE BEARのジェレミーアレンホワイトが割と初のビックバジェットな映画主演だったので、観てみたが、まあやはり比べてしまうのはティモシーのディランの映画であっちの方は個人的にも結構グッと来るものがあったし、ライブシーンも多くてティモシー完コピじゃん…って驚きもあったのだが、この映画ほとんど歌ってるシーンはベッドルームとかなんで、なんかやはり地味でねぇ…スタジオでのボーンインザUSAがバンドでよくなる瞬間とか良かったんですけど、ネブラスカはバンドではうまくまとまらず、結局プレスの技術でなんとかするって、歴史としては面白いけど、絵にすると展開としては地味だしなぁ
でもスプリングスティーン聴いてみようかな…という一助にはなったので、そういう意味では良かったかもしれない


ふれっしゅ
観終わった後なんて、自分の中の感覚もグチャグチャしてて、ないまぜになっている、のを、なんとかこれから解きほぐそうとしてるのに
なんだか、そこに余計なバイアスかけられてるみたいな感じがしてなんかやなんだよなー
最近見た中だと、チェンソーマンの米津×宇多田の曲は良かったんだけど
それ以外軒並み、誰が歌っててもうーんってなってしまう
宮本浩二も、tuki.も星野源ですらちょっと思った
呪いとか、嘘って言ってもそんなことそもそもチラともないはずの言葉入れないでよ、とか

ふれっしゅ
めちゃくちゃ良かった
色んなものがすごくリアル
特に堺雅人と井川遥のセリフと掛け合いの間とか
それはもちろん脚本とか撮影の良さでもあるのだが
特に2人で部屋で飲んでる時の親密なやり取りの絶妙さがすごく好感が持てて、2人の夢破れた中年具合がなんとも言えないくらい良くて、なんか2人のことを応援っていうのも変だが
上手くいくといいなあとか思ってしまうのだが
そこから、俺的には意外だったのだが、まさかの邦画恋愛映画のセオリーのど真ん中を撃ち抜くような展開が来て、おいそっちかよ‼️みたいな
全部良かったのにそこだけが不満で
とにかくストーリー展開が
良すぎるがゆえに、不満というか悔しい
主人公の2人を好きすぎるがゆえに悔しい…
そこはさぁ‼️大人の恋なんだからさあ‼️って言いたい
そんな感想を持ちながら、振り返りつつ、バイクで帰っていたら
予告編でも使われてた
あの時さどんなこと考えてたの?
夢みたいなことだよ
の意味が分かってはいたけど、さらに遅れてやってきて
あの時に言いかけて、かぶってしまって飲み込んだそのタイミングのこととか
それがなければ、とか
でも確かにほんとの人生ってそういうことあるよな…とか
マジで考えれば考えるほど、なんでなんだよぅ、と切なくなって、悔しくなって、帰る道々号泣しながら帰ってきた
映画見てる時泣かなかったのに、振り返って号泣とか、今まで映画見た中では経験なかったので、自分でも驚いた
でも、あの2人には、どんな形であれ、幸せでいてほしかったんだよ
それが、なんか、もうとにかく、悔しいのよ
映画が良過ぎて、悔しい
とか、そういう訳のわからない感情に揉まれている
あー、パンフ買ってこよ


ふれっしゅ
回答数 28>>
いろんな映画館行っていると、なんか観やすい映画館があるのが分かってきて、これぞ!という作品はそこで観るようにしてます。

ふれっしゅ
いや評判通りなかなか凄かった。
アニメあんまり見ないが、ここ最近のアニメは鬼滅にしろ呪術廻戦にしろ、ひたすら精度を高めて来てだ印象だったが、その対極にある感
陸上競技、それも100mというテーマと相まって、そのブレの表現に説得力があった
もっと整っていたけど、ファーストスラムダンクに近い印象だった
それぞれの走ってる場面のキャラにキャストがついていたので、本物の走者の走りをトレースして作ってるのかな
エンディングの髭男のらしさもなかなか上がった
ここのところ、エンディングにかかる曲で「もう…余韻ぶち壊してくんな…」と思っていたので
ただ、なんか音のミキシングが気になるというか、高音が刺さる感じがあって
イオンシネマで見たのだが、シネマシティとかもう少し音響がいいところで見たら違ったのかもしれん
ひたすら身体を研ぎ澄ませていく者が哲学的になっていくってのは面白いよなーと思っていた
ただ、こないだ世界陸上見てたので、日本チャンピオンなだけで、皆ここまで王者感出せるのはちょっとリアル感ないな…と思わなくもなかったが


ふれっしゅ
普通だったら絶対見ないと思うんだが、とにかく若葉竜也が出ている、ただそれだけで観に行ったわけだが
若葉竜也がかなり良い役をもらっていて、それはとても良かったのだが
やっぱり俺はこれを良い映画だとは言えないなー、と思いながら、周りには映画好きというよりは、こういう映画を観に来たという層が多い感もあり、所々で涙するような音も聞こえながら、なんか俺はそういう素直な人間ではないのかもしれない…と少々バツの悪い思いも浮かんでしまった
これが完全にフィクションなら良い話だったなーと思えたと思うんだが
これ田部井淳子さんの本が原作だし、それを出しているのに主人公の名前を田部淳子にするのって、なんの意味があるんだろうか?
それにどうしてもこういう映画になると、田部井さんの人生を美化してるように、見せないように相当配慮したんだと思うけど、でもどうしたってそういう要素は入ってくるじゃない?主人公が吉永小百合って時点でそうなるじゃない?
エベレスト登頂を企画した登山会のその後の仲違いも描かれるんだが、俺はどうしても田部井さんよりも、そこで仲違いした人達のその後の方が気になってしまった
そういう名を成さなかった人のストーリーの方に魅力を感じてしまうので、どうもこの話はちょっと冷めてしまう部分が否めなかった
あと、脚本もあまり良くないと感じた
そんなセリフ言う?というセリフがちょこちょこ出て来て、下に書くことも含めて、なんと言うか、リアリティがなぁ…と
これはマジでしょうもない細部のことなんだが
ドラマの『下山メシ』見た時も思ったんだが
そもそも山登るヤツで、ウェストベルト締めてんのにチェストストラップ留めないヤツっているのか?
今回、吉永小百合も佐藤浩市も若葉竜也もみんな揃えたようにそうだったんだが
これは何かスタイリストが見栄え的なものを優先してそうしてるんだろうか…?
色々、昔の登山場面とかで昔っぽい道具とか揃えたりしてるんだろうけど、とにかくほんと些細なそういう細部のリアルのなさがめちゃくちゃ気になってしまった


ふれっしゅ
という流れで見る

ふれっしゅ
さっき爆弾みて
これからミーツザワールドみるんだけど
なんかちょっと世界の殺伐さから離れたくなって来たわ

ふれっしゅ
その後に秒速5センチメートルの映画観たら、これ元の話は村上春樹春樹のその小説とかなり似てるなあ、と思っていたんだが
さらにその後、秒速5センチメートルの小説版のaudibleを聴いていると
これホント文体とかそういうものも含めてかなり似ている印象で
調べてみたら、当時からその関連性というか、似ているという話はあったのだね
