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創作小説の星

創作小説の星

94 投稿数 17 メンバー

惑星主: 紫苑/しおん🐈‍⬛
📖✨ 創作小説の星のご案内 ✨📖 はじめまして。 ここは、各々が書いた ✍️創作小説をそっと置いておける本棚📚 として新設した星です。 完成度を競う場所ではありません。 評価や反応を集める場所でもありません。 書きたいときに書いた物語を、 🚫 急かされず 🚫 流されず 📦 ここに置いておく。 この星は、そのための保管場所です。 ーーー 🔎 創作小説の星を作った理由 ① 創作活動には 🎨 イラスト 🎶 音楽 📸 写真 など多様な表現がある一方で、 📖 創作小説が安全に扱われる場が、ほとんど無かったこと。 ② 物語を書く行為が、 🫧 感情の解放 🧩 思考の整理 🌙 区切りや納得 といったカタルシスを、書き手自身にもたらすと知り、 その力に惹かれたこと。 ーーー 💭 この星の考え方 小説は、必ずしも誰かに評価されるためのものではありません。 🖋️ 書くことで 内側にあったものが言葉になり、 外に置かれる。 その行為そのものに価値があると考えています。 👀 ROM専参加も歓迎です。 読むだけ、静かに見守るだけでも構いません。 感想や交流は強制しません。 反応の多さで作品の価値が変わることもありません。 ーーー 🛠️ 活動内容について ✅ オール自分書き ✅ アイディア+AI処理 ✅ AI依存度が高い作品 すべて可です。 未完成・習作・途中経過・断片の投稿も歓迎します。 ーーー 📚 運営スタンス 管理者は編集者や指導者ではなく、 この場を整え、守る司書的な立場に留まります。 作風や思想への介入は行いません。 ーーー ⚠️ お願い・ルール 小説の形を借りた誹謗中傷や、 特定の個人・集団を傷つける表現は禁止です。 内容が際どい場合はDMで作成意図を確認することがあります。 二次創作の際は、著作権への配慮をお願いします。 投稿後の削除・非公開・撤回は自由です。 ーーー 🎯 この星の目的 上手くなることでも、 残すことでも、 治すことでもありません。 ✍️ 書くという行為を、無理なく楽しむこと。 それだけを大切にしています。 ーーー ✍️ 書く人 👀 読む人 それぞれの距離感で、 物語と向き合えますように🌙 📚 この本棚を、どうぞ自由に使ってください✨

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紫苑/しおん🐈‍⬛

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【上手い、のその先(全9章)】
⑥読まれない文章

美術の教師を辞めたとき、
惜しむ声はほとんどなかった。
引き止めもなかった。
それが救いだったのか、
敗北だったのかは分からない。

彼は書く側へ移った。
フリーライター。
肩書きとしては軽かった。
だが、
今度こそ「伝える仕事」だと思った。


好きなものを言葉にする。
それはずっと、得意だったはずだった。
最初の原稿は驚くほど早く書けた。
迷いもなかった。掲載もされた。

公開。

彼は更新した。
数字は変わらなかった。

もう一度。
変わらない。

時間だけが進んでいく。
画面の右上の時刻だけが、律儀に。

誰かが読んだ痕跡はない。
既読も、足跡も、気配すら。

文章はそこにある。
整って、正しく、滑らかに。

まるで最初から
「誰にも触れられない仕様」だったみたいに。

彼はスクロールを止めた。

巧く書けている。

その事実だけが、
静かに彼を追い詰めていた。


#創作小説 #紫苑 #上手いのその先
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紫苑/しおん🐈‍⬛

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【上手い、のその先(全9章)】
⑤最も遠かったはずの名前

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彼は展示室の壁を見上げていた。
色。線。形。
昼間のざわめきの残像。

こんな光景を、
あの教室で作りたかった。
その感覚だけが静かに胸に残っていた。

出口へ向かう導線。
非常灯の淡い光。
壁面の終わり。

ふと、視界の端に文字が入った。

足が止まる。

展示解説パネル。関連企画のクレジット。
企画・構成。教育普及プログラム監修。

その中に、自分の名前を見つけた。

彼はしばらく動かなかった。
名前。

あの頃、
最も欲していたものだ。

彼は小さく息を吐いた。
脳裏に浮かぶのは、キーボードの光だった。


#創作小説 #紫苑 #上手いのその先
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紫苑/しおん🐈‍⬛

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【上手い、のその先(全9章)】
④正解のない教室の正解

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

最初の授業で、
彼は黒板の前に立っていた。

教室は静かだった。
ざわめきはある。
だがそれは、
授業前の残響のような音だった。

「……えー」
声がわずかに掠れる。

教壇に立つのは初めてではない。
教育実習も経験した。
模擬授業もこなした。

それでも、
「自分の授業」は別の緊張を持っていた。

「今日は……」
黒板へ視線を逃がす。

用意してきた言葉。
組み立てた展開。

だが、どれも妙に軽く感じた。

「美術って」
言葉を選ぶ。
「正解のない教科だから」

数人の視線が上がる。

「自分の感じたことを」
教室の空気が、わずかに引いた気がした。
「自由に表現してーー、」

「せんせー」
後方の席。
「それって、どう描けばいいんですか」

教室の何かが固まった。

「……えっと」
別の生徒。
「評価ってどうなるんですか」
「好きに描いて低評価とか困るんで」

小さな笑い。

「……まずは」
言葉を整える。
「自分の好きなーー、」

その瞬間。前方の席の女子が呟いた。
「美術ってつまんな……」

笑いは起きなかった。
同意も、否定もない。
ただ、教室の温度だけが下がった。


提出された最初の課題。
驚くほど整っていた。

同じ構図。
同じ色使い。
安全な画面。
誰も逸脱しない。
誰も外さない。

ーーー

自分軸を語った日の職員室。

沈黙。
視線。
やがて落ちた声。

「評価基準が揺れるからやめてください」
その声に感情はなかった。
困惑でも、苛立ちでもない。
ただ“管理上の指摘”という温度だった。

別の教員が資料をめくりながら言う。
「自由表現を否定しているわけではなくてですね」

“ではなくて”。

「学習指導要領との整合性が」
「観点別評価の説明責任が」
「保護者対応で誤解を招く可能性が」

言葉は柔らかい。
内容だけが硬い。

その日から、
彼の授業は少しずつ均一になっていった。

否定されない授業。
波風の立たない構成。
安全な指導。

教えることは続けた。
だが、
伝えている感覚だけが静かに消えていった。


#創作小説 #紫苑 #上手いのその先
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【上手い、のその先(全9章)】
③整えられていない自由

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「集計、終わりそうですか」
職員の声。

彼は、反射で
「…あと少しです」
と答えた。

机の角に置かれたクリアファイルが、風で少しだけめくれた。空調の風。細い風。紙がめくれる音は、やけに大きい。

評価回収。

見慣れた作業のはずだった。
だが今日は、妙に神経を使った気がした。

彼は席を立った。
少しだけ、頭を空にしたくなった。

静まり返った廊下を歩く。
閉館後の美術館。
音の抜けた空間。

企画展の展示室へ入る。
光は落とされ、非常灯だけが残っている。

自分の構成した空間。
それなのに、どこか距離があった。

企画展の中盤に設定した
イベントブースが目に止まった。
壁面の一角。
関連企画 こどもワークショップ作品。

壁一面に
こどもたちが描いた絵が並ぶ。

彼は足を止めた。画用紙が並んでいた。一枚ではない。数枚でもない。壁一面。

色。線。形。溢れていた。
歪な人物。過剰な色彩。奇妙な遠近。
統一されていない。整えられていない。

こんなにも自由に描いていい世界があるのか。
胸の奥で、何かが静かに揺れた。
同時に、別の感覚が滲む。

“あの頃……”

静まり返った教室。
発言のない授業。
提出される均一な課題。

「せんせー、これでいいですか」
正しさだけを求める声。

最初に教壇に立った日のことを、
彼は思い出していた。


#創作小説 #紫苑 #上手いのその先
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【上手い、のその先(全9章)】
②好きだから、の終点

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最初の敗北は、美大だった。

彼は、描ける側の人間だった。
少なくとも、そこへ来るまでは。

中学の美術で褒められた。
高校の部活でも褒められた。
文化祭のポスターを頼まれた。

頼まれるということは、
上手いということだと思っていた。

上手いということは、
才能だと思っていた。

才能があるなら、
美大に行けばいいと言われた。
言われるままに行った。
自分で決めた気もする。

アトリエには独特の静けさがあった。
物音は絶えないのに、
誰も不用意な声を出さない。

鉛筆の走る音。
絵具の蓋が開く音。
筆洗の水が濁っていく音。

講評の日だった。
壁一面に並ぶキャンバス。
似ているものは一枚もない。

破綻した形。
過剰な色彩。
未完成の衝動。

そして、
彼の作品は整っていた。

構図は安定し、
色彩は制御され、
技術的な綻びもない。

教員は言った。
「……上手いな」

その言葉は、
かつて何度も彼を救ってきた。

だが、
ここでは違った。
視線はすでに、
次の違和感を探している。

「で?」
教員は首をわずかに傾ける。
「それ、美術でやる必要ある?」

「好きだから」
と言いそうになって、口を閉じた。

好きだから、
で許されるのは、
たぶん高校までだ。

教員は続ける。
「課題としては成立してる」

教員は足を組み直す。

「でもな」
指先が画面の中央を示す。
「その作品の中に、自分いないの分かってる?」

彼はキャンバスを見る。

完璧に近い均衡。
破綻のない色面。

どこにも躊躇がなかった。
どこにも偏りがなかった。
どこにも、彼がいなかった。

その瞬間、彼は理解した。

ここでは、
「上手い」は入口でしかない。

選ばなければならない。
削らなければならない。
賭けなければならない。

その日、
彼の技術は否定されなかった。

だが、
彼の作品は通過しなかった。


#創作小説 #紫苑 #上手いのその先
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【上手い、のその先(全9章)】
①才能、という残響

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

彼は知っている。
自分が勝者と呼ばれていることを。
そして同時に、
一度も勝った感覚がないことも。

企画展は開催中だった。
展示室は、
平日の昼間なのに、
人の密度がある。

密度があるのに、
声が大きくない。

「これ、気持ち悪いのに綺麗」
「見て、近い近い」
「この色やばい」

そういう、
誰かのテンションが半分だけ漏れる声。
それらに加えて、床を擦る靴音。
監視員の「こちら撮影は…」みたいな丁寧な制止。

全部が混ざって、
展示室は「熱気」になる。

それとは対照的に、
学芸員の執務室は静かだった。
静か、と言っても無音ではない。

機械音はある。
空調の音。コピー機の音。
職員の歩き方が急いでいるせいで、
床にヒール音が刺さる。
刺さるという言い方が合っている。
音が刺さる。そのくらい、静かだから。

机の上に並ぶ資料。
来館者アンケート。
集計途中の評価。
走り書きのメモ。

見慣れた反応。
称賛の言葉。
満足の声。

それらを淡々と整理していく。
評価をまとめる。それも仕事だった。

数字の表に落とすと、
全部が同じ温度に見える。
「満足」も「最高」も「また来たい」も、
同じ“良い”になる。

最近ではSNSの投稿も資料となる。
指先で画面を滑らせる。

流れていく投稿。
「最高でした」
「この空間、好き」
「余韻がすごい」

その途中で、彼の指が止まった。

―――
♯紫苑美術館
♯企画展
展示の流れが本当に美しかった。
作品というより、空間そのものに感動した気がする。
こういう構成って、やっぱり才能なんだろうな。
―――

彼は画面を見つめた。
流れ。構成。才能。

評価としては、あまりに曖昧な言葉。
だがなぜか、その一語だけが残った。

才能...。
今もあの頃も持ち合わせていない。

最初の敗北は、美大だった。


#創作小説 #紫苑 #上手いのその先
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紫苑/しおん🐈‍⬛

紫苑/しおん🐈‍⬛

【後日談、鶴の恩返し(全6章)】
⑥ 余韻

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法廷を出ると、空がやけに高かった。
さっきまで
天井しか見ていなかったせいかもしれない。

薪田は、
靴ひもがほどけているのに気づいて、
立ち止まった。

屈むと膝が少し痛む。
こんなところで、と思いながら、
ゆっくり結び直す。

「……年だな。」

誰に向けたわけでもなく、独り言が落ちた。

少し離れたところで、鶴子が立っていた。
法廷ではまっすぐ前を向いていたのに、
今はどこを見ているのか分からない。

二人の間に、言葉はない。

風が吹いて、鶴子の髪が揺れた。
その動きが、
ふと、懐かしい仕草に見えて、
薪田は目を伏せる。

「……寒くないか。」
思わず、口に出てしまった。

鶴子は一瞬驚いた顔をして、
それから首を振る。
「大丈夫です。」

それだけ。
それ以上も、それ以下もない。

沈黙が戻る。
でも、さっきまでの沈黙とは少し違う。
責めるでも、守るでもない、ただの空白。

男性弁護士が、
遠くで電話をしながら歩いている。
「いやマジで、今日の裁判、胃にくるって……」
「そうそう、帰りコンビニ寄る。甘いもん必須。」

女性弁護士は、門のそばで立ち止まり、
鶴子の背中を
一度だけ確かめるように見てから、
静かに頭を下げた。
「今日は、とても頑張っていました。」

鶴子は、小さくうなずく。

薪田は、何か言おうとして、やめた。
代わりに、ポケットを探り、
くしゃっとした紙を取り出す。

「……これ。」

飴だった。
いつ買ったのか、自分でも覚えていない。

「いらなかったら……」

鶴子は少し迷ってから、受け取った。

「ありがとうございます。」

包み紙を開く音が、やけに大きく聞こえる。
飴は、ほんのり甘かった。

「……見ないで、って。」
「……あれは。」
鶴子が、ぽつりと言う。

薪田は、顔を上げる。
言葉を探して、失敗する。

「……分かんなかった。」
正直な声だった。

鶴子は、少しだけ笑った。
笑った、というより、
表情が緩んだ、に近い。

二人とも、それ以上は言わなかった。

遠くで、カラスが鳴いている。
誰かが落とした紙が、風に転がる。
物語とは関係のない音が、世界に戻ってくる。

判決は、まだ出ていない。
これからどうなるのかも、分からない。

鶴子は飴を口の中で転がしながら、
空を見上げる。
薪田は、もう一度、
結び直した靴ひもを確かめる。

夕方の光が、
二人の影を長く伸ばしていた。


#創作小説 #紫苑 #鶴の恩返し
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にっぽん昔ばなし (まんが日本昔ばなし)

高良祐子

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【後日談、鶴の恩返し(全6章)】
⑤ 公判

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

「以上をもって、薪田被告人の罪状説明といたします。」

法廷は静かだった。
音がないというより、感情の置き場が消えていた。

検察官は資料を閉じる。
そこに書かれているのは、行為だけだ。

罠。
同居。
労働。
窃視。

助けた理由は載っていない。
迷った時間も、躊躇も、恐れも載っていない。
紙の上では、すべてが一直線だった。

「被告人、間違いありませんね?」

検察官が薪田を見下ろす。

「検察官、被告人への直接の問いは控えてください。」
裁判官が制す。

「……では。」
裁判官は薪田に向き直る。
「事実関係に誤りはありませんでしたか。」

「あ、でも……私は……」

言葉が出かけて、止まる。

善意は、証拠にならない。
動機は、ここでは余計なものだった。

次に、鶴子の供述が読み上げられる。

・恐怖を感じた
・拒否の意思を示した
・尊厳を侵害された

それは、確かに彼女の言葉だった。
けれど、彼女の声ではなかった。

鶴子は、胸の奥が冷えるのを感じていた。

怖かった。
それは事実だ。
でも、それだけじゃない。

感謝もあった。
守られた時間もあった。
それらは、どこにも記されていない。

「鶴子さん。」
裁判官が問いかける。
「内容に、間違いはありませんか。」

「……言ったことは、事実です。」
「でも……薪田さんは……」

声が震える。

「それは、どういう意味でしょうか。」

「……。」

頭が真っ白になる。
言葉にしようとした瞬間、
全部、違う形になる気がした。

「分かりますよ、その気持ち。」
検察官が口を挟む。

「ですが、これは感情の問題ではありません。」
「法の問題です。」

検察官は、机に指先をそろえた。
崩れない形だった。

法廷は、納得したように静まった。
正しさが、整ってしまった。

その沈黙を破ったのは、軽い声だった。

「はいはいはい、ちょっと待ってください!!」

場違いなほど軽い。

「今の説明、めちゃくちゃ分かりやすかったです。」
「でも、分かりやす過ぎて、大事なもん、全部落ちてます。」

裁判官が眉をひそめる。

「被告人の感情論は——」

「感情論っすよ!」
即答だった。
「でも、人が生きてるのって、感情論の連続じゃないです?」

傍聴席がざわつく。

「『見ないでください』って言われた側の気持ち。」
「それ、ここでちゃんと扱われてました?」

男性弁護士は薪田を見る。

「助けたかった。」
「休ませたかった。」
「怖がらせたくなかった。」

薪田は必死に首を縦に振る。

「これ、犯罪の動機として最低ですか?」
「それとも、人として最低ですか?」

「結果はアウトです。」
「でも、気持ちまで切り捨てたら、ここは裁判じゃなくて、仕分け作業っす。」

検察官の眉が厳しくなる。

「争点、そこじゃないっす。」
「この事件の核は、覗いたかどうかじゃなくて」
「言葉を守るより、気持ちを解釈してしまったことでしょ。」

次に、女性弁護士が立ち上がる。
動きは静かで、声も低い。

「次は、『見ないでください』という言葉についてです。」

鶴子を見る。
目が合う。

「彼女は、拒絶したかったのではありません。」
「関係を、壊したくなかった。」

書類を一枚、机に置く。

「理由を言えば、踏み込まれる。」
「説明すれば、手伝われる。」
「だから、あの言葉しか残らなかった。」

法廷の空気が、少しだけ張る。

「『見ないでください』は、命令ではありません。」
「脅しでも、試しでもない。」

「関係を続けるための、最後の約束でした。」

鶴子の肩が、わずかに揺れる。

「彼女は、嫌われる可能性を選ばざるを得ませんでした。」
「それでも、一緒にいようとした。」

男性弁護士が続ける。

「で、その約束を前にした側も、必死だったんすよ。」
「どうにかしたくて。」
「放っておけなくて。」

裁判官は、槌に触れず、
視線だけを上げた。

二人の声が、重なる。

「これは、悪意の事件ではありません。」
「理解が、届かなかった事件です。」

「法は、行為を裁けます。」
「でも、分からないまま選んだ行動までは、裁けない。」

法廷は、静まり返った。


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【後日談、鶴の恩返し(全6章)】
④ 女性弁護士との面会

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈

弁護士事務所は、立派すぎる建物だった。

集合時間の30分前に着いてしまった鶴子は、
正門の前で立ち尽くしていた。

「鶴子さん。お待ちしておりました。」

声をかけられて、はっと顔を上げる。

清潔感のあるスーツ姿の弁護士が、
すでに外で待っていた。

「え……あっ……時間、間違えましたか?」

「いえ。」
弁護士は穏やかに答える。
「ちょうど三十分前です。」

「……じゃあ、どうして?」

弁護士は一歩下がり、深く頭を下げた。

「今日は、鶴子さんの大切なお話を伺う日です。」
「それくらいの時間は、当然だと思いまして。」

顔を上げ、ほほえむ。

「怖くありませんか?」
「今日お話しすることもできますし、別日にすることもできます。どちらにしますか?」

「あ……大丈夫です。」

「ありがとうございます。」
「その勇気に、私たちは救われています。」
「では、参りましょう。」

階段の前で、足を止める。

「段差、気をつけてくださいね。」

事務所の中は、さらに整えられていた。
音も、匂いも、余計なものがない。

「紅茶と、ハーブティーがありますが。」

「……どちらでも。」

「では、こちらを。」
「同僚からのお土産なんです。とても気に入っていて。」

ソファは柔らかすぎた。
沈み込みが、落ち着かない。

弁護士は、正面ではなく、少し斜めの位置に腰を下ろす。

「……このソファ、座りにくいですよね。」
「私は反対したんですが、所長のこだわりで。」

「あ、いえ……。」

「本題に入ってもいいですか?」
「今日は雑談だけ、ということにもできますよ。」

「……大丈夫です。」

「ありがとうございます。」

弁護士は資料を机に置いた。

「こちら、確認させてください。」
「この中に、鶴子さんの気持ちは入っていますか。」

鶴子は、目を落とす。

紙に並んでいるのは、
おじいさんの罪状だけだった。
自分がそれに同意した、という形で。

「……え?」

「これは……?」
「おじいちゃんが……悪い人みたい……。」
「私、こんなこと、言ってません。」

言葉が、早くなる。

「そうですよね。」
弁護士は静かに頷く。

「これが、誘導された供述です。」
「情報が、汚染されています。」

淡々と説明する。

「検察官は、鶴子さんを守ろうとしているわけではありません。薪田さんを、有罪にする必要があるだけです。」

鶴子の手が、膝の上で強く握られる。

「……おじいちゃんは、悪くないのに。」

「ただ、一点だけ。」
弁護士の指が、資料から離れる。

「ここは、整理が必要です。」

(……ネイル、綺麗だな。)
なぜか、そんなことが浮かぶ。

「鶴子さん。」
「『見ないでください』と、言いましたか。」

「……はい。」

「間違いなく?」

「嫌われたくなくて……。」
「壊したくなくて……。」
「この場所を……。」

言葉が、途切れる。
嗚咽が、漏れる。

「大丈夫です。」
弁護士は声を低くする。

「ここは、鶴子さんのための場所です。」
「今日も、この時間も、私も。」

それから鶴子は、話し続けた。

事件のことよりも。
質問されたこと。
資料として扱われたこと。
感情を出せなかったこと。
おじいさんより、警察が怖かったこと。

弁護士は、ただ、頷いていた。

——夕方。

西日が差し込み、鶴子は我に返る。

「……私、どこまで話しました?」

「大丈夫ですよ。」
「おじいさんを大切に思っていることも。」
「あの言葉の意味も、きちんと伝わっています。」

「よく、頑張りましたね。」
弁護士の目に、薄く涙が滲んでいた。

「なんだか……スッキリしました。」
鶴子は、少しだけ笑う。

「無理に元気を出さなくていいですよ。」
「疲れて当然の出来事ですから。」

門の前。

「また、お話ししましょう。」
「私、鶴子さんの話を聞いて、編み物を始めたんです。」

「そんな話も、いつか。」

深く頭を下げ、弁護士は鶴子を見送った。


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【後日談、鶴の恩返し(全6章)】
③ 男性弁護士との面会

「いや〜〜おじいさん!マジでお疲れさまっす!!」

面会室のドアが閉まるや否や、
若い弁護士は拍手までしそうな勢いだった。

「いやぁ、今日の検察官でしょ?あの人ヤバいっすよね〜。署内でも“氷点下”って呼ばれてるらしいっすよ!」

薪田は、どう反応していいか分からず、ただ瞬きをした。

「でも大丈夫!ここからは俺のターンなんで!」
「全部、俺に投げちゃってください!」
そう言って、弁護士は湯呑みを差し出す。

「……え?」

「ちょ、何やってるんですか!」
書記官が即座に突っ込む。
「業務中です!飲食は禁止——」

弁護士は振り返らず、片手だけを上げた。

「いやいや、リラックス大事っしょ!」
「緊張してる人に法律語っても、脳みそシャットダウンしちゃうんで!」

弁護士はニコニコしたまま引かない。

「最近、煎茶にハマってまして!」
「どうっすか、人生の先輩の評価、聞きたいな〜って!」

「……本当に、いいのですか?」

「全然オッケーっす!」

おじいさんは恐る恐る一口含む。
正直、味は分からなかった。

「……結構なお手前で。」

その瞬間、弁護士がガッツポーズを決めた。

「出たーー!!」
「今の、今日イチ嬉しいっす!!ありがとうございます!!」

書記官だけが深いため息をついた。

「さ、じゃあ本題いきましょっか!」

弁護士は急に資料を広げる。

「えっ?それ、拝見してもいいのですか?」
薪田は戸惑いを隠せずにいる。

「いやいや、見ない方が怖いでしょ!」
「言葉だけで説明される方が地獄っすよ!」

紙の上に並ぶ文字。

史跡名勝天然記念物滅失等罪
略取
強要
窃視

「……うわ。」
改めて見る罪状の数に、
薪田は胸が苦しくなる。

「っすよね。」
弁護士は即座にうなずく。
「これ、文字だけで見るとホラー映画っす。」

沈黙。

「でね。」
弁護士は急に声を落とした。

「正直言うと、この中の三つ。」
「まあ、なんとかなるっす。」

「……え?」

「罠の件も、住み込みも、その辺は戦える。」
「問題はココ。」
指が一行を指す。

「『見ないでください』って言われたのに、見た。」
「ここだけは、ガチ。」

おじいさんはうつむいた。
「……はい。」

「だから今日は、ここだけ話しましょ。」
弁護士は椅子を少し近づける。

「ぶっちゃけ、なんで見ちゃったんです?」

おじいさんは言葉に詰まる。
取調室。検察官。冷たい視線。

「今、あの検察官の顔、浮かびました?」

「……なんで分かるんですか。」

「分かるんすよ〜。」
弁護士は笑う。
「自分、エスパーなんで。」

書記官のパソコンを打つ音だけが、
規則正しく響いていた。

「で。」
「『見ないでください』って言われた瞬間、何思いました?」

おじいさんは、ゆっくり口を開く。

「……困ってるのではないかって。」
「疲れてるなら、休ませたかった。」
「何か、手伝えることがあるなら……と。」

弁護士は、一瞬だけ黙った。
「……なるほどっすね。」

次の瞬間、また笑顔。
「それ、善意っす!!」
「しかも、かなり濃いやつ!」

「……でも、結果は。」
薪田の視線が沈む。

「結果はアウトっす。」
即答だった。
「でもね、動機までアウトとは限らない。」

弁護士は親指を立てる。
「その気持ち、法廷でちゃんと言いましょ!」
「俺、隣で全部フォローしますから!」

書記官が時計を見る。

「時間です。終了してください。」

「あ、マジすか!」
弁護士は立ち上がりながら言った。

「おじいさん。」
「今日ここまで耐えたの、普通にスゴいっす。」

おじいさんは、その言葉に、少しだけ背中を伸ばした。

——助けたかった。
それだけだった。


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