

とにかく、創作小説の本棚ができたと思って楽しみましょう!!
ひかり
【この惑星で楽しみたいこと】
創作は得意ではないのでみなさんの作品を読んで楽しみたいです!
【最近のマイブーム】
あつ森🐷

紫苑/しおん🐈⬛
①問題のない患者
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
「白山さん、白山七海さん。診察室へどうぞ」
待合の椅子から女が一人立ち上がる。吉田はカルテから目を上げて、その動きを追った。
白山七海。
ここに通い始めて、もう一年になる。
化粧は薄い。ほとんどしていないと言っていい。服装はいつも身体を締めつけない。首元も胸元も意図的に開いてはいないのに、布の重みだけが前に残る。歩くと、揺れが遅れてついてくる。急いでいないのに、視線が集まる歩幅だった。
カルテをめくる。
〖既往歴 喘息。発作 安定。服薬 遵守。
離婚歴あり。理由 記載なし。
同居人なし。緊急連絡先 職場。
生活状況 仕事と自宅の往復。〗
――問題のない患者。
診察室の扉が閉まる音。
続いて、佐藤の声。
『今日は……調子どうですか』
少し間がある。語尾が下がる。
「変わりないです」
七海の声は低くも高くもない。
佐藤は椅子を引き直す。距離を測り直すように。吉田は視線をカルテに落とす。数値はいつも通りだ。
『念のため 前回と同じ処方で』
念のため。この言葉は、七海の時だけ丁寧に使われる。
聴診器を当てる位置を佐藤は一度迷う。布の上から、必要以上に、正確に。七海は息を吸う。深くも浅くもない、ただ従う呼吸。佐藤の視線が一瞬、上から下へ流れる。医学的に必要な確認、という顔をして。
吉田はペンを動かす。
〖呼吸音、清。異常なし。〗
佐藤の手が聴診器を外す前に、ほんの一拍、留まる。七海は動かない。気づいていないのか、気づかないふりか。
『最近 忙しいですか』
診察に必要のない質問。
「普通です」
短い返答。余計なものを与えない。
『何か 気になることは』
「特に」
佐藤は少しだけ残念そうに頷く。救えなかった時の顔とよく似ている。診察室を出る時、七海は軽く頭を下げる。礼儀正しい。触れさせない距離。
吉田は一度だけ目を上げ、すぐにカルテに戻す。記録には 症状と数値しか残らない。佐藤の視線も、七海の身体も、どこにも記載されない。
次の患者の名前を呼ぶ。
#創作小説 #紫苑 #経過良好

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