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ハシオキ龍之介

ハシオキ龍之介

江戸--東京~浮世之夢噺  ♯ 3

☆浅草から麻布・三田・芝へ

永井荷風が吉原通いをはじめたのは十八歳のときで、「通だの意気だのといふ事に浮身をやつす夜雨になりて、居続けのせ朝も午(ひる)近く、女の半纏(はんてん)借りて寝間着の上に引掛け、われこそ天下一の色男と言はぬばかりの顔して、京町二丁目裏の黒助湯といふに行きしこそ、思返せば銭湯に入りし初めなるべけれ」と昭和二十年三月七日『断腸亭日乗』で回想している。その黒助湯は三日後の大空襲で焼失してしまう。荷風は二十歳の折、落語家朝寝坊むらくの門人となり三遊亭夢之助の名で席亭に出入りし、翌年には当時歌舞伎座立作者をしていた福地桜痴の門下に入り拍子木を入れることから始めている。渡米・渡仏の後、明治四十三年に荷風が慶応義塾の文科教授となった翌年、文科に久保田万太郎が入ってきて、荷風が始めた『三田文学』に刺激され作家を目指すのである。
 荷風、明治十二年生。万太郎、同二十二年生。川口松太郎、同三十二年生。
 昭和二十年一月一日。
 この日は前夜十時、午前零時、黎明五時の三回にわたってB29来襲。
 『除夜の鐘は凄絶なる迎撃の砲音。清め火は炎炎たる火の色なり。浅草蔵前附近に投弾ありし由。この一夜、焼けたる家千軒に近しと。』 
    山田風太郎著『戦中派不戦日記』より
 松飾りなくただ戸毎の国旗のみ。風太郎はこの日飲み過ぎて吐き、泥のごとく眠った。二十三歳、新宿淀橋の東京医専の学生であった。医学生という、学徒出陣を免れる唯一の学生の道に彼はいた。正月六日に浅草花月に三亀松の都々逸を聴きに行った風太郎は、その痛快なるべらんめえ調で「かの憎むべきB公が…」などといって笑わせる芸にさすがと感動している。
 戦後の十一月十七日浅草に行った山田風太郎は、露店で汁粉二円、コルクの栓五個五十銭、竹の皮五枚三円、キャラメル四個百円と見聞している。露店が立ち並ぶ浅草闇市、そこはかつて一葉が、下谷万年町の貧民窟から吉原に通う一能一術これも芸人、として描いた、よかよか飴屋、軽業師、人形つかい、太神楽、住吉おどりに角兵衛獅子といった"うさん臭い"無縁の徒たちが、しばし彼岸の里帰り、近代富国強兵の夢破れし寝ぼれ道、おっと来たさの次郎左衛門、幽霊ならぬうつし世に蘇ったの観があった。
三ノ輪浄閑寺は、写真家で鳴らした故荒木経惟(天才アラーキー!)の生家にんべん屋下駄屋の真ん前にあって、経惟(のぶよし)名付け親が住職であって、ここが遊女没して投げ込まれた投込寺である。「生れては苦界、死しては浄閑寺」と新吉原総霊碑に刻まれている。苦界はもともと公界(くがい)であって、公界とは、私的隷属や貸借関係から解放された「無縁」の場であって、不入権を持ち「いかなる暴力も禁じられ、犯罪者もその内部で逮捕されてはならない自由な場所」であり、したがって、そこに市ができるような場なのだった。その公界が楽(市)としての生命力を奪われ文字通り落としめられ、公界へ転形させられていく過程は、無縁の自由が無縁仏のようなさみしいイメージに零落させられ、家礼型の主従関係(主を選択し、とりかえることができる)から特定の人への私的隷属である家人型の主従関係へとって変わる過程でもあった。しかし、"無縁"の考え方を始めて論考した網野善彦氏が述べているように「文学、芸能、美術、宗教等など人の魂をゆるがす文化はみな、この『無縁』の場に生れ、『無縁』の人々によって担われている」(「無縁・公界・楽」)のである。そのような「無縁」の場はたいてい中洲とか河原、浜などの所属があいまいな境界領域にまずできた。寺や宿、橋詰広場なども「無縁」的性格を持った場であって、そうした公的性格を帯びた場を保護・管理することにおいて、権力は公的なものとして告知されたのである。

 江戸見坂は、山口百恵が結婚式を挙げた後移転して、いまはそこにない霊南坂教会下から、集古館大倉邸に沿って大きく曲がりながら虎の門明舟町へ下っていく急坂で、下りながら新橋から麹町あたりまでの大江戸が眺めわたせる絶景であった。しかし、いまではとりわけこの地域に傍若無人に林立する森ビルなどにはばまれて、眺望場絶望である。
 幕末の日本に滞在したスイスの外交使節団長エーメ・アンベールは、江戸を水の都ヴェネツィアと比較して江戸の運河による水路体系を称賛しているが、下町を中心とする水運の都が江戸の一方の顔であるとすれば、山の手の台地と谷が交互に繰り返すことで生ずる無数の坂は江戸のもう一つの顔であった。川・運河にかかる橋と坂が江戸ほど多い都市場世界でも類例を見ないだろう。橋とは、一休の頓智を待つまでもなく端っこのハシであり、坂とは境のサカであるから、橋と坂を無数に持った都市とは、辺境という他界との境界をそこ・ここに有した呪術的都市なのである。
 永井荷風の『日和下駄』は、「後から勢よく襲ひ過ぎる自動車の響に狼狽して、表通から日の当らない裏道へと逃げ込み、そして人に後(おく)れてよろよろ歩み行く処」に書かれたもので、「坂」の一節に「神社の裏手にある坂をば何となく特徴あるやうに思ひ、通る度毎に物珍しく其辺を眺めるのである」と記している。坂は境目であるから、そう言う場所を意識して寺社が建てられるのである。
 市兵衛町の南の窪地になる我善坊町は御先手組組屋敷のあったところで、将軍に謁見する資格を持たない御家人以下の下級武士が住んでいた、いわば江戸の社宅で、道の両側に長い短冊形の家屋が整然と並んでいる。落合坂を中の道として両側に短冊形に家が並ぶ我善坊町(現麻布台一丁目)は、細長い窪地になっていて四方を高台で囲まれた別世界の静けさを保っている。麻布の台地は大小さまざまな窪地を持っていて、そこは高台にあるメインストリートのチャラチャラとしたビルの喧噪と断然異なった窪という穴があいていて、そこには車が入ってこれない細い路地が入り組んでいる。
 飯倉片町は江戸期には大田原家上屋敷があった。この一画の小さな窪地には、スペイン村と呼ばれるコロニアル・スタイル、窓の形が全部違う洋風の長屋が三棟戦災をまぬかれて立ち残った。昭和十年頃、アメリカ農業視察団に参加した農業技術者上田文三郎親子の手で、西海岸で見たモーテルを原型として建てられたもので、湯殿(バス)を二軒で共用するため両側に扉がついた、いかにもモーテルの造りである。
東京の星東京の星
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夢見る機械の修理屋

夢見る機械の修理屋

銀盤の月光が、祈りの言葉を濡らす。かつて魂を救済へと導くための「聖痕」は、今や弾丸の軌道を修正する座標へと零落した。慈愛を説く経典は、皮肉にも効率的な殺戮を正当化する戦術書へと書き換えられ、信徒らは慈悲を捨てて、冷徹な論理の中に神の意志を都合よく捏造する。愛を語る口から吐き出されるのは、硝煙の香りがする殺意の旋律。そのあまりに醜悪で傲慢な解釈に触れ、天上の静謐な沈黙は、今や修復不能なほどに凍てついた。
GRAVITY
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░モジバケ░永そ哀

░モジバケ░永そ哀

「悪意ある落し物」2022.09.11無生成詩

思って取った行動と見返り
考えて伝えた言葉と誘致
真実はひとつだけじゃない
マクロとミクロの同期と乖離

切実なる欲動
堅実なる欺瞞
恐怖から黙認
境界線に跨る

がなりたてるダイソンの掃除機
扇動的ルンペン哲学
コンプライアンスの裏に自然破壊
ビニールテープのマミー
unicornの番い
ピンクフロイドをラムチョップと
アシュタンガヨガからデジタルdrug
雑学が百舌鳥と蛙に和解の道を
ニッチなスクラッチと古武術の変遷
狂気の手前の安堵感
両性具有の初々しい憂い
掌で弄ぶ蟻走とザッピング
ブレインストーミングが入り口だった
ふららことハイジの仲違い
ポップコーンとヘップバーン
チャネリングの瓦礫
尋ねられた質問に用意していた答え
嘘をつかない悪意がある
黒装束も見抜けない
欠壊してゆくまで
零落してから
瓦解…
塵…
文字化け学の星文字化け学の星
GRAVITY1
GRAVITY40
宮崎さ

宮崎さ

零落、絵画を書くとても大好きなので、聴けたの嬉しかった
足りないからの駄文も良過ぎた
感情のマキシマイザーも最後の方に来ててめっちゃアツかった!!書ききれない!全部楽しかった!!!
今日はとてもいい日だった!ありがとう!
#終活クラブ
GRAVITY
GRAVITY8
狂悪な

狂悪な

貧しくてもおサワとわちゃわちゃ楽しんで生きているおトキが実母の零落した姿を目の当たりにしちゃう対比。。
#ばけばけ
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モ!

モ!

「俺様は哲学のなんたるかを知っているんだ!だから俺様の言うことを聞かない奴は馬鹿だ」って匿名のSNSで更に匿名で発信する人が居た。

とても感情的なお気持ち表明だが、だとしても別にそれ自体は問題はない。

その人が哲学を背負って立つ人ならば、哲学が零落して大変だが、おそらくそうではないだろうからだ。

哲学を思考の材料ではなく、己の自尊心を肥大化させる武器と思っている人なのだろう。

武器にしたって、手に持ってる獲物の中に、増上慢とか腕の悪い大工は道具と喧嘩するとか、チラチラ見えると思う。何も感じないのだろうか?

おそらくソクラテスの時代のソフィストもそんな人たちだったのだろう。

しかしソフィストは負けたとはいえソクラテスと戦ったし、自分の名前も言えたのだろう。

その人が哲学を修めているいるとしたら、(もっともそうは思わないが。)もし修めているとしたら、なんと心細いことだろう。

現代の日本人にとって、哲学は相手を『間接的』に攻撃したり、自分は賢くて偉いんだぞと言う虚勢の装飾だったりするのだろうか?

マウントと虚飾の道具ならば、気に入らないが身につけるブランドバックと選ぶところがない。

白状するが、僕も哲学を気に入らないが身につけるブランドバック的な用法で使ってるのを感じている。そしてそれを諌める幾つかの知識がチクチク自らに刺さっている。それにしても哲学が不要なブランドバックとはね!

この愚かしさを断ち切る哲学フレンドが欲しい。
虚飾より本質を見ようと構える方、友達募集中です

哲学哲学
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