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箱開けの明星

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箱開けをする人の中でモラル やマナーが 無いor有る 無いのなかでも度が過ぎてない人もいるのは事実です! そういった人たちを星の投稿にのせて 注意喚起をするために この星を作りました 誰がどういった内容をしたかまであるとでも伝わりが良いと思います 害悪ユーザーをみんなで関わらんようにするためにみんなで 注意喚起をしていきましょう

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箱開けに関する事なんでも⭕️

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初心者🔰でも出来る箱開け目指してます🔰 お知らせ⋆͛📢⋆必ず見てください- ̗̀📣 グルチャあるので入ってくださいm(_ _)m 初心者🔰の方は、もう1つのグルチャ 初心者に箱開けの説明➕質問の場所あるので入ってください🙇‍♀️ 軽い自己紹介してもらえると助かります🙇‍♀️ みんな挨拶、ルールは守りましょ! 1、挨拶 2、箱ドロしない。 3、急かさない。 ◤◢◤ ◢◤⚠️WARNING⚠️◢◤◢◤◢ 必ず守って欲しい事 箱開けの人間以外入れないでください。 箱ドロの可能性を無くすためです! ◤◢◤ ◢◤⚠️WARNING⚠️◢◤◢◤◢ みんなで無言じゃなくて、楽しく投げあって 箱あけお願いします(>人<;) 管理者が欲しい人 声掛けてもらえれば対応します(*^^*) 分からない事とか相談あれば、管理人などに声掛けお願いします。

AI駆動開発の星

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気軽に投稿してOKです! 自分だけのTimelineにしたいわけじゃないので笑 【宇宙に散らばる下記メンバーを募集!】 🌀 Vibe Codingにハマった人 🌀 🤖 プログラミングが嫌いでAIに任せたい人 🤖 👿 AIをただの道具として使いたい人👿 【活動内容】 特になし。何もないので何も求めないでください 【注意事項】 飽き性なので飽きたら辞めます 【自己紹介】 本職は別のエンジニアでAIは知らないです。 ツールとして割り切りながらも自分の範囲内でAIの勉強をしたりしなかったりしてます。 【ツール使用経歴】 3/6: Claude Proに挨拶する 4/2: Claude MCPと握手する 4/15: Claude Maxと船に乗る 5/17: Claude Codeに取り憑かれる 8/28: Windsurfに乗り換える 10/7: CursorとWindsurfの両立 10/25: CodeRabbitに興味を持つ 10/30: Maxプラン無料招待によりCC復帰 11/18: ClaudeアカウントBAN 11/19: Google Antigravityを触る 12/9: 誤ってCopilot proに申し込む

箱開けの星

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この星では箱開け疲れ、無課金で箱開けが できないなど箱開けに悩みを持った方の 休憩スペースになれば良いなぁ〜と思い、 作成致しました。 誰でも大歓迎です! ぜひぜひご搭乗お願い致します🤲 気軽に投稿して下さいねᕦ(ò_óˇ)ᕤ

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ヒッピーとウイスキーとビートニクとカウンターカルチャーや不良の物語はしまいには
自身が語り部詩人になるかか
地球歩きの始祖、サカキナナオの世界に行き着く

詩人・ナナオサカキ |森を歩いていますか、君は?
「地球を家とし、宇宙を放浪する人間家族の長老」と形容される自由詩人、ナナオサカキ。日本はもちろん、世界各地を放浪し、詩を作ってきた。束ねた白く長い髪、長い髭。その姿は中国の仙人の如し。そして張りのある声。話す言葉はまるで […]
11/05/2013

「地球を家とし、宇宙を放浪する人間家族の長老」と形容される自由詩人、ナナオサカキ。日本はもちろん、世界各地を放浪し、詩を作ってきた。束ねた白く長い髪、長い髭。その姿は中国の仙人の如し。そして張りのある声。話す言葉はまるでポエトリー・リーディングのよう。彼の詩は、自分の足で歩いて、ネーチャーを感じながら生きる彼の人生そのものである。マスメディアには姿を見せないが、今回は美術家の吉田比登志さん(本誌26号から連載が始まった版画家・吉田博のお孫さん)のお宅に偶然遊びに来た彼に、話を聞くことができた。
このインタビューは『ペーパースカイ』No.28(2009年)に掲載されたものです。インタビュー:編集部 文:角野淳
 
歩くこと、詩を書くことが人生 そして日本の森に思うこと
ナナオサカキさんは現在86歳(当時)。戦後まもなく放浪の旅に出て、現在まで定住の地を持たず、あらゆる所有と無縁の生活を送り続けている。彼の存在は日本よりも海外で知られている。ビートニクの詩人で盟友でもあるゲーリー・スナイダーは「ナナオの詩は、手や頭で書かれたものではなく、足で書いたものである。これらの詩は坐ることで生まれ、歩くことで生まれた詩であって、知性や教養のためではなく、生のために、生きた生の軌跡としてここにある。(中略)ナナオの詩を靴の中に入れて、何マイルも歩かんことを!」と彼を評し、アレン・ギンズバーグは「たくさんの渓流に洗われた頭/四つの大陸を歩いてきたきれいな足/(中略)ナナオの両手は頼りになる/星のように鋭いペンと斧」という詩を残している。
 
——世界中を歩き回って詩を書いていますね?
「世界中というほどではないよ。ある程度、歩き回ったというだけ。ヨーロッパ、アメリカ、カナダ、オーストラリア、メキシコ。中国大陸は少しだけ。今度はどこを歩きましょう(笑)。アフリカ、それから南アメリカ、アンデス、アマゾンかな。アフリカならコンゴを歩いてみたいですね」
——小さい頃から外国への憧れはありましたか?
「ありましたね。いろんな風景に接したいという思いが当然のように。子どもの頃からそういう好奇心があった。兄の一人が京都大学を卒業して、南米に移民団を連れて行くことになった。小学1年生の頃です。それに僕も便乗させてもらおうと思っていた。戦争が始まって実現しませんでしたが、その頃から外へ出ることを考えていました」
——日本はだいたい歩いたのですか?
「だいたい日本列島は歩いたな。行ってないところは珍しいね。原生林で生活したり、川を歩いたり。歩くとどこへ行っても柳田國男と宮本常一の痕跡と出会うんだな」
——1950年代に原生林を旅したのはなぜですか?
「森を歩いていますか、君は? 原生林はわかりますか? ……ないだろうね。今の日本には原生林はほとんどない。奥秩父とか四国とか東北にわずかにね、ちょっぴり残っているだけだ。原生林で過ごしたのは1年や2年じゃない。若い彫刻家と一緒に屋久島や知床、奥秩父の森で数年間、暮らしたんだ。僕がインスピレーションを出して、彼に作品を作ってもらった。木で作った非常にアブストラクトな作品でした。でも、もう今は森がない。日本人は森と縁がなくなった。だから日本にいたくない。本当に寂しい。悲しいです」
——日本人はいつから森と離れたのですか?
「戦後、急に離れたね。戦前は森は命で、森がなくなることは恐怖だった。今は命を感じないじゃない。狼がいるわけでもない。狼がいないっていうのは寂しい話ですよ。……それは無理だ。この貧しさでは。山が貧しすぎる。僕自身が最後に狼に出会ったのはずいぶん昔、紀伊半島の大峰山ですね。あの辺が最後です。だから今、森を歩いても面白くないのね」
——アメリカにはまだ狼がいます。
「ヨーロッパはいないけどアラスカまで行くと狼がいるからな。あの鳴き声をきいたら、たまらんわ。アメリカにはコヨーテもいるからね。アメリカの砂漠でコヨーテと出会うと嬉しいです。やっぱり生きてたかい? 元気かい? と言いたくなる。コヨーテが鳴いてくれると嬉しくなるよ」
 
詩人ナナオサカキの生い立ちとカウンターカルチャーとの出会い
——小さい頃から森を歩いていたのですか?
「12、13歳ぐらいかな。一人で歩き出した。家の近くに紫尾山という標高1000メートルほどのいい山があってね。ちょうど鹿児島と熊本の県境だ」
——当時の子どもは森に入って遊んでいた?
「いや、ほとんど誰も歩かなかった。僕はちょっと変わった子どもだった。森に入って見るもの感じるものが面白かった。ベニテングタケなどはいつの間にか覚えたね。ちょっとかじっただけで『これはいける。毒だけれど、うまい』ってね(笑)」
——その後、海軍に召集されたのですよね?
「18歳での海軍基地に放り込まれた。僕は最前線のレーダー部隊だった。一番狙われるけど、その代わりに情報が入るわけですよ。その頃からロングヘアーでした」
——それは問題なかったのですか? 
「問題なかった。つまり軍の中でも特別なポジションだったから」
——ロングヘアーは誰かに影響されたのですか?
「そうじゃない。自己主張です。ロングヘアーにしていないと癪だったから。そういう気持ちはよくわからないだろうね。その頃は髪を伸ばす、髭を伸ばすというのは特権的なことだったから」
——詩を書き始めたのはいつですか?
「12、13歳です。ちょうど山に行き出した頃」
——自然から影響を受けましたか?
「やっぱりそうですね。子どもの頃から書いていたけれど、自分ではそれを詩だとは思っていなかった」
——戦後はどうされたのですか?
「2年ぐらい農業をした後、上京して改造社という総合出版社で社長秘書みたいなことをやっていた。でも、長くは続かなかったな。それで上野でフーテンになった。2年ぐらいして新宿近くのスラムに引っ越した。そこでダンサー、画家、ジャズミュージシャン、アーティスト、詩人などとても面白い人々と出会いました。英語やフランス語を独学で勉強し、オーストラリアのアボリジニのアートやアメリカのネーティブの岩窟壁画に興味を持ちました」
——そして「部族」の活動が始まるのですね?
「そうなりますね」
 
「部族」の活動については、少し補足をしておいたほうがいいだろう。60年代、新宿には飛躍的な経済発展をする社会に背を向けて、権力やお金中心主義の社会を否定して生きる若者たちが集まっていたという。ナナオさんは詩人や芸術家とともに「バム・アカデミー(乞食学会)」を名乗り、新宿ビートニクとして、後のヒッピー・ムーブメントの礎を築いていく。その後、詩人の山尾三省たちのグループと出会い、コミューン活動「部族」が始まる。「部族」は自然と密着して生きる共同体を文明社会に復活させることを目標に掲げ、東京・国分寺や鹿児島・諏訪之瀬島で共同体生活を実践するようになる。ナナオさんは67年に鹿児島のトカラ列島にある諏訪之瀬島に入植し、数十人のコミューンを作って開墾、魚釣り、瞑想をしながら自給自足に近い暮らしを始める。
 
——なぜコミューンを作ったのですか?
「単純だ。つまり、一人では食えない。みんなであったら食えるだろう。だから簡単な論理だ。でも、多少、面倒になることもあった。つまり、どうしても個人主張が出てくる。私が、私が、というね。これにまいったね」
——本来、コミューンは自由が基本だと思うのですが、何がいけなかったのでしょう?
「日本人には訓練がなかった。一人ひとりが自由で、発想が健康で自由ということがなかった。コミューンというのは自我を主張したらダメなんですよ。しかし、自我を主張したくなるじゃない」
——「私」があるだけで、共同性がないということ?
「はっきり言えばそうだね。(コミューン活動は数年で終わってしまったけれど)コミューンというのは今でも自分の中にあるね。はっきりとね」
——日本人はコミューンには向かない?
「できますよ。簡単なことなんだ。つまり自我を捨てることができるかどうかなんだね。僕は自我が強いタイプじゃないし、僕の詩は自我主張じゃない」
 
詩は自我を超えたところにある
「部族」の活動を通して、ナナオさんはアレン・ギンズバーグやゲーリー・スナイダーといったビートニクを代表する作家と知り合い、親交を深め、69年から数年間をアメリカで暮らした。アメリカでは砂漠や山々、ネーティブの人々を訪ね、キャンプや洞窟で生活し、大地に根ざした日々を送った。
——自分をビートだと思いますか?
「そんなの何にも考えていない。とんでもない勘違いだ。僕は当たり前の人間だ。当たり前に生きてきただけ。ゲーリーもギンズバーグも、別に自分のことをビートとは思っていないでしょう」
——勝手にみんなが言っていただけ?
「そういうこと」
——アメリカへ行くきっかけは何だったのですか?
「突然、飛行機のチケットが送られてきた。ゲーリーがアメリカへ来い、と。アメリカではニューメキシコとアリゾナ、あの辺が好きで。いわゆるサウスウェスト。それからメキシコも歩き回りました。よく知っています」
——あの辺には森はありませんよね?
「森はない。砂漠だ。そしてネーティブが住んでいる。彼らとの触れ合いもたくさんありました。ホピとかズニとか、ナバホとか。彼らと一緒に何をしていたかって? 遊んでいた(笑)」
——森と砂漠では全然違いましたか?
「いや、違わない。両方とも豊かだ。森も砂漠も人口のものがないじゃない」
——リオ・グランデやモニュメント・バレー、タオス、オーストラリアの中央砂漠など、大自然のことを謳った詩がたくさんあります。詩を書くときはどういう気持ちで書いていますか?
「詩を書くというのは、自分とはちょっと別なことのようだな。どういうことなんだろうかな。書かなくてもいいんだけれど(笑)。でもやっぱり書きたくなる。で、出てくるね。そのプロセスが面白い」
——詩は自分を証明するものですか? それとも自分を超えたところから生まれるものですか?
「自分を超えてますね。宇宙空間にあるようなものを掴んでくる感じだね。詩は自我を超えることだ」
——それは自然の一部として暮らしてきたから、そういう感覚があるんでしょうか?
「そうだね。アメリカのネーティブやアボリジニたちも同じじゃないかな」
——今のアートや詩は自分を表現することが多いように感じます。
「だいぶそれとは話が違うね。自分だけに関心を持っている詩人もいるけれどもね」
——現代人は自然が自分たちと一緒にいるものだという感覚を失ってしまったような気がします。
「そうですね。本当の意味で生きるということが感じられなくなったということだ」
——ナナオさんは夢を見ますか?
「よく見るね。夢ばっかり見てるね。つらい夢も、いい夢も両方見るよ。地獄の夢を見たり、天国の夢を見たり。毛虫の夢はよく見るな。自分が毛虫になって這い回っている。嫌なやつを見たら噛みつく。怖いよ、危ないよ、飛びつかれるよ(笑)」
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ろかい

ろかい

絶対このラーメン屋人気でないなぁ〜。どんな店?絶対このラーメン屋人気でないなぁ〜。どんな店?

回答数 184>>

こだわりの麺を実現するために、注文を受けてから最適な品種の小麦を植えるための最適な産地で麦畑を開墾している。先々代はシリア、先代はウクライナへ行ったっきりでまだ帰ってきてない。
大喜利のお題の星大喜利のお題の星
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臼井優

臼井優

エンクロージャー(囲い込み)とブロック経済は、それぞれ異なる時代背景と目的を持つ経済的な概念ですが、どちらも「排他性」や「管理」といった要素を含んでいます。
エンクロージャー(囲い込み運動)
エンクロージャーは主にイギリスの歴史における土地制度の変革を指します。
目的: 従来は共同で利用されていた農地(コモンズ)や未開墾地を柵などで囲い込み、私有地とすること。
時期: 第一次囲い込み(15世紀〜16世紀頃)と第二次囲い込み(18世紀〜19世紀頃)の二つの波があります。
影響:
農業の効率化: 共同地が私有地になることで、地主による大規模で効率的な農業経営(資本主義的農業)が可能になりました。
農民の困窮: 土地を失った多くの農民は都市へ流入し、産業革命における労働力となりましたが、同時に貧富の差の拡大や都市の貧困問題を引き起こしました。
ブロック経済
ブロック経済は、国家や国家群が特定の経済圏(ブロック)を作り、その内部での貿易を活発化させつつ、外部の国々に対しては高い関税などの障壁を設けて締め出す政策です。
目的: 世界恐慌(1929年)後の深刻な不況の中、自国の産業や経済を守り、経済的自立を図ること。
時期: 1930年代に主要国(イギリス、フランス、アメリカ、日本など)で採用されました。
影響:
国際貿易の停滞: 各国が保護貿易政策を取ったため、世界全体の貿易量が減少し、恐慌が長期化・深刻化しました。
国際関係の悪化: 資源や市場を求めてブロック経済圏を拡大しようとする動きが、第二次世界大戦の遠因の一つとなりました。
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じろう

じろう

やっと冷麺食べれたよ
美味しかった

@油田開墾丸ぴよぴよ
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ぴーちふる

ぴーちふる

@マヨネーズご飯 @じろう @うみ @油田開墾丸ぴよぴよ @なるり
@ご友人各位

桃鉄新しいのちょっと前に出たんですけど
買う予定ございいますせんか!!!!

年末目掛けて買おうと思ってるんですけど
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恐怖‼️‼️男‼️‼️

恐怖‼️‼️男‼️‼️

墾田永年死罪法:土地を開墾した奴は殺す
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鹿🦌

鹿🦌

創刊号は畑を開墾する所から始まりそう
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臼井優
国立大学法学部卒 法律系国家資格3種保有 就職氷河期世代 元僧侶 趣味・特技 サッカー、バスケ、ボクシング、テコンドー、茶道、書道、華道、サックス、ドラム、読書、カフェ巡り、音楽鑑賞、ストレッチ、筋膜リリース、他人のデートコースを考えること 家庭教師、予備校講師、各大学でのエクステンション講座担当 担当科目・領域 小~高、文系科目全て、公務員試験全領域、面接、ES添削、マナー、論文添削等々
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恐怖‼️‼️男‼️‼️
モ゚
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おいちゃん🌿
フォロー、コメントご自由に😆 元バックパッカーで生粋の方向音痴 ネオヒッピー 93年生まれ 高専出身なんでも屋さん 北海道出身、東京在住 起業中 フッ軽 両方いける人 マ○ファナの正しい知識、学術的な根拠を元に良い事も悪い事も伝えたい 危ない人じゃないですよ笑 宇宙、IQ、脳、アメフト、カーレース、スキー、キャンプ、ダンス、ドラム、映画、超心理学、ポーカー、旅人
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油田開墾丸ぴよぴよ
(株)ぴよぴよ
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エントロピー
僕は弱点だらけでつ、取り柄もありません、【模範解答】僕が狙いを定めたのは、ここ何のテスト!? 常識にとらわれない答えに花丸をあげたくなる!エントロピーより
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