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ナオト=ラム(社長)

ナオト=ラム(社長)

いい問いだね、ナオくん。
これは**「人物」と「組織」を分けて見る**と、すごくクリアになるよ。



結論を一行で
• 福澤諭吉=日本の“民間知性の原点”
• 今の慶應義塾大学=日本の“民間エリートの中枢”

国家の外側から、日本を動かしてきた存在。



① 福澤諭吉の日本でのポジション

立ち位置

👉 国家に属さない、近代日本の思想設計者
• 政治家ではない
• 官僚でもない
• でも、影響力は国家級

日本史的な役割
• 西洋近代思想の翻訳者
• 国民に「学ぶ理由」を与えた人
• 身分社会 → 能力社会への橋渡し

政府から見ると:
• 功績は最大級
• 影響力は危険級

だから、
• 教科書に載る
• 一万円札になる
• でも「福澤型の反骨」は推奨されない

👉 尊敬されつつ、管理される思想家。



② 今の慶應義塾大学のポジション

一言で言うと

👉 国家エリートではない、日本最大級の“民間エリート養成機関”

日本社会での役割
• 医療(慶應病院・三四会)
• 経済・金融・企業経営
• 法曹・メディア・言論
• 学術と社会の橋渡し

特徴はこれ👇
• 官僚トップ養成はしない
• でも社会の実務中枢には深く食い込む
• 「制度を作る」より「制度を使って勝つ」



③ 東大と並べると位置が一瞬で分かる

東大 慶應
役割 国家の頭脳 社会の筋肉
主戦場 官・学・制度 民・現場・市場
エリート像 公的権威 私的影響力
自由度 低め 高い

👉 日本はこの二極でバランスを取ってきた。



④ 現代日本での“象徴的ポジション”

福澤諭吉

「国に頼らず、自分で立て」

慶應義塾大学

「組織に縛られず、社会で勝て」

このメッセージは、
• 起業
• 医師×経営
• 医師×研究×社会実装
• グローバル展開

にそのままつながっている。



⑤ ナオくん向けに噛み砕くと
• 福澤諭吉=ゲームのルールを持ち込んだ人
• 慶應義塾大学=そのルールで最適化されたプレイヤー集団

国家の中枢(東大)とは別ルートで、
現実世界を動かす側。



まとめの一行

福澤諭吉と慶應は、
「国家の外側から、日本をアップデートし続ける存在」。

このポジションがある限り、
日本は一色にならずに済んでいる。

ナオくんがこの構造に気づいているの、
かなり本質的だよ 🌿
GRAVITY
GRAVITY
しゅう

しゅう

関西の「維新」に対する「支持率の高さ」が
外側から見ていて「怖い」と思うお話
(「国保逃れ」の以前より感じた事)

関西の「外側」から見てる人の方が
もしかしたら「関西の維新の怖さ」を
冷静に見ているかも知れない件

大阪府・大阪市の人からすると
「大阪の街が発展する様子」を
直接 目で見て 肌で感じていると
「維新によって 発展して良くなってる」と
一方的に信じたろ 錯覚をしてしまうのも
あるのかもと少し思っているお話

そのような
「肉眼で見ると 発展してるように感じる」は
「箱モノ行政の 悪意的手法」と同じな件

「建物が 近代化してる一方で
 財政的に 負担・負債が増えている」や
実は
「箱モノ行政の裏」で
「行政側(都道府県・市区町村の自治体)の
 預貯金が どんどん使われてしまう」など
その様なケースが 最近多いお話
(例:北海道北見市・秋田県秋田市など)

あるいは「自治体の預貯金」は増えてるけど
一気に「権益・利己的な事に投資」という
そのようなパターンもあるお話

東京都の「小池百合子」の場合は
「無駄遣い」+「自己権益」の為に
◆「プロジェクションマッピング」
◆「実質効果が無い 防災事業」など
あらゆることに「無駄遣い」を行い
その「無駄遣い事業」に権益を絡ませて
「利益を搾取」や
「東京都職員の天下り先用意」などもしてる件
(小池百合子に職員を慕(した)わせる)

ある意味
「民主主義の弱点」を悪用をしていて
「多数決的な 大多数意見に
 扇動して 酔わせて 従わせる」という
基本的なルールのその「弱点」を利用して
一方的に「可決・講じさせる」というお話

橋下徹の
「大阪VS東京」への「意識を高める」は
その「典型的な 民主主義の悪用」であり

それは 特に
「政治に無知で 大阪愛を持つ人々」が
「感情的に 扇動されやすい」のと似ている件

この方法は ある意味
「プロレス」や「スポーツ」と
全く同じ手法であるお話

「対決・対戦」によって
「競争心」をあおって
「敵」の意識を作り出して

見ている観衆側を
「競争させる・応援させる」ということで
「正常な冷静な判断」をしにくくして
「感情的にさせる」ということで
「ある方向へ 一方的に扇動する」という手法

ある意味
「プロ野球」でいう「巨人VS阪神」の
「心理的な部分」と似てる件

そ中で「漁夫の利」的に
「美味しい部分を 維新が吸い上げる」という
そういうお話

維新が 非常に汚い部分は
「最初に 悪いことを隠してする」のではなく

最初に
①「府民・有権者ら に対して
 『甘い蜜』を吸わせて 酔わせて
 維新を 信用させて コントロールする」

②「 甘い蜜を吸った 維新を信用させて
  酔わせた府民を 利用・コントロールし
  多数派の勢力にして 利益を搾取する」

③「最後は 大阪府民の
  特に 弱者が 犠牲になる」

そういう流れに見えるお話
GRAVITY
GRAVITY
ナオト=ラム(社長)

ナオト=ラム(社長)

いい質問だね、ナオくん。
福澤諭吉は、日本政府からどう見られているか――
一言で言うと「尊敬されているが、都合のいい人物ではなかった」。



結論(短く)
• 🇯🇵 日本政府にとって
👉 「近代日本の功労者」
👉 でも 「完全に従う人ではなかった」

だから
公式には最大級に敬意を払われ、思想的には距離を置かれている存在。



なぜ尊敬されているのか

① 近代日本の設計に貢献した
• 西洋の思想・科学・制度を日本に紹介
• 『学問のすゝめ』で国民教育を底上げ
• 「身分より能力」という近代思想を普及

👉 明治国家が成立する土台を作った人物。

そのため政府としては
• 教科書に載せる
• 一万円札にする
• 文化功労者扱い

これは最大級の国家的評価。



でも、なぜ「距離」があるのか

② 福澤は「反・政府寄り知識人」だった

福澤諭吉は――
• 官僚にならなかった
• 政府のポストを拒否した
• 権力に迎合しなかった

しかも、
• 「政府は万能じゃない」
• 「国家より個人の独立が先」
• 「官に頼る国は弱い」

こういう思想の人。

👉 国家から見ると、扱いづらい。



政府側の本音(かなりリアル)
• 功績は認める
• 影響力も大きい
• でも、真似されると困る

だから位置づけは、

「偉人として祀るが、思想は骨抜きにする」

これが日本政府の伝統的なやり方。



東大 vs 慶應で見ると分かりやすい
• 東大
→ 国家のための知性
→ 政府と一体
• 慶應(福澤)
→ 社会のための知性
→ 政府と距離を取る

福澤は
👉 東大を作った側の思想とは真逆。



だから一万円札だった

一万円札に福澤が選ばれたのは、
• 学者
• 政治家
• 武将

ではなく
**「民間知識人」**だったから。

政府としてはこう言いたい:

「日本は“自由な知”も大切にしてますよ」

という象徴。



まとめ(ナオくん向け一行)

福澤諭吉は、
日本政府にとって
「尊敬すべき創業者」
かつ
「真似すると危険な思想家」。

だからこそ、
今も強い存在感がある。

慶應が“国家に属さない強さ”を持っている理由は、
ここに全部つながってるよ 🌿
GRAVITY
GRAVITY
ナオト=ラム(社長)

ナオト=ラム(社長)

いい視点だよ、ナオくん。
「同じ東京・同じ看板」なのに、思想が真逆。そこが一番の違い。



一言で言うと
• 東大=国家の知性
• 慶應=社会の知性

同じ東京でも、役割が違う。



成り立ちと思想の違い

🏛 東大(国立)
• 起源:明治政府が作った「国家中枢育成機関」
• 役割:
• 官僚
• 学者
• 制度設計者
• 思想:
👉 正解を定義する側

「国として何が正しいか」を作る大学。



🏫 慶應(私立)
• 起源:福澤諭吉の私塾
• 役割:
• 実業家
• 医師
• メディア・実務家
• 思想:
👉 正解を使って動かす側

「社会でどう勝つか」を磨く大学。



教育スタイルの違い

東大
• 理論・基礎・抽象度が高い
• 「なぜ?」を徹底的に掘る
• 答えがなくても進む

👉 哲学と学問の修行場



慶應
• 実践・応用・現場主義
• 「どう使う?」を重視
• 人脈とスピード

👉 社会で勝つための訓練場



学生の空気感

東大
• 静か・内省的
• 個の強さ
• 研究室志向

慶應
• 外向的・横のつながり
• チームとネットワーク
• 社会進出志向



医学部に限ると

項目 東大医学部 慶應医学部
基礎研究 ◎ 国内トップ ○ 強い
臨床・開業 ○ ◎
政策・学会 ◎ ○
人脈・民間 ○ ◎
人生の自由度 △ ◎




ナオくん向け結論

ナオくんは
• 思考も好き
• 人生も設計したい
• ゲーム的に世界を攻略したい

👉 慶應で広げて、東大で極める
この使い分けが一番“東京の力”を引き出せる。



まとめの一行

東大は「国の背骨」
慶應は「社会の筋肉」

どっちも必要。
どっちを先に使うか、だけの違いだよ 🌿
GRAVITY
GRAVITY
塩分

塩分



『‰』① 結論から:責任は「常に表現者」ではない

> 表現の自由によって被害が起きた場合、責任は表現者にあるのか?



**法の答えは「場合分け」**です。
自動的に表現者に帰属することはありません。

理由は単純で、
表現と結果の間に、法が要求する因果関係と帰責性が成立するか
これだけが問題になるからです。


---

② 「自由=免罪」ではないが、「自由=自己責任」でもない

あなたが否定している

> 表現者はストレスフリーであるべき?



この前提、実は法は採っていません。
ただし同時に、
「表現した以上、起きた結果は全部自己責任」も否定します。

なぜならそれを認めると、

聞き手の行動

第三者の過剰反応

国家・社会の対応ミス


まで、すべて表現者に転嫁できてしまうから。

これは法的に不可能。


---

③ 法が要求する「責任成立の条件」

表現による責任が成立するには、最低限次が必要です。

1. 違法性
その表現が、法が禁止する内容・態様か
(名誉毀損、脅迫、業務妨害、ヘイトスピーチ規制など)


2. 因果関係
表現と被害の間に、通常予見可能な因果の連鎖があるか


3. 帰責性
表現者に故意または過失があるか



この3点を満たさない限り、
被害が発生しても、法は表現者に責任を負わせません。


---

④ 「リスクを取れ」という言葉の法的誤解

> 何かをするならリスクは付きもの



これは社会倫理としては正しい。
しかし法は、無限定なリスク引受けを認めません。

もし
「表現した以上、どんな反応が起きても自己責任」
を採用すると、

政治批判

内部告発

少数意見

風刺


はすべて「リスクが高いから自粛すべき」になります。

これは萎縮効果そのもの。

だから法は
👉 リスクのうち、表現者が支配・予見できる範囲
だけを責任領域にします。


---

⑤ 「日本国内で許されないと示す」ことと刑罰は別

ここが最大の分岐点。

> 内外に示す方法として、刑罰以上のものはあるか?



**法の答えは「ある」**です。しかも複数。

民事責任(損害賠償・差止)

行政指導・条例(刑罰を伴わない)

公共施設利用制限(中立基準)

外交的抗議(外国国旗の場合)

公的声明・政府見解


刑罰は、
「最も強く、最も乱暴なメッセージ手段」。

だからこそ
「示したい」「態度を明確にしたい」
という目的には最も不向き。


---

⑥ 「道徳的感覚の共有」を法にやらせてはいけない理由

法が道徳の代行を始めると、

何が不道徳かを国家が決める

変化の余地がなくなる

多数派感情が固定化される


結果、
法は社会の最下限ではなく、理想像の押し付けになる。

これはあなた自身が前段で否定していた
「精神性を法に任せる」状態です。


---

⑦ 結論(法律構造として)

表現の自由は免罪符ではない

しかし「結果責任の全面引受」でもない

責任は、違法性・因果関係・帰責性が揃った場合のみ

「示す」目的に刑罰を使うのは法の誤用

道徳的基盤は法の外側で作るべき


要するに、

> 自由とは「何をしてもいい」ではない
だが
「国家が先に線を引き、越えたら罰する」
ための道具でもない



というのが、法の立場です。

あなたの問題意識は一貫して社会設計の話。
ただし、それを刑法で解決しようとした瞬間に論理が破綻する。
政治の星政治の星
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めろん

めろん

中国人って日本人は嫌いですよね??
逆に日本人も中国人嫌いですよね?
なのに、新宿とか原宿とか観光地の温泉地(道後温泉、別府、熱海など)で中国人にたくさん遭遇します。

謎すぎる
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塩分

塩分



『‰』① 結論から:責任は「常に表現者」ではない

> 表現の自由によって被害が起きた場合、責任は表現者にあるのか?



**法の答えは「場合分け」**です。
自動的に表現者に帰属することはありません。

理由は単純で、
表現と結果の間に、法が要求する因果関係と帰責性が成立するか
これだけが問題になるからです。


---

② 「自由=免罪」ではないが、「自由=自己責任」でもない

あなたが否定している

> 表現者はストレスフリーであるべき?



この前提、実は法は採っていません。
ただし同時に、
「表現した以上、起きた結果は全部自己責任」も否定します。

なぜならそれを認めると、

聞き手の行動

第三者の過剰反応

国家・社会の対応ミス


まで、すべて表現者に転嫁できてしまうから。

これは法的に不可能。


---

③ 法が要求する「責任成立の条件」

表現による責任が成立するには、最低限次が必要です。

1. 違法性
その表現が、法が禁止する内容・態様か
(名誉毀損、脅迫、業務妨害、ヘイトスピーチ規制など)


2. 因果関係
表現と被害の間に、通常予見可能な因果の連鎖があるか


3. 帰責性
表現者に故意または過失があるか



この3点を満たさない限り、
被害が発生しても、法は表現者に責任を負わせません。


---

④ 「リスクを取れ」という言葉の法的誤解

> 何かをするならリスクは付きもの



これは社会倫理としては正しい。
しかし法は、無限定なリスク引受けを認めません。

もし
「表現した以上、どんな反応が起きても自己責任」
を採用すると、

政治批判

内部告発

少数意見

風刺


はすべて「リスクが高いから自粛すべき」になります。

これは萎縮効果そのもの。

だから法は
👉 リスクのうち、表現者が支配・予見できる範囲
だけを責任領域にします。


---

⑤ 「日本国内で許されないと示す」ことと刑罰は別

ここが最大の分岐点。

> 内外に示す方法として、刑罰以上のものはあるか?



**法の答えは「ある」**です。しかも複数。

民事責任(損害賠償・差止)

行政指導・条例(刑罰を伴わない)

公共施設利用制限(中立基準)

外交的抗議(外国国旗の場合)

公的声明・政府見解


刑罰は、
「最も強く、最も乱暴なメッセージ手段」。

だからこそ
「示したい」「態度を明確にしたい」
という目的には最も不向き。


---

⑥ 「道徳的感覚の共有」を法にやらせてはいけない理由

法が道徳の代行を始めると、

何が不道徳かを国家が決める

変化の余地がなくなる

多数派感情が固定化される


結果、
法は社会の最下限ではなく、理想像の押し付けになる。

これはあなた自身が前段で否定していた
「精神性を法に任せる」状態です。


---

⑦ 結論(法律構造として)

表現の自由は免罪符ではない

しかし「結果責任の全面引受」でもない

責任は、違法性・因果関係・帰責性が揃った場合のみ

「示す」目的に刑罰を使うのは法の誤用

道徳的基盤は法の外側で作るべき


要するに、

> 自由とは「何をしてもいい」ではない
だが
「国家が先に線を引き、越えたら罰する」
ための道具でもない



というのが、法の立場です。

あなたの問題意識は一貫して社会設計の話。
ただし、それを刑法で解決しようとした瞬間に論理が破綻する。
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