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しゅう
「日本の政治・経済をより良くしたい」と
本気で思っている人が
「高市早苗 総理に期待してる」と
強く思っているのであれば
それは既に
「見る目が無い・人を見極める判断力が無い」と言えると思われるお話
しゅう
「製造者・作る側」の人が
「消費者の目線・立場」になった時に
「厳しい意見」を持つ人の方が良い話
消費者の目線で
「多角的に
厳しい目線を持っている人」というのは
ものづくりの「設計・企画」の段階で
「厳しく 綿密な設計」を考える事で
「無駄」(時間・売れない商品等)を
沢山省いていく事に つながる事もあるお話
しゅう
普段も乗る場合は
色々なリスクもあるお話
例えば
「自動車が 不調になった時」に困る時もあり
すぐに 外車の修理などを対応できる店が
見つからないケースの場合もあるお話
そのような意味でも
「日本」では「日本車」に購入・乗る方が
もしもの時のケースも含めて安全と思うお話
しゅう
スバルのシートは 非常に良いと思うお話
しゅう
「日本の米」を販売しても
一般的には 海外の家庭では売れにくいお話
理由は 大きく2つある話
1つ目には
家で「お米を炊く習慣が無い家庭が多い」
(特に アジア系移民以外)
そもそも 欧米系の一般家庭には
「炊飯器」などの「お米専用の調理器具」は
ほとんど無いお話
2つ目には
「日本の米」と
「カリフォルニア米等の外国米」の
「米の味の違い」が
そもそもわからない人が多い話
そのような背景もあり
「おにぎり」などや「和食」に
いくら海外で「関心」が高いとしても
「日本産の米」(生の米)は
そこまで 欧米系の各家庭では
「関心が高くは無い」というお話
「欧米の各家庭で 日本のお米を食べる」を
根付かせるというのは
基本的には 恐らく「ほぼ無理」と思う話
それは 言い換えるなら
「日本の一般家庭で
小麦粉を 大量に購入させて
家庭で パン・ケーキなどを手作りさせる」
そのような話である件
今「レンジで作れる レンチンごはん」が
海外の高級スーパーなどでは
人気商品となっている地域もあるお話
(アメリカ テキサス州など)
個人的には
「日本の生の米」を「一般家庭向け」に
海外で販売するよりも
レンジで簡単に調理できる
「レトルト レンジごはん」に加工して
輸出をする方が
「売りやすい・認知されやすい」のと
「食べてもらいやすい」と思うお話
しゅう
「パターン思考・先を読む力」が
強く問われるゲームと思われるお話
一方で「麻雀」は
「統計/確率論/数学的な考え方」が問われる件
その他の違いは
「将棋は 1対1」に対して
「麻雀は 最高4人」(3人も可)であって
将棋は「個人 対 個人」も可能だけど
麻雀は「全員個人」での勝負以外に
「複数 対 個人」や「ペア同士」でも
対局出来るお話
しゅう
政治経済などを 良く知らない人から見ると
「何か分からないけど
クセが強くて 芯が強い 頑固な野党集団」
その様なイメージが多いと思われるお話
しゅう
更に「完璧な英語」を目指すと
「前置詞」の使い方における
「少しの間違い・勘違い」に色々苦労する件
でもその
「前置詞の使い方」に対して
過剰に意識を行うと 戸惑ったりして
コミュニケーションにおける
「迅速なやり取り・流れ」を止めてしまうので
非常に注意が必要なお話
しゅう
共産党が掲げる「Tax on the rich」
(富裕層に課税を)
この「Tax on the rich」について
前置詞の「On」(オン)を用いてるのは
非常に 英語的には意味が大きい
仮に「To」を用いて
「Tax to the rich」では
「富裕層に課税を」より
「富裕層"へ"課税を」という意味で
少しの意味が異なるお話
「Tax on the rich」の
「On」にすることにより
「富裕層"に"課税を」という
「富裕層に」への強調が強くなってる件
しゅう
コミュニケーションと
「違いを理解/楽しむ」という
コミュニケーションは それぞれ異なるお話
そして
「共通点がある/共感する」というコミュは
基本的に
「自分と共通する人」「同じ価値観の人」が
集まりやすい
一方で
「違いを理解/楽しむ」というコミュでは
「自分と違う人・異なる人」が
基本的には 集まりやすい
しゅう
相手から「異論」を指摘された時に
そもそも 明らかに
「相手が 自分の内容に対する
理解を捉え間違えている場合」には
こちら側が
「あなたは理解を間違えている」から説明して
議論をするのは 正直 不毛な事が多い件
そもそも
「文章を読み取る力」や「国語力」が
乏しい人と議論をすると
「議論自体が 意味をなさない事」に
つながってしまう事が多いお話
「議論を行う前」の前提条件として
「相手が 適切に議論できる能力を
そもそも 合わせもってるかどうか」は
非常に重要なお話
しゅう
「聴く力」の部分に 大きく問われるお話
しゅう
「異性の友人と遊ぶ・食事に行く」
そのことについて 深く言及する人には
▽ 過去に 相手に 浮気された事がある
▽ 過去に 自分が 浮気をしたことがある
▽ 自分が 嫉妬心が強い
▽ 自分が 気を使って異性と合わない分
(本当は異性と会いたいけど 禁止してる)
相手に対しても要求する
そのような考えの人が
比較的多いと思われるお話
しゅう
「日本の米」について
「高級な米」と「平凡な米」であっても
その「米の味の違い」などは
分かりにくい事が多いお話
例えば
欧米系の外国人にとっては
「高級な コシヒカリの米」も
「普通の 日本の米」も
その違いが 分かりにくいお話
「米のうま味」というのは
お米に含有(がんゆう)されている
「でんぷんの量」などだけではなく
そもそも
「でんぷんを分解する酵素の量」によっても
「米のうま味・甘味を感じれるか」に
非常に大きくかかるお話
そして 更に言うと
「甘味・旨味」などについては 日本人は
基本的に「感受性」が強く繊細な人が多い
一方で 欧米系の外国人には
日本人ほどの「繊細な旨味・甘味」などの
「感覚」を 兼ね備えてない人も多い
その「味覚の感じ方の違い」には
要因として
▽ 幼少期の頃の 食事の仕方
(子供なのに 大人の味付けのように
濃い塩分などであった)
▽ 人種的な影響
その様な事も考えられる件
しかし その一方で
多くの「外国人」には
「日本の食べ物・味付け」で
不思議に感じる事も多く
例えば
▽ お菓子以外の食べ物である
「ご飯のおかず」「料理」などの中に
「甘味のある味付け」が多い
(すき焼き・照り焼きソースなど)
その様な事が
「日本らしい・日本特有」のように
強く感じる人もいるお話
しゅう
自分と相手の間での 双方向の間柄における「事実・感情のやり取り」に関わる能力
その為に
「自分から 相手に
一方的にだけ話す・伝える」という
全く双方向性が無い
ただの「一方的な説明・主張」をする能力は
「コミュニケーション能力」ではなく
ただの「説明能力」であるお話
▽ 「コミュニケーション能力」
(双方向性)
▽ 「説明能力」
(一方向性/単方向性)
それらは 全く別である
にもかかわらず...世間では
「コミュ力」と「説明能力」を混合して
誤解していて
「全てを コミュ力と思っている人」が
やたらと多いお話
例えば
「Youtube動画」で
「Youtuberが 一方的に
不特定多数の視聴者に対して
『説明・主張』をしている」というのを
あたかも
「コミュ力が高い」と理解してしまう人が
時々いる件
しかし それは 正しくは
「説明能力が高い」というお話
その証拠として
「実際のコミュニケーション」(双方向性)で
例えば
その「説明能力が高い Youtuber」が
「他者・企業とコラボ」をしたり
「テレビに出演する」という場面になると
▽ 流暢に話せなくなる(緊張・周りの目)
▽ 一方的に 自分が話ばかりをして
相手の話を聴かない
その様な事が 出てくる場合もある件
「自分から相手に一方的に話す」という能力は
「説明する能力」であるお話
(コミュ力ではない)
「自分と相手」を主体として
「自分が 相手の話を深く聴きながら
事実・感情のやり取りをする能力」
それが「コミュ力」である話
「コミュ力」というのは
基本的に 必ず「聴く力」を要する話
その理由は
「コミュニケーション」は双方向性であり
「相手の話を聴く・相手の意見を理解する」が
常に問われて
そこに
「相手の話・意見をふまえて
自分が どのように話すか 伝えるか」を
強く求められる為であるお話
ただ 非常に注意な事は
「どんな人でも 話を聴く」という前提では
全く無いお話
例えば
「不当な事を 言ってくる人」
「一方的に 考えを 押し付けてくる人」
「利己的な人」
そのような人々の「話を聴かない」というのを
仮にしたとしても
それは「コミュ力が低い」には ならない件
「誰にでも応じる」のが
必ずしも「コミュ力」ではないお話
「信頼する相手」に対して
自分が「話したい」と思い
コミュニケーションする力が
「コミュ力」と思うお話
しゅう
「私は 違う考えです」
この意見を さらっと言える関係性というのは
「自分が 相手に迎合せずに
自分自身は 精神的に自立している事」を
表しているお話
「自分と相手との『違い』を
自分から 相手に伝える」というのは
「自分の自立性」を高める・確保するためには
非常に重要なお話
しゅう
「山がきれい」「海がきれい」
そのように「純粋」に
ありのままの自然を「5感」で感じて
「感動できる・感謝できる」のは
それは言い換えると その本人が
「心が健康で 健全な精神がある事」を
表しているお話
「美しい絵」を見て
「美しい感動」をするのは
それは「当然」のお話であって
「平凡な絵」を見て
それを「平凡」と思わずに
純粋に「感動」をする人というのは
それは 言い換えると
「絵を見ている本人」が
それだけ「心が健全・健康」であって
「自己受容が出来ていて
自分に満足してる部分が大きい」と言える話
その様な人は
「他人に対する競争心・嫉妬心」などに
振り回されるような事は少なくて
ただ「現実 ありのまま」で
平凡な日常を 心地よく感じて生活してるお話
「万人が 美しいと評価する絵」を見て
「美しい」と思うのは「当然」であるお話
しゅう
「勝者」と「敗者」の関係の中で
敗者側に「犠牲」を生み
勝者側に「搾取」を生むお話
しゅう
◆「今日は 何も無くて
何も成果を出せなくて不安だ」と思う人
この両者は
全然違う「心理・考え方」である話
しゅう
その様な人が
「承認欲欲」や「自己顕示欲」を
強く持ってしまいがちになるお話
そしてそれが
「その人の脳」を通じて
「行動・言動」に現れてしまうお話
「ブランド品」に身を固めるタイプにも
タイプが分かれるお話
「本当に そのブランドが好きな
精神的に自立した人」は
ただただ「身に付ける事自体」だけで楽しむ
そして
「周りから 何を言われようが
その人にとっては 無関心」というお話
でも
「依存性があり
承認欲求・自己顕示欲求が強い人」は
「ブランド品」に関心が高いよりも
更に「ブランド品を身に付けている自分」が
「周りにどうみられたいか?
どう思われたいか?」に関心が向いてしまう
そのような「依存性がある人」は
常に「褒められたい・よく見られたい」や
「あの人よりも勝(まさ)っていると
強く思われたい」などのように
「特別視・えこひいき」などを
強く望む心理に陥りやすいお話
その為に
「ブランド品を身に付けてる
依存性が強い
自己承認欲求・自己顕示欲が高い人」は
周りから「無視される・否定される」などを
強く「恐れる」という部分もあるお話
そして中には
「無視・否定」に対して
「おもしろくない」と感じて
中には「怒りだす・他者を不当に責める」など
その様な行動・言動をする人も現れる話
俗にいう「逆切れ」のような
「幼稚な精神性」が
「依存性の証明」のように現れるお話
しゅう
「すべて正しい訳ではない」というお話
そして
「その偏(かたよ)り・偏った教え」を
良く理解することが
「真実・現場」を知る一歩になる件
「情報」にしても
「参考書・教科書」にしても
そもそも
「公平性・ファクトチェック・客観性」や
「監修者の素質など」が欠けてしまっていると
それは
「悪影響を与えるやばいモノ」になるお話
ただ 「間違えた・誤り」では
済ませれる範囲にならずに
「非常に大事件のお話」になるお話
ただ「すべて正しいかどうか」に
こだわり過ぎてしまうのも「危険」であって
そこには
「少しの誤った内容」であっても
実は
「あとで重要な情報」や
「学ぶきっかけ」につながる内容なども
含まれている場合もあるお話
発信する側の
「過失」と「故意」の「意図」の確認を
良く確認するのも大事なお話
しゅう
「なぜ 日本が鎖国をしたのか?」
「なぜ 踏み絵をしたのか?」
その「真実・理由」は謎のままのお話
しゅう
「日本人」(日本国籍)でも
「悪い人」もいる話
しゅう
「自分の異性(女子の友達)との交友関係」に
色々意見を言ってくる人が苦手な件
別に浮気とかをするわけじゃなくて
単純に友達として仲が良い人もいるお話
しゅう
温かい幸せ
しゅう
「自分が運転する車」に乗せた時に
「タバコ吸っていい?」って聞かれると
すごく車内で吸われたくないけど
「吸うのはダメ」と言いにくくて 困る件
特に逆に「電子タバコ」は
「車内・室内でも吸うのを許してる感」があって 「吸うのをやめてほしい」とも言えない件
しゅう
ADHDぽい性質の人が 思い当たる節がある件
特に「高校の時の友達」が
ADHD的性質を感じる人がいて
「学力」は優れているけど
「言語性IQ」が 高すぎる感じで
勢いよく話す所が 優秀にも見えたり
一方で「多動」みたいに見える部分もある件
あと ADHDの人を見てると
「独特な言葉・表現」を使う人が
ネットとかで見てると多い気がするお話
その友達は「母親」の事を
「マミー」と呼ぶクセがあって
全く ハーフとかでもなく
純日本人だけど「呼び方」が独特な所もある話
しゅう
普段から 「褒める言葉」に敏感で
「褒められる事」を望みながらも
実際には 「褒める表現を使った皮肉」に
気付かないパターンもあるお話
そして「冗談で褒めている」や
「うわべだけの形式的な褒め」についても
気付きにくい人も多い件
しゅう
「そのホストに出会ったこと」で
事件・詐欺などの被害者になるだけではなく
そもそも 元々
「依存性がある性格・思考・性質」によって
そこに「ホスト」に触れることで
「より 依存性が 強化されてしまって
色々な問題に巻き込まれる」というお話
「感情」を 相手によって翻弄されると
「冷静な判断」が出来ずに
「本来 普通はしない判断をすること」も
「どうしようか迷う・不安」であったり
「嫌われたくない」という心理や
「好かれたい」などの想いから
ついつい「感情的な判断」になってしまう件
特に「感情的に不安定」な状態で
更に「時間に余裕が無い」と
人間は「冷静な判断」が難しくなるお話
そこに 更に
「相手が 『今 すごく困っている』」などと「かましてくる あおってくる」という場合は
それを「本気」に捉えてしまって
「自分のできる範囲で 出来るだけ
なんとかしてあげたい」と
勝手な正義感・思いやりが生まれてしまうと
そこから
「犠牲的な 献身的行動」に出てしまうなども
あり得るお話
また もっと言うと
「その犠牲的な心理」に酔ってしまう被害者も
少なからずいると思われるお話
しゅう
「あなた あんた あいつ」と呼ぶ人が
すごく苦手な件
「あの人」という程度の呼び方で
とりあえずは 止めてほしい話
日本語は「主語・目的語」の
「呼び方」で 関係・感情も分かりやすい話
「あいつが ...」と「あの方が...」など
そのような「呼び方」によって
不思議と 相手の心情・人間関係の一部も
推察できてしまう お話
しゅう
簡単に喜んでしまう人がいるお話
「頭が良いですね」という言葉は
本当に賞賛する場合・褒める場合以外に
「皮肉」で使われる場合もあるお話
「皮肉の褒め」に
日常の会話などで 気付けない人も多い件
しゅう
「動物を ありのままに 愛する人」も
世の中では「動物好き」と呼ばれる件
同じ「動物好き」であっても
「条件付き」なのか「ありのままが好き」かは
その人により異なるお話
「動物」が好きなのか
「自分が気に入る動物だけが好き」かは
全く別のお話
しゅう
三大凶数の「10画・19画・20画」
この画数を 色々と注目しちゃうお話
しゅう
そもそも「自然な人間関係」が
「不自然な人間関係」に向かってしまうお話
「好かれようとする人」は
わざわざ「自分から 不自然な人間関係」を
自発的に築いていってしまいやすい
「好かれようとすればするほど
本来の自分から かけ離れていく」という
おかしな状況が発生してしまうお話
その結果
「疲れやすい・精神的に負担が大きい関係」が
自然と生まれてしまいやすい件
逆に言えば
「好かれる行動・発言」をして
「演じれば演じるほど
自分に自信を持つ・自分を受け入れる」も
難しくなってしまうお話
自分に自信が無い・自己受容が苦手な人が
陥りやすい 心理的パターン
しゅう
「悩み事・相談事がある」という時は
「相談ではなく 話を聴いてほしい」の意味
そこに「男性の脳が強い人」は
「話を聴く」よりも
「どうしたら 今より良くなるか」などの
「具体的な方法の模索 or提案」などに
集中しちゃうお話
「共感を求める 女性脳」と
「現実的な解決を推し進める
言葉通り受け取る 男性脳」の
不思議な錯覚の結果の先に発生する
心理的なすれ違いのお話
しゅう
絶妙な炊き加減を行った「白米」が
無性に美味しく感じる時があるお話
しゅう
すごく喜んでいた」
→だから 次もアレをあげる
(パターン化)
あの人が それをあげて喜んだ理由は
「たまたま タイミング的に
欲しがっていたから」なのか
「本当に好きなモノ」かは 別のお話
「たまたま タイミングとして
欲しかったもの」を
「いつも喜ぶ物」と勘違いする人もいるお話
しゅう
「あの人は こういえば喜ぶ」
このようなパターンを思考が強い人は
「男性脳」に多いと思われるお話
いわゆる「論理・理論」で
「パターン化」を進めてしまいがちなお話
しゅう
相手の「好きな食べ物or嫌いな食べ物等」や
「好きな事・好きな趣味」などを
色々と自発的に調べるお話
逆に「相手の好み」を知ろうとせずに
ただただ「勝手なイメージ」でもって
「好きそうな物」や「好まれそうな物」として
「ブランド品」などを送るであったり
「見当違いのモノをプレゼントを続ける人」は
そもそも 普段から相手を
自然と興味を持って 理解しようとは
あまり思っていない人が多いと思われるお話
しゅう
しゅう
気付かないことも多いお話
仮に 周りが「共依存ぽい」と
指摘すると 中には「怒る人」もいる件
それくらい「盲目な共依存」というのも
世の中には色々あるお話
しゅう
竹岡拓人という人が 逮捕されたニュース
姓名判断的には
「家族運」で「18画」の凶数だった件
(岡+拓+人=18画or19画)
「人格or家族運」は
姓名判断(統計的見解)として
特に重要な画数なお話
逮捕される人の画数を
ついつい見かけると 計算したくなるお話
しゅう
風情を感じて その時間が好きで
日常の幸せな時間になる時がある件
◆ 夕暮れに 住宅街とかに
ポツンとある自販機
◆ 夜 暗い中で 灯りを放つ自販機
◆夜の 高速道路の
サービスエリアの自販機コーナー
そういう所の「自販機」が
たまらなく なぜか 幸せに感じる事がある件
しゅう
「斎藤宏介」さんが かっこよすぎるお話
(ユニゾン・スクエア・ガーデン)
しゅう
色気出してくる人が苦手な件
内心「客観的に 自分のことが見えてない」と
思っちゃう部分もあるお話
客観視できない人に見えるのも苦手な件
しゅう
しゅう
あまりにも 選挙期間が短すぎるお話
多分 有権者は
「各政党・候補者の声」を
よく聴く暇もないままで
とにかくわからないけど 第一印象で投票する
そういう人も多いと思われるお話
しゅう
「お酒の話」をされると
聴いた情報でしか話せないのが辛いお話
しゅう
「リース」であることに気付かない人がいる件
「所有権」は
残クレを組んでも支払いを開始しても
「消費者・顧客」ではなく
途中の分割の時点では
「ファイナンス・ディーラー側」にあるお話
要するに「所有している」のは
「ファイナンス・ディーラー側」であり
それを「リース」をして
消費者・顧客が「使用」をしているという事
しゅう
「税・金利」については 何かしらの
「勉強する機会・興味を持つ機会」を設けると
将来 日本で 生活する場合の
「自己防衛」になり得る話
その「税・金利」についての とっかかりは
子供であれば 「消費税」が
一番分かりやすいかも知れない件
「お小遣い」をつかって
「自分に与えられたお金」でもって
自分のお金を払ってモノを買うのに
「なぜ 消費税を取られるのだろう」と
素直に疑問を持つ部分から
「何か学ぶ事・生きる力」となるかもしれない
◆ 自分のお金で買った商品を
「自分で 消費する」のに
どうして「消費税」という名前の税を
毎回 取られてしまうのか
Q1)「消費税」の「消費」とは
「誰」に対する・「何」に対する消費?
Q2 ) 1年の間で どうして
子供の自分からも「消費税」を
たくさん取るんだろう...?
(1年の間で 総額1万円を購入すれば
おおよそ1000円の消費税(10%計算))
そのように
「素直な疑問」が頭に浮かべば
「そこから 身に付く学習」になるお話
そこで もし
◆「みんな払っているから 払うものである」
◆「考えるのが面倒だし 1回1回は
少額だから 気にしなくていいや」
そのような考え方になると
「ただただ 理由も分からずに
他者・悪質な人々に
利用・コントロールされている事にすら
全く気付かない」というお話
