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副島先生の学問道場で知った。
カバールは関係者の子どもや孫を人質に取るとのことだが、私も日赤と製薬会社側の陰謀請負人である赤松氏から、私の3人目の主治医の若い女性と、サルサの仲間を、私に会えなくするという形で人質に取られたのだ。
主治医の新しい病院のパソコンにウイルスを入れられ、おそらく患者の個人情報を盗み、さらには特殊な心理学(ダヴィストックの洗脳工学的な精神破壊攻撃)で関係者を洗脳したのだろう。
しかし、結局私が陰謀請負人氏をウイルス経由でコンテパンに叩きのめしたため(論理的に説明して私の完全勝利だとわからせた)、今年の秋に敗北を認めてくれて、ようやく人質であった美貌の精神科医を開放することができた。
私がSNSで共同謀議の勝利したと伝えながら一人で苛立ち、攻撃的な文章を発表していたのはこういう背景がある。
今では陰謀で傷つき発症したPTSDも完治に向かい、裁判の準備に着者できるようになった。
みなさん、ご心配をおかけしました。
だが私にも収穫がある。
①自閉症に続きPTSDも自力で回復したため、さらに私の精神錬磨術というか、人間の精神への洞察を深めることができた。
②一般人がどうやったら共同謀議に立ち向かうべきかの方法論及び精神論が私の中で確立しそうである。
③闘病にために文章を書くことで、人間の内面をどう描写するか、さらには新しい日本語の(癖ではなく)文体がどうしたら現出できるかの思索を深めた。
④③の内容と関係して、小説だけでなく、詩の可能性も私に生まれた。


ラビッ兎
盤上の規則や法則は盤上に於いてのみ成立する限定的確証に過ぎない。そうともなれば、この世界に生まれてしまった事実以上の不運はこの世に存在しない。というよりも、生まれてしまったということが人生における唯一の不運である。
この誕生という運命の始まりの他に不運と呼ばれることの全ては、私が不運なのではなく、他者関係、或いは社会関係の中で作り出された差異への情動に過ぎない。
不運でなく、不幸についてはこのように、不幸が相対化されその妥当性を否定されるということが唯一の不幸であり、私たちは運命を呪うことを正当化することはできないし、唯一恨める事としては、生まれてしまった不運を最大の不祥事だという他にない。
しかし、自殺という選択肢までも、論理的に、かつ経験的にも、その正当性は否定されてしまっているため、運命を愛するというよりも、これが私の運命なのだと認める他に選択肢がないというだけなのである。
生とは実にタチの悪いふざけた冗談であり、死とは誕生などに比べてみたならば、まだ、ましな冗談であると言えるが、では死こそが唯一の救いであるのかと考える時、自死という手段については当然、誰に邪魔をされることもなくいつでも運命を終わらせられる切り札があると思えば幾分かは絶望を眺めながら、退屈な野郎だとこの斜に構えた悪魔を眺めていられるものである。と考えることも当然出来得る。
然し乍ら、更に最悪なのは、死を論理的、かつ経験的な法廷に召喚し審判を下してみたならばどうだろう?私たちの卑屈な救世主、或いは寧ろ、この聖なる短絡さとは、つまり、自死の正当性の一切がなく、かつ、自死とは運命という私の全てを対価に支払う事でのみ実行できる自由であるのだから、最高にふざけた冗談であり、否定不能な生を認める他にないという事実については、正に事実らしく、冗談にすらならないのであるから、やはり、生とは最低な冗談であるということも出来るだろう。
然るに、そうともなれば、取捨選択は単純で、正しいものだけを手にする事が私たちが絶望と程よく距離を保ちながら関わり、かろうじて生き延びる手段であるのだから、君は、演じられた者ではなく、演じる者であらねばならない。その時、君は苦しみを支配する真理となるだろう。
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