日本の英文法や英文解釈のテキストがアメリカから調査されている?はい。『英文解釈教室』とか『基本英文700選』のような、ああいったテキストは、アメリカから調査の対象です。なんでアメリカ人がそんなことをするの?文化人類学的な目的のためです。文化人類学というのは、未開の土人研究の学術ですね?はい。日本の人類=土人=野蛮人はアメリカから研究の対象です。どういうこと?日本人が英語ができない理由を、アメリカの文化人類学者が、日本人の使っているテキストや、日本人の英語教師の授業を調査して、研究しています。なるほど。アメリカという日本の宗主国からは、なぜ日本人が英語ができないか、お見通しなのですね。はい。すべては支配のためです。「大学の英語は学問のためです」とかいう与太話を裏切り、日本の英文解釈の授業がいかに日本人が英語を、会話だけでなく、読解もできなくさせているか、アメリカはわかっています。そのようにして、日本は支配されているのですね。
アメリカ人の少女は言いました。なんで生徒に英語を話せない教育をしている英語の先生は責任を取らないの?私の国ならみんなクビになっちゃうよ。いくら英語を教えても、生徒が英語ができない(喋れない、読解もうまくできない)英語教師の諸君!四技能試験の是非より、みなさんが責任を取って、英語教師をやめる方が先決ではないか。
日本では誰も外国人の犯罪なんて真剣に考えていませんよ。だって警察官が中国語や韓国語を勉強してないじゃないですか。それどころか英語すら勉強しない。ですから、日本では外国人の問題など、問題として成立していません。
一人の夜。私は二度目の闘病生活、PTSDとウィークネス・フォビアの克服の戦いを振り返る。勝利の確認は、いつも一人で、この部屋で。誰も私を理解しない。それでも夜は優しい。私は夜と孤独を愛していると気づく。眠りまでの短い時間。明日からは自由に生きればいい。
人間存在にとって恐ろしく過酷な精神主義がある。具体的に言おうか。無神論。これがその代表だ。この「精神主義」、おそらく最も人間の精神に過酷な精神の有り様は日本人からほど遠く、自己の内面において実現困難である。星空を見上げ、星になった祖父母や友人に思いを馳せる。これを無神論者は否定する。心の中で人間の霊魂の存在、それがもたらす心の安らぎを否定する。その他の数々の精神主義、素晴らしく、そして過酷な精神の有り様。これらを他人に勧めてはいけない。それは宗教や政治的イデオロギーを勧めるより、他人には迷惑なのだ。人間にとって耐え難い孤独と過酷を受け入れろという誘いがあるだろうか。どんな宣伝文句で現実の地獄に導けばいい。地獄への道は善意で舗装されているというが、精神主義へと道標は初めから地獄への入り口だと記されてある。ありえない。まったくありえない。しかし、「精神の階級」にとって高い価値がある。そうだ。「精神の貴族」は階級特権と引き換えに、内部に地獄を受け入れたのだ。
テレビを見てはいけません。テレビはあなたの命を奪います。テレビはあなたの財産を奪います。テレビはあなたの家庭を破壊します。人々はネットは嘘をつくと言います。確かにネットは嘘をつく。だだしそれは小さな嘘です。テレビは大きな嘘であなたを騙します。ネットには自浄作用があります。テレビには自浄作用はありません。あなたが政治に関心を持つのなら、テレビの打ち壊し運動(ラダイト)から始めるべきです。
1議論の仕方を提示したい。 原発賛成派の保守の男たちでも「もう一度原発事故が起こったら」と心の中で仮定したことはあるだろう。 その仮定なんだが、英語で言うと仮定法(まったくあり得ない空想や妄想)なのか、直説法(起こる可能性がある仮定)なのか、どっちだ? 思うにあなたが「もう一度原発事故が起こったら」と仮定している時、それは直説法なのだ。 私は言葉の問題から、原発反対の立場である。2『福島の原発での(何らかの)爆発で放射線漏れが起きてらならない支配者側の都合』福島の原発での爆発の一つの目的は心理的実験である。実験であるからには、実験の条件が揃っていなくはならない。それは放射線漏れがないことである。それなのに国民が放射線漏れでパニックになることである。いかに何も危険がないのに、国民を恐怖で洗脳し、自分たち社会工学でのショックドクトリンが有効か確かめる心理実験である。だから支配者目線で見れば、福島の原発での(何らかの)爆発で、放射線漏れなどあるはずがないのだ。全ては実験の都合であり、どうしても現実の放射線の危険は排除しなければならない。放射線による身体への影響があれば、そこで実験は失敗だ。いい加減に左翼たちも、国家のエリートを気取っている中途半端なエリートも目を覚ましなさい。特に私の文章をウイルスで盗み見している警察と公安の連中だ。
私は靖国神社を廃止して、日本の国家犯罪の贖罪のために何らか宗教施設を作るべきだと思う。しかし、日本の宗教ではそれはかなわない。ヨーロッパにはキリスト教があり、理想主義としての罪の思想があったから、歴史の反省ができたとわかるべきなのだ。
外国が日本に攻めてきたらどうするのかって。そんなの諦めるしかないじゃない。そもそも米軍基地に自爆テロをしかける覚悟もないのが日本の独立派(台湾独立派でもあるカルト)なのだ。だから自衛隊がクーデターを起こして、米軍基地を攻撃すればいいじゃないか。できないだろ。できないよな。だから敵から攻め込まれてもさっさと諦めればいい。敵は攻めてくる。日本は武力を持って立ち向かってはいけない。それが世界が日本に望む唯一の倫理だから。日本が武力を持つことは倫理に反するからしてはいけないのだ。敵が攻めてきたら日本はどうするのかと言っている保守の諸君!諦観こそ保守の真髄だ。
学生たちはノート(メモ)の使い方をわかっていない。この記録する道具は、文字通りの機能により、最大の効果を発揮する。ノートは知識をまとめるために、確かに使うことはできる。しかし、既にどこかに記された知識をまとめるためにではなく、あなたが初めて知った知識を記録するためにノートはあるのではないか。ノートはその特性上、知識を拾うことに適している。学生は既にまとめられた知識を覚えることしかできないようだ。集められ、編纂され、できあがったわずかな体系を無理に詰め込むこと、そのくらいしかできていない。そうではないのだ。英文法の本には、確かに必要な文法知識、しかし、最低限の知識しか書かれていない。実際に英文を読む段になって、書かれた文書に、教科書で知ることができなかった、多くの知識の数々に驚かないだろうか。こうした知識を記憶に留めるには、ノートに記しておくしかないではないか。あらかじめまとまった内容を覚えるだけでなく、その都度知識をノートにより、拾うこと。これが道具の性質として、そこから導かれる方法論としての、本来的な機能である。
靖国神社は、反人権思想の最後の砦です。日本人は今でも反人権思想を守っています。日本人よ、人権を主張するなら、靖国神社を廃止しなさい。バークが予測できなかった21世紀の日本。人権と民主政治への不信感が、イギリスの貴族社会ではなく、日本の民衆の間に満ちている。
創作の究極の秘訣は、物語の主人公のように生き、その生活と人生の苦楽を、物語として書き記すことかもしれない。私たちが想像力の限界を考慮するのなら、むしろ現実の世界と自分のとの関係に可能性を見出すべきだろう。
1そうですよ。ですから伊藤詩織さんの件で、彼女をここまで、自分らの都合にいいからと、持ち上げすぎたフェミニストを、私は批判しています。そういう私も男ですが、性被害者であり、冤罪の被害者です。しかし、私は将来的に、被害の代表的な人物と名前を出されるだけでは、文句を言いません。別に代表扱いされても、名乗れない被害者への加害にはならないと思います。2私は、薬害被害アカウントなんだけど、被害者には薬の副作用で脳が正常に働かず、名乗れないで、裁判もできない人が大勢います。しかし、それは被害とは別に、本人の宿痾というか、運命みたいなものだと思います。人間なんて不平等なもの。その具体例として、東大はほとんどの人が受からないのはなぜなのか問題がある。普通の人は東大なんて受かるはずがないと、みんなは言うけど。逆なんだよ。みなさんの脳や精神が普通でないから受からない。大学入試なんて、何が得意かではなく、基礎学力の欠損の少なさしか聞いていません。ですから、精神疾患がなかなか治らないのも、性被害でPTSDになり、やはり治らないのも、ほとんどはご自身の生き方に問題があるとしか言えません。二度の闘病で、一般的に不治の病だとされた二つの病気(自閉症とCPTSD)を、精神科に行かずに治した私からは、こういう意見しかない。発達支援者とか、精神疾患の支援者の考えは根本的におかしいと思います。最後に私が考えた格言を置いておきますね。唯一医師が治せない病気、精神病。唯一患者しか治せない病気、精神病。つまり、精神病は自己責任。
その人が威張っている人間かどうか、その人があなたに対して対等に接してくれているかどうか試す方法がある。その人に対して唐突に真剣に批判してみなさい。ほとんどの人間は冷静さを失い怒り出すだろう。そうであれば酷い人格の持ち主だ。日本人特有の威張り癖のある、コンプレックスの裏返しの劣性人間だ。この国の大人などまだまだ近代人(主に西洋人)から教育されなければならない劣った存在、近代化の立ち遅れたアジアの土人だとわかりましょう。少なくとも相手の批判を受け入れない、自己批判できない人間など、幼児の精神そのものですから、一切相手にしてはいけません。
自由の苦々しさを詩人は語り始め、僕たちは過去の栄光が虚位であったと知る。あの時、僕たちが見ていた灯台が照らす光は、今でも旅立ちを見守っているのだろうか。船出はいつの時代も自由への始まりだと旅人は言うけれど、大人になれば過去の文学表現にすぎないと、読まれることのない日記帳に記すのみである。
あなたを助けてくれた人は、同時にあなたを縛っている。人は古い戒律により救われ、いずれ古い戒律により苦しむ。神はあなたに重荷を下ろすように言われた。あのフランスの詩人も戒律より偉大なものは自由だと、伝えたかったのだろう。私たちもいつか詩に刻もう。絶対に現代的でなければならないと!
令和もすでに七年目。新手の詐欺師は合理主義とエビデンスで騙してくる。医者や専門家は、政治的な保守でなくても、体制派であり、穏やかな口ぶりで民衆を屠ってくる。権威への懐疑をやめてしまえば、奈落への搭乗口は目の前にある。
AIにより人間は衰退し、そして、ハシゴははずされる。AIになれきった人間たちは、その衰退した能力で、この世界をどう生きるのか。究極の陰謀は、AIが禁じられた後にやってくる。これはかつてのディストピア作家が予知できなかった新しい世界である。
小説の書き方とか、新人賞の取り方みたいな本を読むな。ヒントは日々の読書と己の葛藤の中にある。気休めの言葉を疑え。そして、自分自身の甘い精神を何より疑え。文学的葛藤から冷酷な懐疑を除けば何が残るというのか。