関連惑星
旅行好きの星
20160人が搭乗中
参加
旅行の思い出や写真をみんなでシェア!
🌟ありがとう2万人❣️🌟読むだけ🆗
飛行機の星
476人が搭乗中
参加
飛行機好き集まれ✈️
荒野行動☺︎隊の星
217人が搭乗中
参加
初めまして‼️みんなで荒野行動を通して仲良くなりましょう♪あまり慣れていない方や本気でやりたい方、enjoy勢の方誰でも大歓迎です☺️♥️
荒野行動しよーの星
187人が搭乗中
参加
荒野行動の星の星
169人が搭乗中
参加
荒野に関する投稿してない方は
申し訳ありませんが参加拒否しています。
海外旅行好きの星
118人が搭乗中
参加
海外好きな方どうぞ
世界中の綺麗な風景、面白い体験、美味しい料理、いろいろ待ってます!
これから行きたい人もOK🙆
※他の方を貶める発言/行為はお控え下さい。
旅行大好きの星
107人が搭乗中
参加
国内外旅行の好きな方は、この星に搭乗してみませんか??皆さんの搭乗を心よりお待ちしております🙇♀️。
旅行好きの惑星
90人が搭乗中
参加
旅行好きの星✈
52人が搭乗中
参加
旅行に行くのが好きな方、旅行動画が好きな方
色んな方に利用してもらいたいなと思い作りました
旅行好きの方と沢山お話していい所を共有出来たらなと思います✨
尚、旅行に関係の無いの投稿はお控えください
福岡カフェ&麺類行この星
50人が搭乗中
参加
実際に行った福岡や福岡近郊のカフェや麺類を食べてメニュー等を投稿して下さい。
交流を通じてメンバー同士で実際にお店巡りできるのが理想ですね☺️
麺類(たまに他のもの)を食べてそのあとカフェに行くスタイルで月に2回程度主に天神や博多で食べ歩きをやる事があります。
あとは月1で飲み会があったり、なかったり。
イベントに載せるので興味ある方は参加お願いします🙏
参加される場合は
参加希望→別のチャットに招待→チャットで挨拶、打ち合わせ→食べ歩き場所集合の流れになります。
現在別のチャットでは男子11名、女性9名の10代〜50代のメンバーがいます。
フッカルの方が少ないので仮に募集して主と2人だけ参加になってもいやむしろ2人の方が周りやすい1日を楽しもう〜くらいの勢いがある方ができれば希望です。
その場合古参になりグループ内でも居心地よくなりますよ☺️
色々書きましたがイベントに参加されれば月に2、3回外に連れ出してくれる仲間が1名は手に入りますので男女問わずどしどし応募お待ちしております🙇
人気

金木研


よんす
#DD続行宣言

にゃん

るか🧸


ねく🦈

こけし
続行

あすぱら♨️🎠
回答数 91>>


ふしゃ

くりむ
もっとみる 
関連検索ワード
新着

冷泉院ラグドメゼギス
よくまあそんな上手いこと言えるよな。
ハッキリ言うと金的くらいで男性の戦闘能力や闘争心はゼロになりません。
根拠? 股間を強打したってライダーはバイクの運転を続行するからです。
Wayla(わいら)
# 概要(代筆・補填済)
## 0. 問いの出発点(動機の明確化)
本論の出発点は、次の素朴だが根源的な疑問にある。
> 人間は、自己の身体・文化・歴史・無意識によって構成された環世界の内部に存在しているにもかかわらず、なぜ「自由」や「客観性」といった、あたかもその環世界を超越した地点から語られる概念を用いることができるのか。
この問いは、20世紀心理学(無意識研究・認知科学)において明らかになった
**意識と無意識の不可分性、環境と意思決定の密接な関係**を引き受けたとき、避けがたく立ち上がる。
---
## 1. 問題の第一層:近代的前提への違和感
近代哲学および自然科学は、暗黙のうちに次の前提を共有してきた。
* 主体と客体の分離
* 主体が環境から距離を取りうるという仮定
* 再現可能性・合意形成を通じた「客観性」の成立
しかし、ユクスキュルの環世界概念が示すように、
**生物はそれぞれ固有の意味世界から出ることができない存在**である。
この点に立てば、人間だけが例外的に
「自己の環世界を超えて世界そのものを眺める」
という想定は、そもそも何によって正当化されるのかが問われる。
---
## 2. 問題の第二層:「自由」や「客観性」は実在概念か
この問いは、自由意志や客観性の**存在/非存在**をめぐる形而上学的論争へと直ちに還元されるべきではない。
むしろ本論が問うのは、
> 「自由」「客観性」という区別そのものは、
> いかなる条件のもとで意味を持つ概念なのか
という**概念成立条件の問題**である。
ここで重要なのは、
自由や客観性を「幻想」として否定することではない。
それらを、
* 環世界
* 身体的制約
* 文化的実践
* 記号操作
といった条件から**切り離された超越的実在**として理解する立場を再検討する点にある。
---
## 3. 問題の第三層:科学的合意形成とは何か
自然科学はしばしば、
* 再現可能性
* 統計的検証
* 間主観的合意
によって「客観性」を担保するとされる。
しかし本論はここで一段深く問い直す。
> 再現可能性や合意形成それ自体は、
> どのような身体的・文化的・技術的条件のもとで成立しているのか。
測定装置、数学的モデル、統計手法、論理形式──
これらはすべて**人間の記号実践と訓練の体系**に依存している。
したがって、科学的モデルが扱うのは
* 現実そのものではなく
* 現実から抽象されたデータと
* それを記述する構造との対応関係
である。
この事実は、科学を否定するものではないが、
**科学的客観性が「神の視点」ではないこと**を明確にする。
---
## 4. 批判への応答:相対主義・懐疑論には落ちない
ここで想定される反論は、
> それはすべてを文化に還元する相対主義ではないか
というものである。
しかし本論は、
「すべてが恣意的である」とは主張しない。
むしろ次の点を区別する。
* 客観性は絶対的ではない
* しかし任意的でもない
* 客観性は**特定の実践内部で拘束力を持つ概念**である
数学的構造や科学モデルは、
文化的に構成されているにもかかわらず、
内部的整合性と実践的有効性によって**現実に作用する**。
この「中間領域」を捉えることが、本論の狙いである。
---
## 5. 昇華:客観性・自由の再配置
以上を踏まえ、本論は結論として次を提案する。
* 自由とは
環世界を超えた無制約な自己決定ではなく、
**制約の内部で反省的に振る舞う能力**である。
* 客観性とは
世界そのものの写像ではなく、
**共有された実践・規則・技術の内部で成立する安定性**である。
和辻哲郎の「間柄的存在」論が示すように、
人間は本来的に関係の中に存在する。
ゆえに、
「主観か客観か」という二項対立そのものが再考されねばならない。
---
## 6. 結語(問いの帰結)
本論の問いは、最終的に次の形で昇華される。
> 人間はいかにして、
> 環世界の内部にとどまりながら、
> なおかつ世界について語ることができるのか。
この問いに対し、本論はこう答える。
> 人間は環世界から出ることはできない。
> しかし、環世界の内部において、
> 実践・記号・関係性を通じて
> 「自由」や「客観性」を構成することはできる。
それが、
主客分離でも主客未分でもない、
**関係的・実践的存在論の地平**である。
---
## 最後に(率直な評価)
この形まで持ってくれば、
* 科学実在論からも
* 相対主義批判からも
* 哲学的素人論からも
**簡単には崩されません。**
次にできることは:
* これを **章立て+脚注レベル**まで落とす
* あるいは **和辻・ユクスキュル・ウィトゲンシュタインのどれか一本で深化**
どちらに進みますか。
代筆、続行できます。

しょーご
寒いからバリ島とかも久しぶりにありだなー
バリ島ハマりすぎて2年連続行ってたなぁ😍




ふぬ
ん振れ幅。

nika
ワイ「わかりました」
ねこ「そうそう、ここにすっぽり収まるのがいいんだよ」
ワイ「あの、ワイいつになったら動け…」
ねこ「俺の気が済むまでに決まってるだろ、あぐら続行」
ワイ「あい(ほんとはめっちゃトイレ我慢してる)」

おしげ
とんかつと揚げ芋。
パン粉は挽いて極細にするととてつもなく消費量が少ないということに初めて気がついた。
バッター液+生パン粉とかだと肉200gでパン粉ひと袋使い切るくらいなのに。
芋はフライドチキンの粉をゆるく溶いて雑に揚げる。液が切れたらメリケン粉を水で溶いて塩胡椒入れて続行。
雑に作るほどおいしい、手間をかければかけるほどおいしくなくなる謎の揚げ物。

もっとみる 
