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臼井優

臼井優

すごいエネルギーですね。県内屈指の進学校でもあったそうですが、勉強は苦ではなかったですか。

大変でしたが、「学校生活を楽しめるかどうかは授業を楽しめるか否かにかかっている」と思っていたので、頑張りました。
 学校にいる時間の中で圧倒的に多いのって、授業の時間なんですよ。
 だから授業がわかれば、ほとんどノーストレスで過ごせるはずなんです。
 予習もしておくほうが、しないで授業を受けるよりストレスがなかった。先生と無意味に対立するより仲良くしておいたほうがいいと思っていたのもそういう理由からです。

――勉強と執筆の時間配分はどうしていたのですか?

部活が終わって、夜8時ごろには帰宅して、夕ごはんを食べて、そのあとお風呂入るまでの時間に文章を書いていました。
 さくらももこさんのエッセーがすごく好きだったので、自分も日々のエピソードをエッセーにしてブログにアップしたりもしていました。受験時期はさすがに無理でしたけど、1、2年生ころは小説も書いて投稿していました。

執筆は息継ぎだったんです。勉強する時間に向かうために、一回自分の好きなことを挟むみたいな。その感覚は、いまもあまり変わっていないと思います
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め

生徒さんが急に辞めるのなんか悲しい
仲良かったと思ってた人なのにな

なんかあんまり個人的な繋がり求めない人は、色々あるもんねって思うんだけど、私も先生の1人なんだとか思っちゃう
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臼井優

臼井優

朝井リョウさん 岐阜県立大垣北高 執筆は勉強に向かうための息継ぎでした 朝日新聞web

戦後最年少で直木賞を受賞した小説家の朝井リョウさんが、高校時代について語ります。すでに「小説家になる」という確固たる夢を持っていた朝井さん。当時の生活はどんなものだったのでしょうか。また親や先生など、周囲の大人たちからはどんな影響を受けたのでしょうか。

中学生のときに、同年代が主人公の小説を読みながら、「小説家って一度は中高生の話を書いているな。ということは自分もいつか中高時代のことを書くときのために、なんでも記憶をコレクションしておかなきゃ!」と、変なスイッチが入りました。つまりそれは客観性という言葉に言い換えられると思います。だからある意味、そこで私の青春は終わったんです。

それからは生徒会長や体育祭の応援団長など、学校という場所で経験できるあらゆることに手を出しました。なので、結果的に高校生活もすごく楽しかったです。バレーボール部を3年間やって、文化祭や体育祭も前のめりに取り組むタイプでした。斜に構えて行事に出ないとかそういうことは一切なくて、なんでも「コレクション、コレクション!」精神。すべてを全力で経験して、同時に出版社に小説を投稿したりもしていました。
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ぼん

ぼん

大阪の親友と露伴先生見に行った時の🎞️
sayoさん
写真の星写真の星
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k

k

昨日メンタルクリニック言ったら
先生に
今日元気ないねって言われたよ
やっぱり精神科医ってすごいなあ
見抜くんだなあって思った
今のドクターと相性いいから関係性大事にして治療を続けたいな
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ryohe

ryohe

やったことある人、正直に手を挙げて🖐️
先生怒らないから

#elkpotさん
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𝙨𝙖𝙠𝙞☁

𝙨𝙖𝙠𝙞☁

今日日本料理実習や〜!!日本料理の先生怖いねんよな〜
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