関連惑星
新 モンストの星
1649人が搭乗中
参加
新・原神の星
1369人が搭乗中
参加
旅人の皆様の交流の場になれば幸いです。
新潟県民語る会の星
1232人が搭乗中
参加
新潟県民語りましょー!!!!!
めっちゃ、増えてきたぁー!!!
新潟県民の星
529人が搭乗中
参加
新日本プロレスの星
273人が搭乗中
参加
🌏 新日本プロレス 惑星(Planet NJPW)へようこそ! 🌟
ここは新日本プロレスを愛するすべてのファンのためのスペースです。
選手・試合・名言・歴史など、新日愛を思う存分語りましょう!
🗒 投稿ルール
・選手や他のファンに対する誹謗中傷は禁止です
・あくまで良識の範囲内での投稿・コメントをお願いします
・誰もが気持ちよく楽しめる場所を一緒に作っていきましょう!
🔥「愛してまーす!」精神を大切に、楽しくプロレスを語り合いましょう!
🔥それではここで熱く語る覚悟はいいか‼️
新:レズビアンの星
175人が搭乗中
参加
惑星主をやってるアカウントはサブ垢です
本垢も惑星内に居るし投稿もしてます
【搭乗条件(必読)】⚠️女性限定⚠️
・プロフや投稿から女性である事が分かる方
・現在の恋愛対象が同性(女性)と分かる方
※男性、MtFの方の搭乗はお断りしています
※鍵垢の人は性別の判断が出来ないので搭乗許可出来ません
※過度な出会い目的等、グラの規約に反している投稿をする方は搭乗許可出来ません
※通話や音声ルームNGな方で投稿から女性である事が判断出来ない方は搭乗許可出来ません
他のレズビアンの星に男性やネカマが蔓延っているので、この度新たに完全女性限定のレズビアンの星を作りました
搭乗者の中に男性やネカマが居る、異性(男性)へ想いを寄せているような投稿等、レズビアンの星には不適切であると判断次第、惑星から追放致します
新遊戯王の星
136人が搭乗中
参加
鎌倉の星
49人が搭乗中
参加
鎌倉の星です。
鎌倉に関する投稿なら、好きに投稿してください✨
出会った時が新譜の星
48人が搭乗中
参加
音楽を聞いていて、昔の曲だけど初めて聞いて感動した曲をシェアする惑星です✨️
宇多田ヒカルさんの「出会った時が新譜」と言う言葉を借りて、みんなで「こんな曲知ってた?」をシェアしましょう🎵
クラッシックでも最新リリースのガチ新譜でも何でも大丈夫です☺️
尚、惑星の内容に関係ない投稿をするのはご遠慮下さい🙇♀️
新幹線の星
45人が搭乗中
参加
星への搭乗を回答式にしています。鉄道が好きな人なら、きっと答えられるであろう簡単な問題です。もしどうしても分からないという人がいたら、こっそりDMしてきてください。答えを教えます。
人気

けい
【簡単に自己紹介】
大人になってからチェロ始めました。
まだ初級者ですが、音出すのが楽しくて何時間でもチェロと戯れていられます。
演奏を聴きにいくのも好きで、チェロアンサンブルは出来るだけ都合つけて聴きに行ってます。
【好きな作曲家・チェロ曲・演奏家・その他一言】
最近のお気に入りはバッハ、ドヴォルザーク、ピアソラ、アザラシヴィリ、メンデルスゾーン
好きな演奏家は上野通明さん、辻本玲さん、新倉瞳さん
好きな曲は無伴奏チェロ組曲プレリュード。特に運指が好き(マニアックかな)
月に2回レッスン通いです!
よろしくね。

Kunkun





マル
回答数 349>>

⟡*🍬るん🍬⟡*
#aiko
#瞳
#Happybirthday
瞳
すーこた
#模写 #イラスト #瞳
杏


なお
何を見てるんだい😆❗️
#馬 #瞳 #綺麗

すーこた
#模写 #イラスト #瞳
宇多田ヒカル

もっとみる 
関連検索ワード
新着

なな
趣味タグ:=love、髙松瞳、散歩,話を聞くのが好き,宮城,福島,医療・福祉,カフェ巡り,
自己紹介:ひまつぶし!
星座:蟹座
empty
冷厳で寂寥とした宇宙空間において、九柱の巨龍の死体が横たわり、古びた青銅の巨棺は古朴かつ大らかで、まるで宇宙の始まりと共に古来よりそこに在り続けているかのようだった。
数日が過ぎたが、依然として青銅の模様が発する謎の信号を解読することはできず、それを地上へ「回収」する確実な手段も見つかっていなかった。
「動いた!」
「軌道から逸脱し、沈降している!」
その瞬間、国際宇宙ステーション内で、数名の宇宙飛行士エリートたちの瞳孔が一気に収縮した。九龍拉棺(きゅうりゅうらかん)が軌道から逸脱し、ゆっくりと沈降を始めようとしていたのだ。
泰山(たいざん)は、威風堂々として重厚沈着、気宇壮大で、五岳の筆頭に数えられ、「天下第一の山」と称される。
古来より泰山は神聖な象徴であり、古代中原地域の最も東の端に位置し、黄河と汶河に囲まれ、太陽が昇り万物が育つ地と見なされていた。
山に泰山よりも大いなるものなく、史に泰山よりも古きものなし!
泰山は雄大壮阔で、その重厚な歴史的積層は上古の三皇五帝の時代にまで遡り、神霊に近づこうとする地であった。
「天は高くて及ぶべからず、泰山に立てば封禅(ほうぜん)の祭をなして、神霊に近づかんことを冀う(こいねがう)。」
六合を席巻した秦の始皇帝、雄才大略な漢武帝も、かつて泰山で世に類を見ない封禅の大典を斎行した。
そしてそれ以前、上古の時代にはさらに七十二人の帝王が泰山で封禅を行っていた。
先秦の古書『管子(かんし)・封禅篇(ほうぜんへん)』にはかつてこう記されている。
「昔、無懐氏(むかいし)泰山に封禅し、雲雲に禅(せん)す。伏羲(ふぎ)泰山に封禅し、雲雲に禅す。神農(しんのう)泰山に封禅し、雲雲に禅す。黄帝(こうてい)泰山に封禅し、雲雲に禅す。堯(ぎょう)泰山に封禅し、雲雲に禅す。禹(う)泰山に封禅……」
上古の時代、多くの聖皇と古帝が例外なくここを封禅の地に選んだため、泰山は重重たる霧に包まれ、限りない神秘的な気配を放っている。
春秋時代、孔子もかつて泰山を往復し、上古の封禅の礼の痕跡を熱心に探し求めたが、空しくも遺憾の念だけを残し、弟子たちに問われても答えることができなかったという。
後世の人々もいくつかの発見をした。
民国20年、馬鴻逵(ばこうかい)将軍が軍を率いて泰山のふもとに駐屯した際、偶然五色の土壇を発見。中に二套の玉冊(ぎょくさつ)があり、「石泥金縄(せきでいきんじょう)」で封印され、地下に埋蔵されていた。
先秦上古の時代、諸々の古皇たちがなぜ皆ここを封禅の地に選んだのか。今なおそれは謎であり、永遠に解き明かされない可能性すらある。
葉凡たちはホテルで一夜を明かした後、翌日、泰山登頂に臨んだ。
一行の中には、泰山を訪れるのが初めての者も多く、実際にこの地に足を踏み入れてこそ、その壮闊さと雄大さを実感することができる。
山体は三段階の階段状地質構造を成しており、天へと続く階段のようで、南に向かって山体全体が開かれ、10キロメートルに及ぶ「登天路」が壮大な山肌を貫き、頂上へと延びている。
遠くから望んでも、近くで見上げても、その大らかな気宇は人の心を高鳴らせた。
壮大な泰山の前では、奇妙な錯覚に陥る。自らが蝼蟻(ろうぎ)のように微々たるものに感じられ、空の日月星辰さえも些細なものに思えてくる。
これは心を震わせる、圧倒的な感覚だった。
ガイドが古代の封禅について語り出すと、さらに思いを馳せずにはいられず、人類は常に未知と神秘に憧れてきたのだと痛感した。
李小曼とケイドは肩を並べて歩き、彼女は絶えず彼に通訳と解説をしていた。このアメリカ青年は泰山にますます驚き、次々と質問を投げかけていた。
劉雲志は、皮肉めいた表情で葉凡を見てから、前方の二人に視線を向けた。しかし、彼のその明らかな態度は、葉凡に完全に無視され、何の反応も示さなかったため、彼は非常にがっかりした。
実は葉凡は彼の存在に気づいてさえおらず、自然体で平静だった。
葉凡是すでに『黄帝内経』を読み終えていた。上古の聖君たちが皆ここに集ったことを考え、彼は突然荒唐無稽な連想をした。もしかして、本当に消え去った上古文明が存在したのだろうか? もしそうなら、その時代の泰山は間違いなく聖地に違いない。
しかしすぐに首を振った。最近暇を持て余しているせいだと、このような荒谬な連想をしてしまうのだと。
泰山の古松は青々と茂り、多くは流泉と飛瀑がある。荘厳雄大さの中に秀麗さを兼ね備え、缥渺(びょうみょう)とした雲霧が加わることで、自然と幾分かの神秘と深遠さが増した。
一路登りながら、道中には数え切れない名勝古跡、摩崖碑碣(まがいひこう)があり、皆が感嘆の声を上げずにはいられない。
地に祭る所から始まり、帝王の行宮である岱廟(たいびょう)を経て、天に封ずる玉皇頂(ぎょくこうちょう)に至る。この10キロメートルに及ぶ「地府……人間……天国」という一本の軸線を成す。
夕暮れ時、皆はついに泰山の頂点――玉皇頂に登り詰めた。足元の諸山を俯瞰し、遥かに黄河を望む。その時になって、孔子の「泰山に登って天下を小さく見る」の真意を深く理解した。
「会当(えとう)に凌(しの)ぶ絶頂(ぜっちょう)に、一挙に覧(らん)ぜん衆山(しゅうざん)小(ちい)さなるを!」
詩聖もまた、この千古の絶唱を残した。
今、夕日は西に傾き、雲峰の上には皆、金燦燦(きんさんさん)とした光の縁取りが施され、奇珍異宝のような輝きを放っていた。
このような絶景に、思わず見とれずにはいられなかった。
empty
昨日と比べて、今日は葉凡たちの席は非常に賑やかだった。次々とグラスを掲げ、他のテーブルからも次々と乾杯に来る者たち。葉凡ももちろん断りきれるはずもなく、次々と杯を交わした。特に王子文たちの席から来た連中とは、一人残らず一献した。
劉雲志はとても冷静だった。昨日はあんなに気まずい思いをしたというのに、今日は心に波紋一つ立てず、何事もなかったかのような顔をしている。
「皆さん、実は昨夜、海外から一本の電話を受けたんだが……」
話しているのは周毅。とても気品のある青年で、家柄が深いと噂されている。昨日、王子文が海上明月城の外でわざわざ出迎えていたのも彼だった。
皆が動きを止め、周毅に視線を向けた。学生時代も今も、彼はいつも気さくで、誰に対しても高圧的な態度を取ったことはない。
周毅が告げたのは、海外に留学していた三人の同級生が帰国するという知らせだった。場は一気に活気づき、熱い議論が交わされた。
……
「卒業して、私たちは皆、天涯の果て。それぞれ異なる人生を歩んでいる。こうして再び集まることは本当に難しい。次に会う時には、もう皆、親となり、父となり、母になっているかもしれない。それまでにどれほどの年月が流れるだろうか。海外にいる三人の同級生が帰ってくる。一つ提案がある。今回の同窓会を、もう少し延長してはどうだろうか……」
……
葉凡は自宅へと車を走らせ、淡い緑茶を一服淹れた。窓の外の梧桐の木を静かに眺めながら、彼は昔のことを思い出していた。
すれ違ってしまった人、去っていった足音、ますます遠ざかっていった道。それらはまるで目の前の梧桐の葉が静かに舞い落ちるように。
李小曼(り しょうまん)。この名前は、すでに長い間、葉凡の記憶から薄れかけていた。
大学卒業と同時に、彼女は大洋の彼方へ留学。最初の数か月は連絡も頻繁だったが、時間の経過と共に、メールや電話のやり取りは次第に減り、最終的には完全に途絶えてしまった。
海を隔てて互いを想う、ではなく、海を隔てて互いを忘れる。友人たちからもあまり好まれていなかったある種の恋愛は、予想通りの結末を迎えたのだった。
今日、周毅の口から李小曼が帰国するという知らせを聞いた時、葉凡はその名前にさえ、むしろ少しの違和感を覚えたほどだ。改めて振り返れば、もう2年以上も経っていた。
……
同窓会の日程は延長され、泰山観光が追加された。費用はすべて王子文や周毅らが負担するという。一般の人間にとっては決して安い出費ではないが、彼らにとっては些細なことだ。
3日後、葉凡は泰山のふもとで、再びあの見慣れた姿を目にする。
3年が経っても、李小曼は依然としてしなやかで凛としており、大きな変化はなかった。
身長は170センチほど。サングラスをかけ、烏髪が風に靡き、その場に佇む姿は清楚で美しい。服装はとてもシンプルでラフかつ涼しげで、下は膝上ショートパンツ、白くしなやかな美脚が印象的だ。上はカジュアルなTシャツで、そこに描かれたキャラクターがアクセントになっている。
李小曼は間違いなく美しい。雪のように白く細やかな肌。大きな瞳に長い睫毛。とても生き生きとした表情で、派手さはないが自信に満ちあふれている。
周囲の同級生たちと余裕のある態度で会話し、明らかに中心人物になっていたが、同時に親しみやすさも感じさせた。
彼女の隣には、背の高い青年がいた。紹介によれば彼女のアメリカ人同級生だという。東洋人の顔立ちの丸みを帯びた穏やかさとは対照的に、彼は典型的な西洋人顔で、立体感があり、高い鼻梁、少し窪んだ碧い瞳。金髪は少しウェーブがかかり、西洋人の美意識からすれば、非常に整った顔立ちの英傑だ。
「こんにちは、私はケイド。泰山は……ずっと憧れていた。やっと……見ることができる。」
名前がケイドのこのアメリカ青年は、言葉遣いはまだ滑らかではないが、意思疎通に支障はないほどには話せた。
一方、先頭を歩く他の二人の帰国留学生も、すでに熱心に囲まれ、大洋を隔てた向こう側での生活や学業について尋ねられていた。
3年ぶりに再会した李小曼に、葉凡は空間が入れ替わり、時の流れを感じずにはいられなかった。
二人とも心に波紋は立たず、礼儀正しい挨拶を交わすだけ。久別の喜びもなく、ただ水のように淡白で、ある種の雲泥の差さえ感じるほどだった。
それ以上の言葉はなく、そっとすれ違う。ある種の事柄は言葉にする必要はなく、無言こそが結果だった。

き
語呂が良いから
My Sweet Darlin'

✨🪷れん🦉れん🪷✨
怒ってもいい、でもそのまま伝えない。
嫌ってもいい、でも悪口を言う必要はない。
許せなくてもいい、でも相手を先に攻撃しない。
品格とは「言わない3つの口(品)」。
という言葉を聞いたことがある。
この言葉はストッパーとして機能しそうだ。
人付き合いでの不必要な余計な摩擦が減るだろうと思う。
自分のためにも、相手のためにも、敬意を表することを炭治郎は自然にできている主人公だ。
人間の脳は不快と快しか感じないらしい
ネガティブとポジティブだ
でも心は感受性や感性があればあるほどとても微細だし感情のグラデーションやコントラストやその輪郭が解像度が高ければ高いほど、明確に、クリアにリアル感を持って目の前に現れてくるし、自分の認識として、認識されれば、他者にも見える形で表現できるならば、自然と調整されていくものだと思う。
また、ある教えでは、
怒りは散財の種まきとも言われている
金持ち喧嘩せずという言葉もあるくらいだ。
けどそんなの関係ない。純度や質の高い怒りは火山活動みたいだしかっこいい。ある種の魅力がある。
火山みたいに溶岩や火山灰が溢れたらそりゃ被害が出てしまうが鬼滅の刃の煉獄さんのような炭治郎のような怒りの解放はみていても清々しく思う。
そして鬼滅の刃でもわかるけど
加害者は元被害者だ。
鬼達は皆んな元被害者である。
その鬼達の元被害者の部分が癒えるから
鬼は最後にトラウマが癒えて、強い思いこみが剥がれて消えていく事ができる。
そしてある人によれば、人は悪口を言う時、自分が一番言われたくない言葉を無意識に口にするそうだ。なので、悪口を言う人は「これだけは言われたくない」と自分がものすごく氣にしているコンプレックスや隠したいことや弱点を暴露していることになる。悪口は、弱さの自己紹介である。という言葉もまた秀一だと思う。
鬼滅の刃の柱達をみたらわかるが、そんな主要キャラクターに愚痴や人の悪口を言う人は誰一人居ない。モブとかチンピラとかならまだ言いそうだしわかるけど、主人公や柱であるメンター役は備えている資質が明確にある。人の心や命を守ることを常に考えている人達の思考回路はその言動や姿勢に現れているととても思うしキャラクターの精神性の質や品格に明確な差別化や線引きが存在しているのが良くみて取れる。
世界一大事な自分に敬意を表する姿勢は基本的に備えておくとして、相手のしあわせや成功を心から一緒に喜べる感性も、しあわせの感受性の高い証拠だと思う。人のしあわせを自分ごとのように一緒に喜べる感性がある人付き合いが一番コミュニティとしては所属したくなるしぼくは心からそんな組織やコミュニティが好きだ。炭治郎ならそれが自然と湧き出る感性がある。炭治郎のまわりは余計な摩擦はないし、お互いに良きコミュニケーションとなる基本が炭治郎の周りやコミュニケーションにはあると思う。人のしあわせを自分ごとのように喜べる感受性が炭治郎にはある。炭治郎の心や魂やキャラクター性にはそれがある。だから人は自然と惹かれるしひかるものがあるんだと思う。
だとしてもそんな炭治郎だって鬼達には怒る。
けど最終的には、加害者の元被害者の部分を深く見つめているそんな優しさのある主人公だ。
ヒット作を時代順に簡単に分析するなら
ドラゴンボールでは個人戦が主であり、個の強さが光る。リアルで言うなら個人事業主やフリーランス、個の能力を高めていく世代とも言える。
ワンピースは個の強さはもちろん所属する仲間達の絆がドラゴンボールよりもさらに光っている。チームや組織の役割の話も深く理解できるし、リーダーシップの品格やメンターや仲間という概念の雛形にすらなっているだろう。
鬼滅の刃はそのどちらの要素もあり、更に柱というメンターの揺るぎない要素や、そしてただ敵と闘うのではなくて、鬼側の加害者の元被害者の心理描写にもメスを入れている所に違いがある。
その時代のヒット作を分析することでそれをみて育った世代の分析も少なからずできるはずだし、時代を読み解けるエッセンスが豊富に内在されていると思う。
カウンセラーが鬼滅の刃に注目するのも頷ける。
鬼滅の刃が流行るのは世代的にも時代が大カウンセラー時代だからだと思う。
子どもたちならぬ大人たちまでのいじめ問題に終止符を打てるのはテープ式心理学的な理解の浸透に他ならない。
つまりは、人をいじめる人の内部に無価値感があり、人をいじめることにより、立場が上だとはっきりさせたい願望がある。その裏には、即席の優越感がありいじめをすると無価値感を感じずに済むから、いじめることで人を自分の下に置きたがり、有価値を感じたいといういじめられる側に依存している状態でもあるということだ。
被害者のトラウマはもちろんのこと。加害者の元被害者の部分を常に見つめていないと炭治郎のような心の持ち主や器、瞳の中の鏡、テープ式で言うならゴールを達成したカウンセラーみたいにはなれないんだろう。
炭治郎のようにあんなにも澄み渡る心の持ち主がやはり素質としては一番別格で群を抜いていると分析できるし、それは遡るとドラゴンボールの悟空から始まっている。悟空は水晶のような心の持ち主だ。ルフィもそうだ。ゴム人間だし基本的にすくすく、のびのび育っている。ドラえもんののび太ものびのび育っている笑。炭治郎はしっかり者だが、心の資質は悟空やルフィと同じだ。
人は評価や正解や価値判断や比較や否定や批判が一切なく、すくすく、のびのび育つことのできる心の在り方や環境が必要なんだとヒット作の主人公達をみてわかる。
やはり主人公の素質は心の素地や器や質にあると思う。だからこそ惹かれるし憧れのロールモデルや人が觀るに値する作品としての価値があるとも言える。惹かれるということはその要素が自らにも見え隠れしていたり確かにあるからだ。歴史的にもヒット作の主人公は皆んなそうだと思う。ジブリとかもナルトとかもそうだ。悟空や炭治郎のような水晶のような鏡の役割を担って主人公達は存在している。
これはメンターやカウンセラーの資質とも言えそうだ。
ヒット作の主人公達を分析していると魂の存在意義を感じずにはいられない。
少し脱線して
存在意義の話が出たので、
【目的=役割=価値=存在意義】という方程式が成り立つという話をするならば、
例えば
コップの目的はなんだと思いますか?
飲み物を飲んだり、水分を摂取するため
だとしたら、
それはコップの役割でもあるし、
コップの価値でもあるし、
コップの存在意義でもある。
という話が成り立つ。という話なんですが、
もっと言えば、この方程式は
物や個人の存在意義や目的や役割や価値を超えて、
組織が担っている社会的な目的や社会的な役割も同じく、社会的な価値や社会的な存在意義と=になって密接に結びついて存在しているということです。
会社や団体やチームや家族もそう、そこに何かの役割が存在するなら、そこには目的も、価値も、存在意義も同時に存在しているということになる。
だから、テープ式心理学でいう所の、
あなたのしあわせになりたい、しあわせを感じれるようになりたい。ゴールを達成したい。ガムテープを剥がしてなりたい自分になるんだというコミットや明確な目的は、そのまんまあなたの役割だし、あなたの価値だし、あなたの存在意義にまでなっているということなんです。
目的がある所には
役割がある所には
価値がある所には
存在意義がある所には
それらは密接に関わっていて見えない所でそれぞれにそれぞれの意味が内在しながら連結感を持ってこの方程式は成り立って視覚化されているんです。
だから、価値のない人は存在しない。という結論が出る。
家族としてや会社などの組織に属する人として、
何かしらの役割を担い、目的がそこにあればあるほど
価値や存在意義は存在していることになる。
じいちゃん
ばあちゃんの役割
母親の役割
父親の役割
兄弟姉妹の役割
子どもの役割
それがあるならば、価値や存在意義や目的も存在しているんです。
時代的に今は核家族だし
機能不全家族には、その役割が不足しているし文字通り機能していない。
だからこそ、人生の目的を強く認識することで、ゴールまで行くこと。なりたい自分になること。
しあわせになること。そしてマインド樣をフルに発揮して夢を叶えていくこと。
で、自分の人生に役割や価値や存在意義は見出せるようになるのだと思う。
長くなりましたが、今日はそんな所です。
もちろん、【目的=役割=価値=存在意義】という方程式にも見つければ例外はあるはずですが、今はそんなことはどうでもよくて、生きていることに、しあわせになるんだという、ガムテープを剥がしてしあわせに生きるんだという強くて勇氣のある目的を見出せた時に、人は誰しも命を燃やす価値や役割や存在意義までも自分でも認識できるようになってくるんだと言う事がメッセージとして伝わればそれで良いんです。
今日はこの辺で。
おやすみなさい。
コメントやリアクションすごい嬉しいです。ありがとうございます。

紅蓮華
もっとみる 
