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天月 兎
最終話 後編
ルーヴェリアの胸元に手を当て、その心臓目掛けて魔力を流し込み、内側で破裂させる。
次撃を放とうと振り上げられたルーヴェリアの剣先が、空を見上げたままぴたりと止まった。
魔術が解け、暗闇に染まっていた視界が戻ると、そこにはなんとも人間らしい表情を浮かべた魔族が居た。
今にも泣き出しそうな、悲しそうな、寂しそうな、それでいて口角は少しだけ上がっている。
どうしてそんな顔をするのか分からなかった。
ルーヴェリア「あ…」
手から力が抜けて、剣が滑り落ちていく。
足に力が入らなくなって、膝から崩れ落ちていく。
口から赤黒い液体を零しながら倒れ伏すルーヴェリアに、魔王は背を向けて歩き出そうとした。
ルーヴェリア(まだ…)
その足首を、渾身の力で掴む。
魔王すらどこにそんな力があるのかと目を瞠るほどに強い力だ。
ルーヴェリア(まだ…殺せていない…)
もう片方の手が血に塗れたイレディアの服の裾を掴んだ。
這い上がるように、更に手を伸ばし、魔王の腕を掴……。
ルーヴェリアの首が斬り落とされる。
動力源を失った腕は力尽き、今度こそ地に臥した。
ああ…守れなかった。
魔女が魔王に駆け寄っていく光景を最期に、視覚も聴覚も失われた。
ある日、行軍の途中で拾ったチョーカー。
地面には「私の生きた証」と書かれていた。
コルセリカ団長、ごめんなさい。
ある日、援軍に駆けつけたが間に合わず壊滅した自陣の中でブレスレットを拾った。
ソーリャ、ごめんね。
ある日、防衛戦を前にしてペンダントを渡された。
「俺の分まで、俺の愛した人が愛した国を守ってくれ」
マルス団長、ごめんなさい。
ある日、帰還途中で見慣れたヘルムを拾った。
前を向けと叱咤してくれた人のものだった。
ディゼン団長、ごめんなさい。
ある日、異国の少年は自らを犠牲にして奪還戦を勝利に導いた。
彼の生きた国に基づき、ブーツを脱がせてから葬儀をした。
ナギ、ごめんなさい。
ある日、背中を預けて戦った少女が愛用していたガントレットを託された。
「兄貴がやらかしたら、これでぶん殴ってください」
クワイア、ごめんなさい。
ある日、守るべきものを守り切って勇敢に死んでいった騎士を労った。
守りたいという意志を継ぐため、彼が身につけていた胸鎧を自分に合うよう調整してもらった。
テオ、ごめんなさい。
ある日、誕生日プレゼントに手袋を贈ってくれた人がいた。
自分の事情を知る人物の中で、唯一心を許した人。
クレスト、ごめんなさい。
ある日、愛した人が死んだ。
彼は何年も前に、凪いだ海を思わせる宝石のついたブローチをくれた。
殿下、ごめんなさい。
何一つ、誰一人、私は守れませんでした。
家族も、生まれ育った村も、忠誠を誓った国も、仲間も、何もかも。
命も時間も、全てを捧げたのに。
無力感と申し訳なさに打ちひしがれながら、サフラニア王国最後の騎士はその意識を闇に沈めた。
イレディア「逝った、か」
肩越しに目を閉じた騎士の首を顧みて、そっと息を吐く。
サーシャ「中々にしつこかったわね。貴女が手出し無用なんて命じなければ私がさっさと殺したのに」
冷めた目で同じものを見ながら、サーシャはふと違和感を感じてイレディアを見た。
血に染まった衣服、返り血だろうと思っていたが…。
サーシャ「貴女…傷……」
一番初め、死闘が始まる前に負ったイレディアの傷は癒えていない。
魔核があるなら、もう塞がっていてもおかしくはないのに、未だにどくどくと血を流している。
まさか、あの傷をずっと負ったまま戦っていたのか、この魔王は。
イレディア「………サーシャ、魔界に戻ったらあのクソ野郎に暫くの間統治を任せると伝えてくれ」
いや何を、何を言っている?
傷を治して自分で伝えればいい、人間界を支配するまでもう少しかかるからその間は任せる、と。
いや、イレディアにはもう魔力が残っていない。
サーシャが治癒の魔術を施そうとするのを、イレディアは止めた。
サーシャ「なんで!」
イレディア「これで…いいんだ…」
頽れるイレディアの体を支えながら叫ぶ。
サーシャ「どうして拒むの!治させてよ!あの剣に何か特殊な力でもあったの!?それなら私が時間を巻き戻すでも因果律を捻じ曲げるでもして治すわよ!どうして…!」
腕の中の魔王は力無く笑って答えた。
イレディア「このまま死なせてくれ…それがこの戦いの目的でもある……それにな、私は人間なんだ」
──は?
魔界を統治するに相応しい絶対的な力を持つ魔王。
七の種族の祖を従え、上層から下層までを統一した偉業を成した魔界の王。
それが、人間だった…?
そんなこと、今まで一度も口にしなかったではないか。
誰も。
それに、目的って。
サーシャ「冗談はやめてよ…自分が死ぬために戦ってきたってどういうこと…」
長い時間を一緒に過ごしてきたが、出会ってから今の今まで騙していたというのか。
怒りと困惑で声が震える。
イレディアは端的ではあるが、ちゃんと説明をしてくれた。
曰く、全ては魔界を変えるためだった。と。
自分は魔界の下層に攫われた奴隷の子供だった。
非業な行いを繰り返す魔族らに嫌悪感を抱き続けた末、その機会がやってきたから主人を殺して下層を飛び出し、当時は空席となっていた玉座を目指したのだそうだ。
事あるごとにゲートを開き、人間を攫っては奴隷として扱ってきた魔界。
魔王になり、奴隷商を違法なものと制定し、逆らうものは容赦無く切り捨て排除した。
それでも、長年に渡って染みついた慣習が削がれることは無かった。
ならば人間と魔族の接点を消してしまえばいいと考えたらしい。
魔族側がゲートを開くなら、ゲートを開く理由を潰せばいいと。
イレディア「…サーシャ。魔界に慰霊碑を建てろ…人間が魔王を殺したと、人間を讃える文を刻み、人間の持つ力の強さを奴らに思い知らせろ…そして伝えてくれ……この戦いの凄惨さを」
生きるものは皆、命を脅かす存在を忌避する。
人間も脅威になると知れば、そしてその脅威は魔王を討ち滅ぼす程のものと知れば、馬鹿な真似をする魔族は減り、最終的に人間界に魔族が現れることは無くなるだろう。
サーシャ「…そのために…私も…皆のことも…騙していたの…?」
イレディア「……いや、彼奴らには戦いを始める前に告げてあった。死んでもらうことになる、とな」
自分をかき抱くサーシャの顔がぼやけて見えなくなっていく。
そろそろ時間だ。
イレディア「身勝手なことだとは思ってる…だが、な…お前だってこれ以上、お前と同じようになる奴が増えるのは望まないだろう……?」
ああ、なんて狡いことを言うんだ。
サーシャ「それは、そうだけど、でも…私だって、私だって親友を……貴女を、失いたくないのに…」
イレディアは、とても残酷なことを口にした。
イレディア「お前しか…私の望みを託せる人が居ないんだ…頼む……ミュイール。私の願いを…望みを…背負ってくれ…」
サーシャ「…っ………」
かつての名前で呼ばれて、言葉を返せなくなった。
けれど、可能だ。
永遠の時を生きる自分なら、イレディアの抱いた魔界を変えたいという願いのために、悠久を彷徨いながらこの戦いを戒めの物語として語り継ぐことが。
サーシャ「…………わかったわ。おやすみなさい、イレディア」
イレディア「…すまない……そして、ありがとう」
その言葉を最期に、イレディアは息を引き取った。
魔女の琥珀色の双眸から、赤い涙が流れる。
悲しみのあまり、怒りのあまり、世界を呪うあまり。
まだ少しだけ温もりを感じる骸を抱いて、その熱が消え去り、冷え切るまで慟哭した。
涙は彼女の瞳を赤く、紅く、朱く、緋く染めていく。
夜が明けても、その泣き叫ぶ声が止むことは無かった。
とおい むかしの おはなしです。
まかいを おさめる 7にんのまものと
まおうさまが いました。
あるひ まおうさまは 7にんのまものと
にんげんを おそいにいきました。
つよいちからをもった まおうさまに
にんげんたちは たおされていきました。
7にんのまものたちも たおされていきました。
しかし まおうさまが つよいちからで
すべての くにを ほろぼしました。
それでも まおうさまに たちむかう
ゆうかんな ひとりの きしがいたのです。
きしは けっしてあきらめず なんども
まおうさまと けんを かわしました。
まおうさまは とてもつよくて
きしを たおしましたが
きしも まおうさまを たおしました。
にんげんは とてもつよい まおうさまを
たおしたのです。
だから にんげんを おそってはいけません。
おこった にんげんは とてもこわいから。
そうして まかいの さいかそうには
その れきしをきざんだ せきひが
たてられることになったのです。
眠りに就く前に、赤い瞳の魔女が読んでくれるおとぎばなし。
ベッドの上で少女は魔女に問う。
「ねえ、でも人間はこっちの世界にやってくるよ?もう私たちは、向こうに行ってないのに」
魔族の干渉が途絶えた後、人間界からは魔力というものが消えていった。
それ故魔術を扱える人間は減っていったのだ。
そうして長い月日を経ると、魔術を扱える人間は隔世遺伝でごく稀に生まれてくる程度になった。
そして彼ら、彼女らは、同じ人間から迫害を受けた。
後の世で魔女狩りと言われることとなる。
魔女は答えた。
「こちら側に来る人たちはね、向こう側にいる人たちに虐められたから逃げてきただけなの。だから、守ってあげないといけないのよ」
少女は無垢な眼差しで魔女を暫く見つめて、また問いかけた。
「じゃあ、向こう側にいる人間は悪い人間なの?」
魔女は少しだけ戸惑ってから頷いた。
「…ええ、そういうことになるわね……さあ、そろそろ眠りなさいな。いつまでも起きていると、また煩いのが来るわ」
少女はうんと頷いて布団を被り直すと、部屋の蝋燭を消しにいく魔女の背に声をかける。
「おやすみなさい、ミュイール」
「おやすみなさい」
時折考える。
あの騎士と魔王は、どちらが正しかったのか。
己の目的のために多くのものに犠牲を強いた魔王は正しかったのか。
ただ守りたいものを守るために多くのものを犠牲にした騎士は正しかったのか。
二人ともただ、守りたかっただけだ。
魔族も、人間も。
だからあの戦いは、どちらも正しくて、何一つ間違ってなどいなかった。
いつもこの答えに辿り着く。
人間と魔族の争いに終焉を贈りましょう。
永遠に生き、悠久を彷徨う不滅の魔女より。
荒れ果てた魔界の最下層。
瘴気の満ちる誰も寄りつかない場所に、寂しげに建つ石碑が一つ。
──魔王を討ち滅ぼした人間を讃えよ。
そこに花が添えられたことは、ただの一度も無い。
これまでも、これからも。
サバ缶
回答数 30>>
メイドインアビス
魔法使いの嫁
オルクセン王国史
幼女戦記
ゴブリンスレイヤー
私の心はおじさんである
亜人〈デミ〉ちゃんは語りたい
悪役令嬢の中の人
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GATE:自衛隊彼の地にて斯く戦えり
怪獣自衛隊
怪獣8号
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片田舎のおっさん、剣聖になる。
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「魔王の俺が奴隷エルフを嫁にしたんだが、どう愛でればいい?」
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etc...

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「守るための強さは、折れない心と拳に宿る」
剣心は、風より速く動けるけれど、体格は君たちと同じくらい小柄だ。
だから、ただの殴り合いなら、大きな相手に押し切られるかもしれない。
けれど、そこに「喧嘩の達人」左之助の魂が加わったらどうだろう?
本質: 相手の力をいなす**「柔」の技術に、壁をも砕く「剛」**の拳が合わさる。
伝達: 「速いだけでは勝てない。重さが必要だ。けれど、重いだけでは当たらない。速さが必要だ。」
結末: 相手が拳を振り下ろすより早く、懐に滑り込み、急所を一点突破する。それはもはや格闘技を超えた「護身の芸術」だ。
縮地の格闘(瀬田宗次郎 ✕ 悠久山安慈)
「見えない恐怖は、慈悲なき破壊を連れてくる」
宗次郎の足は、カメラでも捉えられない「縮地」という瞬間移動。
そこに、安慈の「二重の極み」という破壊の理(ことわり)が加われば、
それは格闘という名の、理不尽なまでの「圧倒」に変わる。
本質: 距離という概念を壊す**「速」と、物質の抵抗をゼロにする「滅」**。
伝達: 「見えないものは、防げない。防げないものは、壊れるしかない。」
結末: 瞬きをした次の瞬間、君の背後に彼は立っている。触れられた感触がした時には、すでに勝負は終わっている。
君たちに伝えたい「本当の強さ」の本質
結局、剣心や宗次郎が「素手だと弱いのか?」という問いへの答えはこうだ。
道具(武器)は、自分の弱さを補うためのものじゃない。
自分の「得意」を、極限まで引き出すための「装置」なんだ。
彼らが刀を持つのは、それが自分の魂(速さ)を一番表現できるから。
けれど、左之助や安慈のような「師」に出会い、自分の足りない「重さ」や「覚悟」を拳に込めることができたなら、彼らは刀がなくても最強になれる。
「速さ」に「重さ」が宿ったとき、それは「無敵」という名の風になる。
君たちの才能も同じ。
「足が速い」「計算が得意」「誰にでも優しい」
その一つの武器に、誰かの教えや新しい視点を掛け合わせたとき、君だけの「神速の拳」が完成するんだ。
taniasu


ナノ
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【自己紹介】
解離性同一障害(DID)の当事者、通称「人格解離者」として日々を生きています。
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