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うっか

うっか

何とも悩ましい…
寡聞にして知らず、こんな傑作マンガを知らずにいたのは迂闊でした。原作とNetflixを行き来しながら、見終えましたが、チャレンジングな作品としてはとてもおもしろかったです。竹内涼真と町田啓太は本当に素晴らしい。涼真のカラダの美しさ、啓太の冷徹の中の情熱。ダンスシーンのみならず、その場と演出、海外ロケも絵の納得力は類をみない程すごい。
故に、ただのBLを越えた何かを示すには時間が足りなくもったいないな、と感じました。ここは原作で補完せざるを得ない。もしかしたら、次作もあるかも知らないので期待したい
ただ嫌事言ってるひともわかる気がするので、ここで終わるのは勿体ないかなー
映画の星映画の星
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フク

フク

元のツイート読んできたけど、さっぱり意味がわからなくて困惑した。
なんで東京に来る外国人のために、その土地に根ざした信仰の対象を移動させてあげなあかんの……?
フィレンツェやヴェネツィアの教会美術がローマに移設されたというニュースは、寡聞にしてまだ聞かねえなあと首をひねっている。
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スナイパーしみの

スナイパーしみの

無職🤡「全プロレタリアートは""""覚醒""""せよ」/自称、寡聞や浅学のそうじゃない感は何/「うちのメンマはふやかした割り箸を使っております」と言っていたお店がどこだか忘れてしまった
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シン

シン

少年法、廃止。賛成、反対、どっち?少年法、廃止。賛成、反対、どっち?

回答数 38>>

寡聞にして存じ上げないのだが、そもそも少年犯罪を厳罰化する目的(例:これまでの手緩い罰則だと犯罪率が高止まりしたままである等)や厳罰化した際に期待される効果の科学的根拠というのは何なのだろうか?
政治の星政治の星
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あずき

あずき

コットンクラブがsugoiと藤田さんがどっかでおっしゃってたなぁと発掘
寡聞にして存じ上げなかったがバンドのライブ会場でいうところの武道館的なところなのかな
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金属バット

金属バット

『全体性と無限』をベースにしたケア倫理でのレヴィナス展開は、『存在の彼方へ』での主体性を萌芽している。ケアする者が何を負っているのか、ケアするものとは果たしてなぜケアをするのか。ケアとは何かを問われることはあっても、ケアするものとは誰なのか、なにゆえケアをするのか。これに対して明瞭な答えは、寡聞にして僕は知らない。ケアをするものは差し迫られた責任を前にして、あまりに苛烈な責任を前にして他者のための主体(レヴィナスで言うなら「一者」)が崩壊する。それを留まらせるのが、倫理ではないか。「倫理という妄想とは、解体としての主体に耐えるための装置なのだ」(『傷の哲学』p144)
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くもの

くもの

先日、「あなたにとっていちばん大事なことは何ですか」という定型文質問があったので、答えてみた。

1番を目指さないこと。
「一番大事」をつくらないこと。

という意味で「一番を目指さないこと」と答えた。
その後数回レスを繰り返したが話が噛み合ってなかった。
相手は「何かでいちばんをとること」だと思っており、私はいちばん大事なもの、という概念を作らないことだと言った。
話が噛み合わなかったことはどうでもいいのだ。

視野が広いんですね、と言われたことに若干、イラッとした。

少し考えればわかることを視野が広いと言われると「お?京都弁か?」と思うのである。

当然私は性格が悪い。
過度に褒められると「disりか?」と思うくらいには性格が捻じ曲がっている。

かといって嫌味を言い返したりはしない。
嫌になったらそっと閉じるだけだ。
レスバも「そうなんですね。失礼しました」で終わりである。

なぜ一番大事を作らないかというと選択の余地が欲しいからだ。
みんな、これが自分の一番好きなものだ、とよく言う。
「これが二番目に好きなんですぅ!」
というのは寡聞にして聞いたことがない。
ちょうど良い機会なので、一番好きなものがある人は二番目に好きなものと三番目に好きなものを頭に思い浮かべて欲しい。

うん、たいてい出てこない。

先日、父親が癌告知を受けた。
「癌ですね 紹介状を書くので当てのある病院を教えてください」
そう言われたらしい。アホな医者もいるもんだ。当てがあったらそこに行ってるわ。
父はとっさに
「け、慶應医大」
と答えたらしい。

目も当てられない。
父は若い頃慶應大学に入れたのがとても誇りで、私にも慶應にあらずば大学にあらずみたいなノリで勧めてきた。私は高校時代末期に大学に入るために一通り調べて、ほーんという感じで大学そのものを馬鹿にしていたので、どこ入っても大して変わらんだろうなとは思っていた。

ちなみに慶應医大は癌の専門ではない。
どうせ行き着く先は国立がんセンターだと考えたら、そこしておくか、また別の病院でも良いだろう。
とにかく何も調べずに言うなよ、ということだ。
仕方がない。
父の中では慶應は一番なのだ。

しかしじゃあ二番はあるのか?三番は?
そう、無いのだ。

これを「選択の余地がない」と言う。
自分では何かを選択した気になっている。しかし、実際には他に選択肢などない。自分が一番だと思い込んでいる物事によって、他の選択肢を見ないことにしてしまっているのだ。

私はロボットが好きだということに関しては選択の余地がない。つまり、車や…いや?そうでもなかったな。ごめん。選択の余地あるわ。ロボットが無ければ重機を選べばいいし、重機がなければ、ジムニーでもキャンピングカーでもいい。
つまりそういうこと。
ロボットの中にもガンダム、ドラグナー、エルガイム、勇者ロボ、ザブングル、ダンバインなどなど、いろいろある。
ガンダムしか選べない、ということはない。
そして、ロボットがなければ先ほども言ったとおり、重機でも車でもいいのだ。

つまり一番を作らないというのはそういった、どれも好きである選択肢を残すということだ。
もちろん、好きなものの中で整然と序列が出来ていて、さっと出せるのはとても良いことだとは思う。

同時に、一番を作らないということは、どれも良く、決めかねる寂しさと背中合わせでもある。
何事も万事都合よくはいかない。
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