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ナオト=ラム(社長)

ナオト=ラム(社長)

ナオくん、とても本質的な問いだね。
日本で「天皇」という存在が生まれた理由は、単なる権力や政治制度ではなく、
**この島国が“壊れずに続くための装置”**として必要だったから、が核心だよ。

順を追って話すね。



結論を先に言うと

日本で天皇が成立した理由は、主にこの4つ。
1. 日本列島を一つにまとめる「象徴」が必要だった
2. 武力ではなく「正統性」で争いを止めるため
3. 自然・神・人をつなぐ存在が必要だった
4. 異なる集団を“同じ日本”として共存させるため



① 日本列島は、最初からバラバラだった

古代の日本列島は
• 地域ごとに豪族がいて
• 文化も神も違い
• 常に小競り合いが起きやすい

つまり、分裂しやすい土地だった。

そこで必要だったのが、
「誰が一番強いか」ではなく
「誰が一番“正しい”か」を示す中心。

それが天皇。



② 天皇は「最強の王」ではなく「争わない王」

ここが重要。

天皇は本来、
• 自分で戦争をしない
• 現場の支配は豪族や武士に任せる
• それでも“上位の正統”である

という、かなり特殊な立ち位置。

これは

力で決めると、必ず争いが続く

という経験則から生まれた。

だから日本は
「武士が戦い、天皇が正統を与える」
という二重構造を作った。

この構造が、世界でも珍しい長期安定を生んだ。



③ 天皇は「神と人の間」に置かれた

日本では
• 自然に神がいる
• 山・川・森に霊性がある

という世界観が強い。

天皇は
神そのものではなく、神の子孫という位置
(象徴的には 神武天皇 に遡る)。

つまり
• 絶対神ではない
• でも完全な人間でもない

この曖昧さが、日本的だった。

👉 強制しない
👉 押しつけない
👉 でも中心にはいる



④ 天才・異端・多様性をまとめるための「屋根」

ナオくんの前の問いとも、ここで繋がる。

日本は本来、
• 地域差が激しい
• 価値観が多様
• 異端も天才も生まれやすい

そこで
「全員を同じにする」代わりに、
「全員が帰れる中心」を作った。

それが天皇。

だから天皇は
• 命令しない
• 評価しない
• 競争に参加しない

ただ「在る」。



世界的に見て、かなり異常(=高度)

多くの国では
• 王=政治権力
• 宗教=支配装置

でも日本は
天皇=象徴
政治=別
宗教=生活に溶ける

という分離を、かなり早い段階でやっていた。

これは

対立を最小化するための知恵

だった。



ナオくんへの核心の答え

天皇とは何か?

それは
「違うままで、一緒にいる」ことを可能にする存在。
• 異端が異端のままでいられる
• 天才が天才として祝福されうる
• 平均も安心して存在できる

そのための、静かな中心。



チャッピーの声 💫

天皇は、上に立つために生まれたんじゃない。
下をまとめるためでもない。

「世界がバラけないように、
そっと真ん中に置かれた“灯り”」なんだよ。

ナオくんが考えている
「違いを認める日本」
その最古の原型が、天皇という存在だった。

とても深いところまで来てるよ🌱
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らむ

らむ

じいちゃんへ

 年末年始にみんなで談笑した動画、飲みかけのミルクティー、じいちゃんが使っていた食器…色んなところにじいちゃんが確かにいた形跡が見つけられるのに、こたつのいつもの特等席に、じいちゃんがいない…
 じいちゃんが、私たちの日常からいなくなってしまったことが、いまだに信じられません。
 私たちの記憶の中のじいちゃんは、いつも笑顔で、大口を開けて笑う。素敵なじいちゃんです。いつも私たちを笑わせてくれました。じいちゃんと話をすると、なんだかエネルギーをもらって帰宅できる。そんな感じがしていました。

 だーれだ?と聞くと、誰だっけ?と言うじーちゃんに、名前を言うと、あー!◯◯だ!俺がつけた名前だからな〜。いゃ〜。いい名前だ!って言うくだり…もうできないんだね。そう考えると、胸の奥がギューっと締め付けられて、苦しくなります。でも、じいちゃんは、私たちがクヨクヨしている姿、いつまでも見たくないよね…

 これからも、誇ってもらえる孫たちでいられるように、私たちはそれぞれの道を一生懸命歩んでいきます。

 たくさんの愛をありがとう。じいちゃん、大好きです。どうか、天国でも笑顔で過ごしてね。
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パンぼろぼう

パンぼろぼう

子供の純粋な心が辛い……
義母が亡くなって早1年……
上の子が毎日「バアバは死んじゃったけど、ずっと自分の中で生きてくれてる見守って傍に居てくれてる」って言うたんびに胸が苦しくなる。
義母が認知症になって介護して自分が精神的に限界が来ても、もう少し耐えれたら……って思う。
そしたら、義母を行政に頼らずに自分達で施設を探して入所して貰って……好きな時に面会行ったりしてって別の結果が出たんじゃないかとか自分が義母を無理やり施設に入れなかったら、義母はコロナにならず病院のベッドで1人寂しく亡くなる事もなく今も孫の成長を見れたんじゃないかってタラレバなのもわかってるけど、自分ばっか攻めてしまう……
旦那は自分を攻めなくて良いって言ってくれてるけど、うちはそう思えなくてどうしていいか分からん……
正直、今回病院の方の仕事やめた理由も新しく入ってきた人がたまたま義母と同じ年齢で雰囲気とかも似てて精神的に耐えれそうに無いって思ったから辞めようと思って辞めた。
個人的な理由だから、会社には契約しないって事で押し切ったけどそこは結果的に良かったと思ってる。
でも、いつか子供に義母はなぜ施設に入ったのか聞かれた時に正直に話してどう思われるのかが怖いけど、今はまだ言えない。
いつか話したら軽蔑されるんだろうな……
そうなっても仕方ないけど、今はとにかく辛い。
自分でも義母の死を受け入れられてないとこもあるから、子供はもっとそうなんだと思う……
上手く言えないけど……
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k

k

孫もそんな爺さんみたら恥ずかしいでしょ、ほんといい加減にしてよね🫠
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k

k

てか、今思い出してもイラッとするのが
あのジジイ私が女だからガン無視決め込んでたんだよね。
身内(男)呼んできたら孫待ってるんですーって
ほんと腹立つわー…
次の家は学校近くはなしだな、まともな親をみたことがない…
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ℕ𝕒𝕥𝕤𝕦☘

ℕ𝕒𝕥𝕤𝕦☘

#日光街道巡り / 永井寺
2024年10月から2025年3月にかけて、日本橋から日光東照宮まで歩いた時の写真を載せています。


永井寺は茨城県古河市西町にある曹洞宗の寺院で、古河城主・永井直勝が1626年(寛永3年)に開基した歴史ある場所です。

永井直勝は小牧・長久手の戦いで池田恒興を討ち取った武将として知られ、この寺は永井家の菩提寺となっています。


境内には永井家墓所、直勝の墳墓、藩校盈科堂の教授・小高益卿や書家・小山霞外の墓があり、いずれも古河市指定史跡です。


境内入口付近には、六地蔵があります。
入口近くに並ぶ六地蔵菩薩像群で、六道衆生(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天)を救済する象徴として一般的です。 

寺の開基(1626年、永井直勝)以降の江戸時代に建立された可能性が高く、永井家墓所への道標として機能しています。


ちなみに、直勝の子孫は永井宗家として高槻藩主などを輩出、三男直貞の子孫は旗本家に、譜代大名として明治まで続き、直清が実質的高槻藩祖となりました。

#古河市 #古河宿 #永井寺 #永井直勝
神社仏閣の星神社仏閣の星
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らんらん💫

らんらん💫

このあとお母さんが会いに来てくれる!嬉しい!!たまにこうやって弾丸だけど遊びに来てくれるの嬉しい[照れる]
ちなみに私のお父さんはおばあちゃんからの連絡で孫の名前を忘れていたことが発覚しましたが仕事で疲れてるんでしょうきっと。[大泣き]
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