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風景の星
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あなたの素敵な風景をお届けください📸‼︎
50代前後の星
4568人が搭乗中
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※学生は参加不可※惑星参加後フォロー、DM挨拶は不要。
※プロフィール、投稿が全くなく、判別つかない場合も参加不可。
※荒らし迷 惑行為等があった場合、主が対処します。
※途中から惑星参加を申請型にしたので、不審な方を見つけた場合は主に報告をお願いします。
🌍投稿、グルチャで挨拶をしてください。
🌍色んな方と楽しくコミュニケーションを取ってください。
アイコン等を無償提供の星
357人が搭乗中
参加
こんにちは!
見ていただきありがとうございます!
ここでは基本アイコン、フレーム、吹き出しを配布する時に使うために作りました!
必ずこのルールは守っていただくようお願い致します。
︰配布以外の投稿には使わない
︰配布のみになりますので交換では使わないでください
⚠この星は配布用の星になりますので貰う為に来てる方は申し訳ないですが、この惑星から抜けてもらいます。
︰配布の際に揉め事が起きないようしっかりと管理をお願いします
⚠揉め事があった時は自己責任でお願い致します⚠
ゆあ!とぽ前らァの星
280人が搭乗中
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ぽ前らァァァ〜🩷ぷゆん
ついにゆあ!ちゃんの惑星ができたでちぃ‼️
ルームの共有、投稿、お知らせ、ボイスなどなど
ゆあちゃんもこの惑星いッぱい動かしちゃうんだから❤️
もちろんぽ前らァの
🩷ファンアート
🩷応援投稿、ルームの感想
🩷ゆあ!のルーム中のお気に入りシーン
などなど、大歓迎〜❤️
Twitterの如くつぶやいちャいなぁ‼️
もちろんぽ前らァ同士の交流も可♡
ほんまにええこやなぁ❤️
夕焼け風景好き星
176人が搭乗中
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朝焼けもキレイですけど、夕焼けの風景ってどこかノスタルジックで素敵ですね☺️
いろいろな夕焼けの風景を見てみたいです😊
夜景の星
160人が搭乗中
参加
素敵な夜景をみんなでシェアしよう
無償提供の星
155人が搭乗中
参加
アイテムの無償提供の惑星です。
アイコン、吹き出し、フレーム、ギフトなどのアイテムを必要な人に相互交換や配布する星です
そんなかたっくるしいものではないのでゆる〜くやっていきましょう☺️
少人数なので気まぐれに永久出す…かも?
ルール
・礼儀正しく、お互いにプレゼント交換精神で
→貰えるのは当たり前じゃないです!!
・譲る詐欺は絶対にしない(発見次第問答無用で追放します)
・貰うアカウントは1つに絞る(サブ垢動員❌️)
あまり活動のないアカウントは惑星から追い出させていただく可能性があります。あんまりそんなことしないけどね。
質問に答えるだけでもいいので投稿してくれると嬉しいです🙇🏻
工場夜景の星
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工場の煌びやかな姿をみんなで共有して、全国のお勧めスポットや魅力を紹介していきましょう✨️🏭✨️
勿論鑑賞だけの方も搭乗OKですよ✨️
鉄塔風景を愛でる星
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鉄塔のある風景を愛でる惑星です
色々な鉄塔のある風景を楽しみましょう(*ˊᗜˋ*)♡
夜景大好きな人の星
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きよまろ
#団地 #情景 #エモーショナル


きよまろ
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月雲🧂
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きよまろ
#イマソラ #ウォーキング #情景 #植物サーフィン







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山本や
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ヒイラギ コヨミ
自分のためより人に見せる前提で描いた方が上手くなるって好きな絵師さんが言ってたし!

りら
今年は親族の死に何度か触れて“人生とは何だろう”と改めて考えるきっかけになり、育児がほんの少し手を離れたことで自身を振り返る時間を持つことができました。
少し話が逸れますが、人生とは?の問いを初めて抱いたのが6歳頃の曽祖母の葬儀が初めてでしたので、もう30年近く自分の中のテーマになっています。
このまま仕事以外に打ち込めることを失くしてしまわないかな、将来的に母の役割を全うした後に何が残るのかな、私という“個”だけになった時、何が残るのかな。
私って何が好きだったんだっけ。
物理的に満たされていてもそれは一時的で、年齢や環境変化でいつまでも同じではいられない。精神的な充足感が欲しい、できれば長く続くことが良いーー私にはやはり表現し続ける道が良いなと思い至ったのです。
現実世界ではこれからもデザイナーという視覚情報を整備することを生業としていきますが、趣味くらいはそこから離れ、視覚に頼らない「言葉」という感性を使いたい。
読み手ごとに想像する情景も解釈も異なる。それが文字を触媒にする面白さだと思います。
年々、目を閉じた時に自分だけの世界が広がる小説の方が、心地良いと感じるようになってきました。(勿論、漫画も読むしアニメも観ますが。)
私の散文詩は説明し切らないまま世に出す分、誤読の恐れもありますが、それはそれで受け手の感性と私の言葉がそう紐付いてしまったということで、その人との化学反応の結果なのでしょうね。
いつまで続けられるか分かりませんが、来年も書きたい時に書きたいものを書いていきます。
数多の賞賛は要らない。
誰かの夜に、偶然引っかかったとして。
深く刺さって抜き取れない存在であれますように。
#年末のご挨拶

なぎさ

マサヤス 龍之介
#読書の星
☆『年末の一日 / 芥川龍之介』
新潮文庫刊 『戯作三昧 一塊の土』
1976年(昭和51年)8月10日 13刷より
この本は昭和51年の発行である。奥付にそうあるので、私が小4か小5の時に駅前の書店で購入したものだろう。定価は¥180 いい時代だった。
このくらいの価格なら小学生でも容易に手に入れられる。今なら¥500 は下るまい。しかし、今どきの小学生も携帯電話なんぞ持ち歩いているので或いは、青空文庫で読書を済ませるのだろうか。だとすれば味も塩っ気もない話だ。青空文庫は便利には違いないが、ただ字を追うのみである。挿絵も無ければ表紙も無味乾燥。物としてのバリエーションに欠ける。従って想像力の欠如、イマジネーションが培われない。……年寄の戯言だ。
読書子には或いは、この装丁が懐かしい、と思われる方もおられるだろう。今の新潮文庫は完全に違う装丁になっているし、値段だって跳ね上がっていることだろう。
久しぶりに我が敬愛せる芥川龍之介の作品を紹介する。以前芥川龍之介の作品だけを紹介する戯文を連載したことがあるが、この愛すべき小品は抜けていた。
この小品は1926年(大正15年)一月号の『新潮』に初めて発表された。小説というより随筆に近い。今日の様な大晦日にうってつけだ。今から丁度100年前の芥川の年末の一日に起こった小事が書かれている。
『僕』は雑木の生えた、寂しい崖の上を歩いて行った。崖の下はすぐに沼になっていた。その又沼の岸寄りに水鳥が二羽泳いでいた。どちらも薄い苔の生えた石の色に近い水鳥だった。『僕』は格別その水鳥に珍しい感じは持たなかった。が、余り翼が鮮やかに見えるのは不気味だった……そんな夢から起きた『僕』だった。それは、がたがたと云う音が響いていたからであり、その音が年末の大掃除で、妻や伯母のフキが座敷の縁側でせっせと硝子戸を磨いている音だと分かったのは、後架へ小便をしに行った帰りしなにその大掃除の光景を見たからだ。伯母からは「お前、もう十二時ですよ」と言われたが、『僕』は三つの雑誌社から新年号の小説の依頼をけ受けて最後の仕事が終わったのは夜明け前のことだった。芥川の精神疾患については統合失調症であるが、現代ではそういった精神疾患についても普遍化していて、一般的にも可也認知度は広まってきているが、大正末期のこの頃に江戸時代に生まれた芥川の伯母フキにそこは理解してやらないと…と云うのは酷な事なのかもしれない。が、仕事に追われる芥川は田端の自宅では煩い伯母やまだ幼かった3人の子供達がいる以上、静かに小説など書ける環境ではなくこの頃の芥川の夥しい写真は大抵今で云うシティホテルのソファで寛ぐ姿が多いのはそのせいである。芥川はこの文章の中でこう書いている。「朝飯兼昼飯をすませた後、僕は書斎の置き炬燵(こたつ)へはいり、二三種の新聞を読みはじめた。新聞の記事は諸会社のボオナスや羽子板の売れ行きで持ち切っていた。けれども僕の心もちは少しも陽気にはならなかった。僕は仕事をすませる度に妙に弱るのを常としていた。それは房後の疲労※のようにどうすることも出来ないものだった。……」この頃の芥川は統合失調症の諸症状に
頻繁に苛まされ斎藤茂吉のいる青山脳病院へ通院していたが、一向に改善されず悩んでいた。そして芥川が1927年の7月に服毒自殺をとげた最大の要因はこの精神疾患からくる自殺願望の果てによるもの、とされている。そういった背景を頭に入れて読まないとこの時代の芥川の文章は理解し難いと思う。
お昼頃めざめた芥川が朝飯兼昼飯をとった後の二時頃、K君が来訪する。と或る新聞記者でありK君は社用の次いでにちょいと寄った、と言った風だった。「どうです?お暇なら一緒に出掛けませんか」。切り出したのは芥川の方だった。「どこかお出になる先はおきまりになっているのですか?」「いいえ、どこでも好いんです」「お墓は今日は駄目でしょうか?」K君のお墓と言ったのは夏目先生のお墓だった。K君は半年前に芥川と約束した夏目漱石の墓に案内してもらう、という意味だと芥川はここで漸く気付いたのだった。年末にお墓参りをする……芥川自身にぴったりしないものを感じつつ、でも芥川は「じゃあ、お墓へ行きましょう」と安請合いしてしまう。この辺の芥川の気風のよさがいかにも都会人気質でよい。
夏目漱石のお墓は雑司ヶ谷霊園にある。芥川の自宅から一番近い本郷動坂の電停へK君と連れ立った。
「天気は寒いなりに晴れ上がっていた。狭苦しい動坂の往来もふだんよりは人あしが多いらしかった。門に立てる松や竹も田端青年団詰め所と言う板葺きの小屋の側に寄せかけてあった。僕はこういう町を見た時、幾分か僕の少年時代に抱いた師走の心もちのよみ返るのを感じた。」
こういう芥川の文章表現はタイトル通りの読者の期待感を一定量満たすものである。『年末の一日』と言う以上、そこに師走の町の様子が描かれ作者がどういう感慨を抱いたか、を明文化してくれて読者のカタルシスは満たされるからだ。
やがて、護国寺行き路面電車が到着し二人で由無しごとなどを話していた。電車が富士前を通り越した頃、突然電車の中ほどの電球がひとつ、偶然抜け落ちて床で粉々になるハプニングが起こった。「そこには顔も身なりも悪い二十四五の女が一人、片手に大きい包を持ち、片手に吊り革につかまっていた。電球は床へ落ちる途端に彼女の前髪をかすめたらしかった。彼女は妙な顔をしたなり、電車の中の人々を眺めまわした。それは人々の同情を、-ーー少なくとも人々の注意だけは惹こうとする顔に違いなかった。が、誰も言い合わせたように全然彼女には冷淡だった。僕はK君と話しながら、何か拍子抜けのした彼女の顔に可笑しさよりも寧ろはかなさを感じた。」
一見すると芥川のこの女性への眼差しは冷たいように感じるが、最後に女の儚さを感じ入る辺りは人一倍女性にやさしかった都会っ子芥川の面目躍如であろう。
芥川の短編の傑作と言われている『蜜柑』にも似た様な表現があった。横須賀線のボックスシートにたまたま乗り合わせた歳わも行かない少女に対し、散々蔑んだ表現で表した最後の最後で車窓から見送りに来た弟達に対して蜜柑を投げつけた瞬間を切り取り、その神々しいまでの表現で賞賛した。これは芥川固有の表現である。同時に芥川の女性観をよく表しているともいえる。
この後、芥川達は無事に雑司ヶ谷霊園に到着するのだが、案内役だった芥川はあろうことか、不覚にも漱石の墓への道をど忘れしており、小路を行きつ戻りつオロオロしてしまう。幾ら行っても一向に漱石の墓に辿り着かない。最後は施設清掃の女性に聞く有様であった。墓に着くと漱石ファンだというK君はわざわざ外套を脱ぎ、丁寧におじぎをしたが、芥川自身は今更恬然(てんぜん)とおじぎする気にはなれない、というのだ。漱石亡きあと9年が流れた。漱石は芥川文壇にデビューするきっかけを与えてくれた恩師であるはずだが、今の芥川にはそんな感慨に耽るほどの余裕は無かったのだ。これも精神疾患のせいだろう。
やがて、2人はもと来た電車で戻ったが芥川だけ富士前の電停で降りた。東洋文庫にいる石田幹之介に会い、再び動坂に着いた。往来は先程よりも一層混雑していた。「が、庚申堂を通り過ぎると
人通りもだんだん減りはじめた。僕は受け身になりきったまま、爪先ばかり見るように風立った路を歩いていった。すると墓地裏の八幡坂の下に箱車を引いた男が一人、梶棒に手を掛けて休んでいた。箱車はちょっと眺めたところ、肉屋の車に近いものだった。が、側へ寄って見ると、横に広いあと口に東京胞衣(えな)会社※2と書いたものだった。僕は後ろから声を掛けた後、ぐんぐんその車を押してやった。それは多少押してやるのに穢(きたな)い気もしたのに違いなかった。しかし力を出すだけでも助かる気もしたのに違いなかった。
北風は長い坂の上から時々まっ直ぐに吹き下ろして来た。墓地の樹木もその度にさあっと葉の落ちた梢を鳴らした。僕はこう言う薄暗がりの中に妙な興奮を感じながら、まるで僕自身と闘うように一心に箱車を押しつづけて行った。……」
この頃の芥川は、周辺の人々にしきりに自殺を仄めかしたりしていたという。それくらい彼の厭世観はふくれていて、最早それは自分でもおよそコントロール出来ないところまに達していたという。しかし、これを読む限りは、この最後の情景はなんと生気に満ちていることだろう。しかももう自殺願望に漲っていたとされるこの時期に。
これはその死の7ヶ月前に発表された。それでも生きようとしている芥川に私は目頭が熱くなるのを抑え切れなかった。
芥川研究の第一人者だった吉田精一がこの文庫本の解説を書いているが、吉田は、この作品は作者が苦心もし、愛着もあった作品であると書かれている。芥川は箱車のあと口に『東京胞衣会社』
の数文字を書くまで、いく度その一行を書きかえたか知れなかったということである。と解説している。
※ 男女の交合のあと の意味。
※2 出産のとき排泄される胎児を包んでいた膜や胎盤の処理をした会社。
本年も私の様々な雑文をご拝読くださって且ついいね👍をくださった方々に深く御礼を申し上げます。
どうぞ、良いお年をお迎えくださいm(_ _)m
そして、来年も引き続きご厚誼のほどを宜しくお願い申し上げます。
2025(令和7年)年12月31日



みなみ
これが「2人の女の間で揺れ動くコナン」だったらこんなにエモくないし、「漫画だから蘭がヒロインだけど、現実世界だったらコナンと灰原がくっつくほうが自然だよねー。」みたいな余地が原作には一切ないから恐ろしい。

あびぃ
敵か?

ぁぃま
手、繋いでいい?って聞く
もう繋いでるじゃん!ってなる
そんくらいが調子いい
でも好きじゃない人から手繋がれたら
なんですかこの手は…ってなるから
お互い好きなのは分かってるのが前提かも…

みなみ
大前提としてコナンは蘭ねーちゃんにメロメロで新×蘭は絶対に揺らがない。コナン目線で蘭がどれだけ可愛くて人生の中心にいる女なのかがしつこいくらい原作で描写されてる
コナンも㊚だから性欲はあるけど、性欲として他の女の裸に照れたり美人に見とれてしまうことと、「1人の女に惚れきってる」ことの書き分けがしっかりしていて作者の強い意志を感じる。
そういう絶対に揺らがない新蘭がある前提で、蘭が大好きだからこそコナンは蘭に秘密を打ち明けられない。
大好きな女に打ち明けられない秘密を灰原とは共有してる。人生を懸けた「黒ずくめの組織との確執」というデカい秘密も灰原とは共有していて、それゆえコ哀は特別で親密な関係になってる。
コナンの最大のトラウマ「灰原姉を助けられなかった」ことも重い関係性の1つになってるし、
更に灰原の人生を救うことまで約束した。
これがよくあるハーレムものみたいに、コナンが蘭と灰原の間で揺れ動く男だったらこんなに人を狂わせるカップリングにはならなかったと思う。
あと原作者が、蘭を「お飾りの正妻ヒロイン」として魅力ない女として描いてたり、
コナンが蘭のことを言うほど好きじゃなさそうな態度で付き合ってたとしたら、読んでるこっちも「もう灰原がヒロインでいいじゃん」としか思えなかったと思う。
コナンのブレなさを作者が意図的にしっかり描写してるのが恋愛漫画としてすごくいい
絶対的にブレない芯がコナンにあるからコ哀は絶対に恋愛カップリングとして発展しない。
だからこそ人気なんだなあ、コ哀
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しおり
はじめまして
23歳 既婚者です
私は、軽度知的障がい、発達障がい、自閉スペクトラム症、自律神経失調症、迷走神経反射、アトピー性皮膚炎、逆流性食道炎があります
よろしくお願いします
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Flea(フリー)
我が子達はもちろん、子供たちや若い人が仲良く楽しく希望を持って暮らして欲しいのでその為の礎になりたいし、自分自身が何よりそれを楽しんでいたい。決して聖人ではない。下戸です。割と軽率にいいねします。
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ダークマター
†="ーㄘ兯ᤊན
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あびぃ
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マサヤス 龍之介
愛用品:宮沢賢治のペン立て
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趣味 :アナログレコード鑑賞 主にErly Jazz シティポップ 昭和SPレコード
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