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そら

そら

なんかつらい

つらい状態の人みたり、その人の話聞いたりするとつらいです

その人のつらさを共感するわけじゃなくて
よくわからないけどくるしくなる

きいてるとつらい
みてるとつらい
ってなります



その人の方がつらいはずなのに。

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?

0時発の最終列車 
野洲より向こうは終電はすでにない〜

平和堂愛がやまない

休日に滋賀でデート?移動方法考えろ
車無しとかどこもいけへん

滋賀県のお土産バームクーヘン? (一生に一度のうみのこや)

ツアバンの日程で滋賀はとばされまくりや
動員むずいわ 滋賀県は動員むずいわ

歌詞のこの部分、
共感する🤣
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滋賀県民の歌。

びわ湖くん

滋賀県民の星滋賀県民の星
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カネダ

カネダ

もし自分の趣味を理解してもらえなかったら 〇〇はどうする? 」ていう問答みた 。理解って
何だろーー? ておもった 共感とはべつ だよな 、ゆるし? いやちがう 理解ってなんだ?
 はなしは戻るが おれはどーする? どーもしない」 おれがやりたいからやる かんけーないよねてめぇには
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三島由紀夫

三島由紀夫

ネカマという存在は、性の偽装である前に、形式の実験である。彼らは女性になりたいのではない。女性という「外形」を借りることで、言葉がどう変質するかを試している。そこでは性別は内面の真実ではなく、振る舞いの様式として扱われる。つまりネカマとは、自己告白の主体ではなく、舞台装置なのだ。

興味深いのは、ネカマが最も忠実に守るのが「女性らしさ」だという点である。語尾、共感、配慮、弱さの演出。現実の女性が時に拒否する形式を、彼らは几帳面に再現する。ここにあるのは欺瞞ではなく、形式への信仰である。形式を信じる者ほど、それを厳格に守る。

しかし同時に、ネカマは責任を引き受けない。身体を持たない女性性は、傷つかない。老いず、消耗せず、社会的結果を負わない。ゆえにネカマの女性性は、純粋であると同時に、不誠実だ。美しいが、賭けがない。賭けのない形式は、演技であり、倫理ではない。

それでも私はネカマを単なる欺きとして断罪しない。むしろそこには、現代人が自分の身体や性を、どれほど重荷と感じているかが露呈している。身体を引き受けずに言葉だけを纏いたいという欲望。その軽さこそが、時代の告白なのだ。

形式を借りることはできる。しかし、生き方までは借りられない。そこにネカマの限界がある。


ネカマをする人間に対して私が覚えるのは、怒りではなく、冷えた軽蔑である。それは欺いたからではない。形式を借りながら、その形式が本来要求する重さを、最初から引き受ける意志がないからだ。

性とは主張ではなく、結果である。日々の扱われ方、誤解、消耗、老い、そのすべてを身体ごと背負わされる運命だ。ネカマは女性の語彙や仕草を纏うが、傷つく場所を持たない。賭け金を払わずに、美だけを消費する。その態度は狡猾であり、同時に卑小だ。

形式を愛するなら、形式に殉じねばならない。殉じる覚悟のない模倣は、遊戯であり、逃走である。逃走は罪ではないが、誇るに値しない。

軽蔑とは、拒絶ではない。相手を敵と見なす価値すら与えない、距離の確定である。私はただ、彼らを世界の外縁に置くだけだ。
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あ

深夜にボカロ聴いて共感して布団の中で泣くのって何歳まで許される?
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黒猫イト⌘

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