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https://x.com/V92835072/status/1935173220908564654

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ハシオキ龍之介

ハシオキ龍之介

江戸--東京~浮世之夢噺  ♯ 1(新連載)

※この文章は西井一夫著 平嶋彰彦写真
 『昭和二十年東京地図』昭和61年八月十五日
  筑摩書房刊初版第一刷 を再構成しもので
  す。"現在"と表現されているものは西井一
夫が執筆当時のことである。

☆今戸、滅びていくものの狂歌
 今戸橋は、山谷堀をまたいで今戸から聖天町へ渡る橋で、吉原へ通う猪牙(ちょき)舟が行った山谷堀は今ではすっかり埋め立てられて、台東リバーサイドスポーツセンターと、昔の竹屋の渡しの碑が建っている、川端の小さな公園を隔てる川のない橋になってしまった。名作『末枯(うらがれ)』に連なっていく『今戸橋』を大正四年『中央公論』に発表した久保田万太郎に逢いにこの橋を渡った川口松太郎は、今戸八幡の地つづきに生まれた。
 万太郎の小説は、寄席芸人とそのパトロンである鈴むらさんを中心に描かれている。眼の見えないせん枝、三橘(さんきつ)、扇朝(せんちょう)、そうして「丁子」屋の旦那鈴むらさんの名は、芳町、柳橋、吉原で誰知らぬものがないほどだった。鈴むらさんは、落語家や講釈師を贔屓にし、また小よしという妓(をんな)も贔屓にした。小よしへの贔屓はやがて恋となったが、相場で失敗した鈴むらさんは、親兄弟の生活を一身で支えなければならない小よしに尽すことができなくなって、「悲しい成り行きから小よしを救ひだす力の自分になくなつたこと」を悔み、別れ話を持ち出すのだった。小よしが、前からしきりにつき纏っていた神田の「鉄物」問屋の世話になるようになり、鈴むらさんと切れた証拠(あかし)を立てるため眉を落とさなければならない、と聞いて鈴むらさんは三日間酒びたしになった。自棄(やけ)で、最後まで残っていた深川佐賀町の寮を売った金も一、二年で綺麗につかい果たした。

…咲き満ちてゐた花はあとなく散り尽した。燃えさかつてゐた火は灰燼(はひ)になつた。ーー十五六年の夢の覚めたとき、鈴むらさんは、浅草の今戸の八幡さまの地尻(ちじり)に、世の中からかくれて棲むある夫婦のさびしい晩年を見出した。…

 久保田万太郎は名残り香を描き出すことにおいてとりわけすぐれている。ここでは、紙を扱う丁子屋の鈴むらさんが没落し、鉄物問屋という二十世紀の主役、鉄を扱う者が我がもの顔をする、そういう時代の到来がさり気なく告げられている。滅びていくものへのイキな情(なさけ)が脈うっているのだ。
 せん枝は眼が悪くなり、大学て情(すげ)なく見離され、眼を失う。

…宵には雷が鳴つてゐた。
 十二時すぎて、せん枝がフト眼をさますと、雨の音が聞こえてゐた。「降り出したな」と思つた。
 今戸橋、慶養寺の練塀、八幡様の銀杏、ーー夏の名残の雨は二日降り続いた。…

 滅びゆく眼にかわって、音が出てくる。古馴染(なじみ)という関係が滅びて行く。しかし鈴むらさんもせん枝も…その境涯について何ら省みるところがない…のであって、…いつまでも往日(むかし)の気でゐるだらう…と言われるほどに、…往日の夢を見続ける…のだ。そのせん枝は…「さうだ、俺は眼がみえないのだつた」…と搔巻(かいまき)に顔を埋め、とめどなく熱い涙を流すのだし、鈴むらさんは、小よしがあすが知れない身体(からだ)になって、呼吸(いき)のあるうちに鈴むらさんに一目あいたいというのが最後の望みだと伝えられ、…すべては終わつた、エス(日本橋時代から主人とすべて運命をともにした殊勝な奴僕たる年をとった病身の犬)だけが自分に残つた。…と涙に濡れるのだった。生きることは、失うことでしかないのだ、というごとくに。
 今戸から橋を渡った小高い丘に待乳山(まっちやま)の聖天堂があって、山谷堀に沿って上手に聖天横町がある。ここは、あの高橋英樹扮する桃太郎侍が住んでいる浅草聖天裏お化け長屋があったこコトになっているところなのだが、嘉永元年(1848年)に葛飾北斎が九十三回目の転居で引っ越してきた遍照院境内の裏店があったところでもある。北斎は百歳百回の転居を目差していた画狂老人であるが、翌嘉永二年数えで九十歳の生涯をそこで終えた。
 北斎は、春朗、宗理(そうり)、可侯、不染居、辰政、画狂人、葛飾、載斗(たいと)、雷震、前北斎(さきのほくさい)、為一(いいち)、卍、画狂老人、土持仁三郎、三浦屋八右衛門、亀毛蛇足、天狗堂熱鉄、月癡(つきち)老人など果てしない改名につぐ改名をかさねた人で、やはり曲亭、雕窩(ちょうか)、玄同、蓑笠、著作堂、愚山人、信天翁(あほうどり)、狂斎等無数の名をもつ馬琴が「居を転ずると名を変ゆるとは、この男ほど屡々なる話」と覚書に記しているほど凄まじいものだったようだ。転居・改名というとどまることへの断乎たる拒絶は、北斎が小さな完成などをまるで望まず、すべては無数の星屑のごとき破片であり、体系をつくりあげることより解体をもくろみ、常に存在の更新を生きようとした自由人であったことを示している。
 
ひと魂でゆく気散じや夏の原

 浅草誓教寺の墓石の左側面に刻まれた辞世の狂歌である。
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