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好きって言ったら、返事くれる…?好きって言ったら、返事くれる…?
好意にもマグニチュードあると思うねん
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涙腺崩壊する、おすすめアニメ映画は?涙腺崩壊する、おすすめアニメ映画は?

回答数 37>>

東京マグニチュード8.0
凄い鬱
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またんぎ

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プロジェクト・セルポ:極秘人間交換計画(日本語訳)
……また、プロキシマ・ケンタウリと呼ばれる11等級の赤色矮星、はるかに暗い3番目の星も存在します。これは太陽に最も近い恒星であり、4.2光年離れています。これはアルファ・ケンタウリ・システムの他の2つの明るい恒星よりも、約0.2光年我々に近い位置にあります。]
第3のクラスの訪問者は、しし座(Leo)にあるG2型の星系からやって来ました。
[注:しし座(LEO)か、それともこじし座(LEO MINOR)か? しし座の場合:恒星までの距離は20〜25光年から77光年の範囲に及びます。特に注目すべきは、マグニチュード2.4と3.5の2つの黄金色のオレンジ色の巨星からなる輝かしい二重星、アルギエバ(ガンマ・レオニス)です。これらは約600年周期で互いの周りを回る正真正銘の連星です。
こじし座の場合:しし座とおおぐま座の間に挟まれており、最も明るい星は4.2等級のベータ・レオニス・ミノリスです。これは145光年離れた位置にある近接した二重星で、軌道周期は37年です。]
別のクラスの訪問者は、エリダヌス座イプシロン星(Epsilon Eridani)のG2型星系からやって来ました。
[エリダヌス座イプシロン星は、太陽に最も近い肉眼で見える恒星の一つです。10.5光年の距離にあり、明るさは3.7等級です。太陽よりもやや温度が低く暗いものの、それ以外の点では太陽と似ています。]
訪問者たちはコードによって分類されていました。それ自体が機密扱いであるそのコードは「地球外生命体(Extraterrestrial Entities:ETE)」というものでした。ETE-2は「イーブン(Ebens)」、グレイは「ETE-3」といった具合です。
「レッド・ブック(Red Book)」には9種類の訪問者が記載されています。我々は最近、訪問者の中には同じ人種ではあるものの「機械的生命体」である者がいることを突き止めました。彼らは自然な出生ではなく、研究所で作り出されたハイブリッド存在でした。
その生物たちはロボットに近いものでしたが、知性を持ち、意思決定を行うことができました。一部の人々が報告している「敵対的な」訪問者は、彼らのことかもしれません。
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今年の日本は″災害の季節″に突入…「南海トラフ巨大地震&首都直下地震」の危機は確実に迫っている
FRIDAYデジタル

昨年12月に起きた青森県沖を震源とするM7.5の地震の被害。同県東北町では地面が割れ道路が陥没。自動車が穴に落ちかけた
今年は震災の年の可能性
「’26年は、大規模な地震への注意がとくに必要です。日本はケタ違いの″激甚(げきじん)災害の季節″に突入しました」

地球科学が専門で京都大学名誉教授の鎌田浩毅氏が、こう警鐘(けいしょう)を鳴らす。

大地震と聞いて記憶に新しいのが、昨年12月8日に発生した青森県東方沖を震源とするマグニチュード(M)7.5の地震だろう。懸念されるのが誘発される大震災だ。北海道の千島海溝と東北沖の日本海溝では、たびたび最大M9以上の巨大地震が起きている。鎌田氏が続ける。

「『千島海溝・日本海溝巨大地震』が起きる前には、近隣でM7級の地震が発生しています。1963年の択捉(えとろふ)島沖地震(M8.5)でも直前にM7の地震が発生。昨年12月の青森県沖の地震も、前震の可能性があるんです。

過去の千島海溝・日本海溝地震では、同時に巨大津波が北海道から関東にかけて太平洋沿岸部の広範囲を襲っています。海岸の堆積物の調査などから、岩手県宮古市で最大29.7m、北海道えりも町や青森県八戸市でも26m超の津波が来ると予想されるんです(2枚目の画像)」(以下、コメントは鎌田氏)

さらに今年、注意が必要なのが30年以内の発生確率が70%程度とされる首都直下地震だという。昨年12月19日、政府の中央防災会議はM7級の首都直下地震が発生した場合の被害想定を公表した。最大で約1万8000人が死亡。災害関連死は4万人前後に達し、全壊・焼失は約40万棟、被害総額は約83兆円にのぼり、東京の機能はほぼ壊滅する……。

「首都圏の1都3県には、日本の総人口の3分の1が集中しています。東京都が’22年5月に発表したシナリオでは地震発生の3日後から備蓄物資が不足し、1ヵ月後から避難所に溢(あふ)れた人々が次々と心身の調子を崩す……。

’11年の東日本大震災では長期にわたりライフラインが止まりましたが、首都圏でも水も電気も食料もない絶望的生活が起こりうるんです」

南海トラフ巨大地震が起きる時期を特定!?
現在、最も深刻な被害が危惧されるのがM9級の南海トラフ巨大地震だ。震源域が「東海」「東南海」「南海」「日向灘(ひゅうがなだ)」の4連動の震災となり、死者は最大29万人以上におよぶ。政府は南海トラフ巨大地震の30年以内の発生確率を60〜90%以上(別の計算方法では20〜50%)としているが、鎌田氏によると、次に起きる時期はかなり特定できているという。

「南海トラフ巨大地震では、発生とともに地盤が持ち上がる『リバウンド隆起』が起きています。隆起量は江戸時代以来、高知県の室津港で測定されており、高ければ高いほど次の発生までの期間が長くなることがわかっている。

前々回(1854年)と前回(1946年)の高さから見積もると、発生時期が予測できます。つまり次に南海トラフ地震が起きるのは、2035年の前後5年といえるでしょう。

そして南海トラフ巨大地震が起きる40年ほど前からは、歴史的に内陸で直下型地震が頻発しています。近年では’95年に起きた阪神・淡路大震災、’16年の熊本地震、’18年の大阪府北部地震と続発。そのため内陸型の首都直下地震の発生リスクも、日に日に高まっているんです」

首都圏を襲うのは直下地震だけではない。政府の中央防災会議は、南海トラフ巨大地震による津波にも警鐘を鳴らす。

「関東各地や伊豆諸島も、10mを超える巨大津波に襲われます。都内に多数ある地下街が、たった15分ほどで水没する大きさです」

千島海溝・日本海溝巨大地震、首都直下地震、そして南海トラフ巨大地震……。日本は未曽有(みぞう)の震災に次々と襲われる″災害の季節″に突入したのだ。


千島・日本海溝巨大地震の想定震源域と津波の最大高さ予想

室津港で観測された南海トラフ巨大地震の隆起量と発生年予想

南海トラフ巨大地震で想定される関東と伊豆諸島の津波の最大高さ予想
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深夜に関東・中部で地震 M4.0 東京、神奈川、埼玉、千葉、静岡などで揺れ 震源は千葉県北西部 地震が及んだ地域人口2334万人
千葉日報社

 18日午前1時49分ごろ、千葉県北西部を震源とする地震があった。最大震度2、地震の規模を示すマグニチュード(M)は4.0と推定される。震源の深さは約70キロ。東金市、長南町、千葉市中央区などで震度1を観測した。この地震による津波の心配はない。

 地震が及んだ地域(震度1以上)の総人口は約2334.3万人。うち、地震による被害リスクが高いとされる65歳以上人口は23.5%の約549.2万人。

千葉県内の各地の震度は次の通り。

▼震度1
東金市、長南町、千葉市中央区、千葉市花見川区、千葉市稲毛区、千葉市若葉区、千葉市緑区、千葉市美浜区、市川市、船橋市、野田市、習志野市、柏市、市原市、八千代市、鎌ケ谷市、浦安市、白井市、木更津市、君津市、富津市

全国の各地の震度は次の通り。

▼震度2
□東京都
渋谷区、練馬区

▼震度1
□茨城県
土浦市、取手市、つくば市、坂東市、桜川市

□埼玉県
熊谷市、久喜市、さいたま市北区、さいたま市大宮区、さいたま市浦和区、さいたま市南区、川越市、川口市、春日部市、狭山市、草加市、朝霞市、新座市、八潮市、三郷市、宮代町

□東京都
千代田区、中央区、港区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、品川区、目黒区、大田区、世田谷区、中野区、杉並区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、足立区、葛飾区、江戸川区、八王子市、府中市、調布市、町田市、小平市、日野市、東村山市、国分寺市、狛江市、東大和市、多摩市、西東京市

□神奈川県
横浜市鶴見区、横浜市神奈川区、横浜市中区、横浜市保土ケ谷区、横浜市港北区、横浜市旭区、横浜市緑区、川崎市川崎区、川崎市中原区、川崎市高津区、川崎市多摩区、川崎市宮前区、横須賀市、大和市、相模原市緑区

□山梨県
富士河口湖町

□静岡県
東伊豆町

【地震が及んだ地域の全国人口】
2334万3324人(うち65歳以上 549万2276人、23.5%)

【地震が及んだ地域の都道府県別人口】
東京都:1186万6410人(うち65歳以上 261万9524人、22.1%)
千葉県:403万1524人(うち65歳以上 104万307人、25.8%)
神奈川県:365万4448人(うち65歳以上 86万695人、23.6%)
埼玉県:315万6513人(うち65歳以上 80万1183人、25.4%)
茨城県:59万6221人(うち65歳以上 15万8055人、26.5%)
山梨県:2万7115人(うち65歳以上 7295人、26.9%)
静岡県:1万1093人(うち65歳以上 5217人、47.0%)

※「地震が及んだ地域の人口」とは

 人間が揺れを感じる震度1以上を観測した市区町村の人口の合計値(どの程度の人数が地震を感じる可能性があったかを測るため、2025年1月時点の国統計に基づいて千葉日報社が集計)。また、地震による被害リスクが高いとされる65歳以上の人口も別途算出。日頃の防災意識の向上に役立ててもらうため、参考情報として紹介しています。
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⚜百合de藍晶🔷

⚜百合de藍晶🔷

震度1、震源地真下、10キロ、マグニチュード2.7

小さいけど、下からドンって一発、浮いたような突き上げられた様な感じで、震度4(最高の経験の震度)の時と同じくらい怖かった
しばらく心臓バクバクして手の震えが取れなかった
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震災がなければ…」死者6434人に含まれない「遠因死」 知られざる遺族の悲しみ 阪神・淡路大震災31年【報道特集】

31年前の1月17日に発生した、阪神・淡路大震災。死者6434人とされていますが、そこには含まれない「遠因死」と呼ばれる人たちがいます。震災に人生を翻弄された知られざる犠牲者と遺族の悲しみを取材しました。

【写真を見る】「震災がなければ…」死者6434人に含まれない「遠因死」 知られざる遺族の悲しみ 阪神・淡路大震災31年【報道特集】

「震災がなければ母はもっと生きられた」阪神大震災の死者数“なんで、6000何人って、毎回言うてるんや”
神戸市中央区に住む早川真さん(64)。

「震災がなければ、母はもっと生きられた」。そんな思いを抱き続けている。

早川真さん
「94年4月って書いているから、亡くなる1年前ですね。すごく明るくて、おおらかな人で、みんなから好かれるタイプの人でしたね」

厳しくも愛情深かった母・キヨ子さんは、孫たちとの時間を過ごすのを楽しみにしていた。

しかし、あの日、人生が暗転する。

31年前の1月17日。マグニチュード7.3、最大震度7の激震が神戸を襲った。戦後初の大都市直下型地震、阪神・淡路大震災だ。

キヨ子さんは無事だったが、自宅が半壊し、近くの避難所に身を寄せた。気丈に振るまっていたキヨ子さん。しかし、十分な暖房もない環境と、持病の高血圧の悪化が体をむしばんでいった。

早川真さん
「『寒いわ』と。寒いから、たくさん服や毛布とかを絡めて寝ていたのを覚えてますね」
「『薬がないねん、それが困ってんねん』という話でしたね。血圧の薬飲んでなくて、寒い所におって60過ぎていたら、それはもう病気になって倒れてくださいというような状況ですよね」

地震から約3か月後、キヨ子さんは脳出血で倒れた。さらに不運が重なる。医師の不足や、満床状態などを理由に、受け入れてくれる病院がなかなか見つからず、たらい回しとなったのだ。

ようやく受け入れてもらえた時には、すでに倒れてから3、4時間も経っていた。手術の甲斐もなく、キヨ子さんは3か月後に息を引き取った。

早川真さん
「地震って何だろうとか。“なんでうちの母親が死ななあかんねん”みたいなね。そんなことはずっと思ってて」
「“あの時、もう大阪連れていった方が良かったんじゃないか”“病院に診せた方がよかったんじゃないか”とか、“薬を僕がもらってきて渡していたら何とかならなかったか”とかね」
「僕自身の後悔かな。助けられた命だったんじゃないかと」

“過酷な避難環境が母の死を招いた”と考えた早川さんは、災害関連死への認定を神戸市に求めた。

災害関連死は、阪神・淡路大震災で初めて認められた。各自治体が因果関係があると判断すれば、公式の死者として扱われ、弔慰金が支給される。

この震災では900人あまりが認定された。しかし、早川さんの申請は却下。神戸市からは、理由も説明されなかった。

阪神・淡路大震災の死者数は6434人とされる。その中にキヨ子さんが含まれていないことに、早川さんは割り切れない思いをいまも抱いている。

早川真さん
「6434人が亡くなったのではなく、もっとたくさん人が震災で亡くなっているんですよね。“あの地震がなかったら、誰々は死なんかったのにな”というのは、当然みんな思っていると思います」
「だから、(6434人という)数字をニュース、報道でも繰り返し言うけど、“なんで6000何人って、毎回言うてるんや”と思う人が、何十人、何百人、何千人といるのではと思う」

「遠因死」として刻まれた318人の名前 「気持ちにも区切りがついた」
2000年に神戸市中心部の公園に設けられた追悼施設「慰霊と復興のモニュメント」。当初は、建物の倒壊などによる「直接死」と「災害関連死」の人々の名前のみが刻まれた。

しかし、2003年からは“震災の影響が少なからずあった”と遺族などが考える死を「遠因死」と定義づけ、銘板を掲げられるようになった。

モニュメントの運営を担う堀内正美さんは、そのきっかけについて、こう話す。

モニュメントの運営を担う 堀内正美さん
「震災死として認定されている方たちが、『お宅もですか』『うちはこうで…』とみんなが共感している時に、語れない方がいた。『いや、うちは病気をこじらせて…でも震災死ではないし…』と。でもどこか寂しそうな、そういう姿が各所で見られたので。でも僕たちにしてみれば一緒じゃない?だったらみんなが一緒になって、たった1枚のプレートを貼ることで、精神的に少しでも楽になるんだったらと」

母・キヨ子さんが災害関連死と認められなかった早川さんも、2007年にモニュメントに銘板を掲げた。

早川真さん
「(母が)震災で亡くなったと認められなかったのが、ある意味悔しい、悔しいというか、解せないというか、納得いかないというのがあったんですけど、名前を入れることで、自分の気持ちも区切りがついたかもしれない」
「僕が亡くなっても、名前は残るわけですからね。そこは良かったのかなと思う」

モニュメントには現在、318人が「遠因死」として名前を刻まれている。その中には、生後間もない赤ちゃんもいた。

生後45日でこの世を去った命、慣れない土地での老人ホーム 震災がもたらした遠因死
廣畑帆乃香ちゃん。不妊治療の末に授かった待望の赤ちゃんで、地震の6日前に産声を上げたが、心臓に病気を抱えていた。

地震で人工呼吸器が一時的に停止し、病状が悪化。生後わずか45日で、この世を去った。

廣畑帆乃香ちゃんの両親
「生前、保育器の中に手を入れて指を差し出すと、小さな手で優しく握り返してくれました。緊急車両に乗せてもらい、なきがらを抱いて自宅に帰りました。まだ温かかったのを覚えています」
「天国に召された我が子が短い間ではあっても、この世に存在していた証、生きていた証が欲しいと思いました」

粟田栄さんは、神戸市東灘区で被災。娘が命を落とした。80歳をすでに超え、パーキンソン病を患っていたが、近くに住む親族も被災し、関東の親族に引き取られた。慣れない土地で体はさらに弱り、最終的に横浜の老人ホームに入った。

孫 松岡京子さん
「本当にかわいそうだった」

孫 向山口美穂さん
「(自分も被災して)それどころじゃないというのを」

孫 松岡京子さん
「何も言えずにね」

姉 向山口美穂さん
「言い訳にしてたかな」

地震から9か月後、粟田さんは、慣れ親しんだ神戸に帰ることなく息を引き取った。

「祖母を神戸に帰したい」

孫姉妹は10年後、直接死の母の名前がすでにあるモニュメントに、「遠因死」として粟田さんの名前も刻んだ。

孫 向山口美穂さん
「“神戸に帰したい”。“おばあちゃんは神戸の人や”という、それだけですね」

孫 松岡京子さん
「お母さんと一緒にね、そばでね。入れてあげたかったよね」

遠因死は、法律で規定されているわけではない。

しかし、専門家は災害が残す深い爪痕を考える上で、遠因死という考え方が持つ意義は大きいと話す。

関西学院大学 人間福祉学部 池埜聡教授
「災害による被害者や被災者という概念は、固定されたものじゃないと思う。これからどんどん常に問い直されていくし、変わっていく」
「『遠因死』という、もう1つ外のサークルが広がることで、“個人の痛みを、社会の記憶として、私たち全体の記憶として一緒に引き継いでいこう”という。こういうメッセージがあると、すごく救われる」

「私が遠因死を招いた」母の自死に大きな後悔 悲劇を減らすため…経験を語る覚悟
阪神・淡路大震災の「遠因死」の中には、人生に自ら幕を引いた人が含まれている。

当時、国は災害関連死の対象に自死を含んでいなかった。そのため、震災の死者6434人に、自死した人は1人も入っていない。

神戸市東灘区で被災した山下准史さん(64)は当時、市内の小学校で教諭を務めていた。

地震で、自宅近くにあった実家が全壊。母の芙美子さんはなんとか脱出したものの、父の金宏さんが帰らぬ人となった。

山下准史さん
「(火葬場で)最後に棺を入れる時に、本当に自分もそのまま中に入っていこうとするんじゃないかというぐらい、泣きながら、叫びながら『お父さん!お父さん!』言いながら、棺にすがるようにしていた。『もうあかんよ』って言って止めましたね」
「『お父さんと一緒に逝きたかった』と、たまに口開くとそれしか言わなかったですね」

打ちひしがれる芙美子さんに、思わず強い言葉をかけてしまったことを山下さんはいまでも後悔している。

山下准史さん
「周りの人も気にして下さっているのに、『一緒に逝きたかった』みたいなことをずっと言うから、『そんなん言うな』と。『せっかく助かってんやから、もう言うな』と、つい言ってしまうぐらい」

――父の死の喪失感があった一方で、“母は生き残ってくれた”という思いはあった?
「強かったですね。遺体安置所にいる時間って、“自分らは生き残れたんやな…”というか、嬉しい気持ちでも何でもないけど、たくさんの遺体の中で過ごす時間が、“自分は(生き残れて)ラッキーだった”と感じる時間帯でもあったから、そこに一緒に母もいましたからね。当然同じ感覚かなという軽い気持ちもあった」
「『一緒に逝きたかった』というのを、もっと、もっと真面目に聞いとかないといけなかったなというのは、その後しばらくは私の中ではすごく大きな後悔になったので」

山下さんは神戸に残り、母・芙美子さんは大阪の親族の家に避難した。

しかし、地震から5か月が経った6月17日、芙美子さんは行方不明となる。翌日、山下さんは警察から、神戸で遺体が見つかったと告げられた。

芙美子さんは、大阪から神戸へ向かい、自ら命を絶っていた。

自責の念にかられた山下さんは教師として、学校で子どもたちにかける言葉にも苦悩するようになった。

山下准史さん
「簡単な言葉に直すと、『命を大切にせなあかんよね』みたいなことをやっぱり喋ってますよね。ところが、“そういうあんたは、大事な人の命を大切にしてなかった”と言われるかなというのがすごくあって、使わなくなりましたね。使えなくなりました。“私たちは震災で無事におれたんだから、命大切にしようね”みたいな言い方は、全くしなくなりましたね」

“このままでは自分が壊れる”と感じ、海外の日本人学校への教員派遣に応募。一度神戸を離れる決断をした。

派遣先のイランで長男が誕生し、喪失ばかりだった人生に光が差した。

帰国後、神戸の小学校に復帰し、震災について冷静に話せるようにはなったが、母・芙美子さんの最期が自死だったことだけはほとんど語ってこなかった。

それでも今、同じような悲劇を少しでも減らすために自らの経験を語る覚悟でいる。

山下准史さん
「自分に対して、逃げてきた部分があったので」
「“防げる遠因死を防ぐ”ことも含めた復旧・復興をみんなで考えていかないと、本当の意味で教訓が生きていかないのかなという気がしていて」
「私が遠因死を招いたと思っていますからね。そういうことは防いでいかないといけない、防いでいきたいな。防いでいっていただきたいなって」
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