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仏教の星は仏教をもっと身近に感じ、日々の暮らしの中で心を整えるヒントを見つけていただくためのコミュニティです。 ここでは、今の自分に寄り添う仏教の言葉や、日常に活かせる気づきを大切にしています。例えば、落ち込んだ時に背中を押してくれる言葉や、人間関係に悩んだ時に心を軽くしてくれる視点など。小さな一言が、人生を豊かに変えてくれるかもしれません。 悩みや迷いを抱えた方も、ただ穏やかな時間を過ごしたい方も、どなたでも気軽に立ち寄っていただけます。星のように静かに輝きながら皆さんの心を照らす学びの場となれることを願っています。

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虚空教の星へようこそ。 いや、おかえりと言った方が正しいか。 虚空教では森羅万象は虚空から生まれてくるとし、何かを失ってもマイナスになるのではなくゼロに近づくだけだという教えを説いている。 みなもTを掲げ、虚空教を信仰しては如何だろうか…。 ※ここ虚空教の星では宗教勧誘をしているわけではありません。にじさんじ所属剣持刀也を愛してやまない人達の集いです。(ʃꘜƪ↽ ⇁)

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アラブ人やイスラム教徒と友達になりたい人はいますか?...


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太郎

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「獅子吼無畏の説」というのはどっちにどう転んでも宇宙一杯、畏れるものは何もないということです。ただし同じ宇宙一杯のところへゆくのなら死んでからでは遅すぎる。生きているうちに行かねばならない。仏教という宗教は生きているうちに宇宙一杯のところに帰って活き活きと生きようというのが狙いです。生きているうちに宇宙一杯のところに帰らなければ人間の生き方として意味がない。生きている間に「おれが、おれが」という小さな俺の思いで行動せず、その思いを手放しにして宇宙一杯のところで行動しようというのが仏教徒として一番大事な根本精神です。
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たかすぃ~

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中道、仏教徒敵に回してやんの(ノ∀`)タハー
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汐恩

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こんなのだけど、一神教徒の端くれを自認しているから、時々思うんだよね
こんな辛い中で生かされているのは何故なのだろう、何の意味があって生かされてるんだろうってね。
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ニッサン

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少なくともイスラム教徒と中華系は日本にはいらんな。どっちも自己中なんが俺ら日本人とは合わない。
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臼井優

臼井優

三歳孩児雖道得 八十老翁行不得
さんさいのがいじもいいうといえども、はちじゅうのろうじんもおこないえず

『禅語に学ぶ 生き方。死に方。
(西村惠信著・2010.07 禅文化研究所刊)より

三歳の孩児も道いい得ると雖も、八十の老人も行ない得ず―(『伝灯録』四、鳥道林章)

たとえ三歳の子供でも、何が善いことか、何をしたらいけないかぐらい、よく知っている。
 にもかかわらず、八十歳にもなったという老人でもそれができないとは、何たることであろう。

唐の白楽天が鳥窠道林という禅僧に、「仏教とはどのような教えですか」と尋ねると、鳥窠和尚が、「どんなことであれ悪いことはしてはならない。できる限り善いことをしなければいけない。そうすればおのずから心は浄くなる。これが仏たちの教えだ」と答えられた。
 白楽天は「そんなことだったら、小さな子供でも知っていることでしょう」と詰なじると

「三歳の子供でも知っていることを、八十の老人でさえ行なうことが難しいのだ」と言われた。
綺麗な廊下に紙屑が落ちていたとしよう。どんな人でもそれを見れば、拾ってゴミ箱にいれようかという気持ちが起こるであろう。
 人間というものには生まれつき、仏のような素晴らしい心が具わっているからである。

ところがすぐ後から、「自分がしなくても、誰かがするだろう」という悪魔の声がして、せっかくの仏心が踏みにじられてしまうのである。

 だからわれわれはそういう悪心に負けないように、最初起こった気持ちのままに行動すればいいのだ。そう言われても、何となく気恥ずかしいまま通り過ごしてしまうのが、人情というものかも知れないが。

電車に乗って、ようやくの思いで空席を見つけ、ホッとして坐っていると、次の駅で老人が乗ってきて傍に立ったとする。代わってあげるべきだという気持ちは、どんな人にでも具わっている。
 だから立たないで居眠りの振りをするのは心苦しい。にもかかわらずすっと素直に立てないというのは、何という悲しい人間の性であろうか。

そういいながら実践不履行のままでは、自分が仏教徒であるということさえ憚られるのではないか。
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