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臼井優
さんさいのがいじもいいうといえども、はちじゅうのろうじんもおこないえず
『禅語に学ぶ 生き方。死に方。
(西村惠信著・2010.07 禅文化研究所刊)より
三歳の孩児も道いい得ると雖も、八十の老人も行ない得ず―(『伝灯録』四、鳥道林章)
たとえ三歳の子供でも、何が善いことか、何をしたらいけないかぐらい、よく知っている。
にもかかわらず、八十歳にもなったという老人でもそれができないとは、何たることであろう。
唐の白楽天が鳥窠道林という禅僧に、「仏教とはどのような教えですか」と尋ねると、鳥窠和尚が、「どんなことであれ悪いことはしてはならない。できる限り善いことをしなければいけない。そうすればおのずから心は浄くなる。これが仏たちの教えだ」と答えられた。
白楽天は「そんなことだったら、小さな子供でも知っていることでしょう」と詰なじると
「三歳の子供でも知っていることを、八十の老人でさえ行なうことが難しいのだ」と言われた。
綺麗な廊下に紙屑が落ちていたとしよう。どんな人でもそれを見れば、拾ってゴミ箱にいれようかという気持ちが起こるであろう。
人間というものには生まれつき、仏のような素晴らしい心が具わっているからである。
ところがすぐ後から、「自分がしなくても、誰かがするだろう」という悪魔の声がして、せっかくの仏心が踏みにじられてしまうのである。
だからわれわれはそういう悪心に負けないように、最初起こった気持ちのままに行動すればいいのだ。そう言われても、何となく気恥ずかしいまま通り過ごしてしまうのが、人情というものかも知れないが。
電車に乗って、ようやくの思いで空席を見つけ、ホッとして坐っていると、次の駅で老人が乗ってきて傍に立ったとする。代わってあげるべきだという気持ちは、どんな人にでも具わっている。
だから立たないで居眠りの振りをするのは心苦しい。にもかかわらずすっと素直に立てないというのは、何という悲しい人間の性であろうか。
そういいながら実践不履行のままでは、自分が仏教徒であるということさえ憚られるのではないか。
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