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からえふ
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You're So Cool (From "True Romance")
大好きな映画音楽!
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ユリ
回答数 17>>

からえふ
『ラスト・ボーイスカウト』
この作品もまた久しぶりに観てみました。
『ゴッドファーザー』や『バック・トゥ・ザ・フューチャー』、『ターミネーター』などのネタがセリフの中にいっぱいあったとは。
落ちぶれてしまったバディもののハードボイルドアクション映画。
トニー・スコット監督らしさも随所に感じられ、ブルース・ウィリスならではの痛快さが楽しめます。
もうこれは『ダイ・ハード2.5』か『3.5』というのに当てはめてもいいのではって思うほどダイ・ハード感もありました。
#映画
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#音楽
#ラスト・ボーイスカウト

Moody River

KIKO
M・ナイト・シャマラン
デヴィッド・エアー
亡きトニー・スコットも🇬🇧
R.I.P.
監督さんにこだわって観たことないから、満遍なく観てる。
脚本家さんも監督さんもみんな尊敬🧠🩷



わたしの好きな『監督』ベスト3
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ナツキThe 3rd
nrd
マミ
1937年11月30日
映像監督
グラディエーター
エイリアンほか👽の誕生日👏

シズ
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リドリー スコット監督作品
ピーターヘラーの同名小説(2012)の映画化です

ホイホイコンパチ☭
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フィル・ティペット監督
ジョーダン・ピール監督
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ホイホイコンパチ☭
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ヤン・シュヴァンクマイエル監督
ジョーダン・ピール監督
市川崑監督
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千夏
疲れたぁ

リアム
エドガーライト監督のベイビードライバー!
この間ランニングマン見てきたけど
この作品の方が好きだなぁ
ストーリーに音楽があってて最高[笑う]
ラストの終わり方はどうなのか賛否分かれるかも知れないけど主人公らしいのかなぁ[照れる]

Easy (Music From the Motion Picture Baby Driver)

とりっぴー

たいyoー

HAL🔴(ハル)
回答数 13>>
【悪魔の往く町(1947年)】と、
【ナイトメア・アリー(2021年)】
ギレルモ・デル・トロ監督作は
見比べてこそ、この物語の本当の深さが立ち上がります
1947年の『悪魔の往く町』は、野心的な青年スタンがカーニバルから成功を掴み、やがて欲望ゆえに転落していく姿を描いた、人間ドラマとしてのネオ・ノワールの名作──。
そこにあるのは「間違い続けた男」の悲劇であり、観る者は最後まで彼を“人間”として見つめることになります
一方、2021年のデル・トロ版『ナイトメア・アリー』は、同じ物語をほとんど神話の領域へと押し上げます、怪物は登場しませんが、欲望・自己欺瞞・支配といった人間の闇そのものが、
この映画の“怪物”です
スタンは運命から逃れられない存在として描かれ、物語は呪いのように円環を描いて終わります──。
1947年版は「現実としての転落」
2021年版は「神話としての破滅」
どちらが優れているかではなく
同じ物語が、時代と作り手によってここまで異なる顔を持つこと自体が、この二本の最大の魅力です、ぜひ続けて観てほしい、映画好きのための贅沢な二重体験です
#アマプラ #Disney+ #映画 #GRAVITY映画部



Ty Hassy
AKB48と言語ゲーム−1
こないだ久しぶりにテレビでAKB48を見ました。ちょっと前に比べて随分とメンバーが変わってしまって、今や知らない人の方が多くなった感じがしました。もうちょっとすると、全部入れ替わっているんだろうなあと思います。「メンバーが全部入れ替わっても、変わらずAKB48であり続けるということは、一体、AKB48とは何のだろうか?」とふと思ったわけであります。
要するにAKB48とは名前だけ、あるいは名前とそれに伴うコンセプト(概念)であり、AKB48という変わらぬ実体を有するものがあるわけではなく、実際の中身はどんどんと入れ替わっていくものであるということであります。
同じように、かつて長嶋茂雄が永遠に不滅であると言った「読売巨人軍」というチームがありますが、長島が居た頃の巨人と今の巨人とでは選手もコーチも監督も全く違います。何一つ同じ同一性を保った人も物も見当たりません。今の巨人に限ってみても、絶えず選手は入れ替わっています。常に同一性を保った「読売巨人軍」などと言うものは存在しない訳です。唯一永遠に不滅かもしれないものは「読売巨人軍」という「名称だけ」かもしれません。というか、そもそも「読売巨人軍」といものは初めから「名称だけ」のものであり、ある特定の野球選手の集まりに「読売巨人軍」という名称を勝手につけただけのものであるというのが正解かもしれません。つまり、永続できるものは「名称」あるいは「概念」だけであり、それは人々の頭の中だけで永続できるのであって、実際の選手たちは絶えず変化しているのであり、不変の同一性もないということであります。
しかも、「読売巨人軍」という概念自体は実在するものではなく、人々の頭の中での単なる取決めに過ぎないので、明日から「朝日小人軍」という名称に変更されれば、「読売巨人軍」は瞬時に消えてなくなるのであります。
野球チームが単なる名称だけの仮のものであるのは当たり前の話だけど、実際の一人一人の選手達は実在するだろうと思われるかもしれませんが、理屈は同じだと思います。
巨人にはかつて松井秀喜という選手がいましたが、松井選手の体は60兆個ほどの細胞で構成されており、約2年ほどで全部入れ替わります。「読売巨人軍」が数十人の選手から構成されていて、20年ほどで全部入れ替わるよりも、早いペースで変化しています。では、松井秀喜という人は存在しないのかというと、「読売巨人軍」と同じような意味で存在しているのです。
ただ、松井秀喜という永遠に不変の同一性を持った実体のようなものは存在しない、ということです。そもそも何が松井秀喜の本質であり実体であるかなど定義できません。十数年前は世界に名だたるパワー・ヒッターだった彼も今はそうではありません。パワー・ヒッターが松井の本質であるわけではありません。実際の彼は毎日変化しています。従って、変わらない松井秀喜の本性みたいなものは無いのかもしれません。将来、実業家・松井秀喜になるかもしれませんし、落ちぶれてホームレス・松井秀喜になるかもしれません。そもそも、その人に特定の本性があって、それが永遠に変わらないのであれば、良くも悪くもなることは出来なくなります。特定の本性も本質も不変の同一性も無いからこそ、人間はどうにでも変われるのかもしれません。
というようなことを考えていたら、近現代のオーストリアの哲学者ウィトゲンシュタインの【言語ゲーム】の話を思い出しました。
【言語ゲーム】とは、すべてのもの一切を心的なものも物的なものもおしなべて言語的存在とみなし、言語を離れたもの、言語以前に実体としてあるものは一切存在しないという考え方です。
例えば、椅子というものを例に挙げると、椅子を良く見てみると、実際にあるのはスポンジと布と鉄とプラスチックを組み合わせたものがあるだけです。それらいくつかの素材が、特定の関係性で組み合わせられたたものを我々は、便宜上「椅子」と呼んでいるだけであって、椅子というのは我々の頭の中、つまり「概念」として存在しているだけです。その証拠に、椅子という「概念」を持ってない人が「椅子」を見た時には、自分で考えて「机」として使うかもしれません。つまり、さまざま素材の組み合わせの関係性は、それにどんな意味づけをしようが、それはその人の勝手であるということです。スポンジと布と鉄とプラスチックを組み合わせたものを「椅子」だと思うか「机」だと思うか、あるいは「乗って遊ぶおもちゃ」だと思うかは、本来各人の自由ですが、社会の大多数の人が共有する「意味づけ」または「概念」を受け入れたほうが、実生活上便利であると言うだけです。しかし、大多数の人が共有する「概念」だからと言って、それを不変の本質とするものが実際に実在するわけではないということです。
ところが、子供の頃より我々は、これらの大多数の人が共有する「意味づけ」あるいは「概念」を「言語」を通じて頭の中に刷り込んでいきますので、往々にして、それらの概念自体が、それに対応するものの「本質」あるいは「不変の同一性」であると勘違いしてしまいがちです。いわば「固定概念」とも言えるものです。
「固定概念」などという日本語はないのかもしれませんが、いわゆる「固定観念」が拭いきれない強烈な思い込みを伴っている病理的な言葉であるのに対して、それほど病的ではないという意味で、また「既成概念」とは違う意味で、あえてここでは「固定概念」という言葉使うことにします。
そうして我々は、それらの無数の「固定概念」によって、がんじがらめになって身動きが取れなくなることも、ままあります。
本来「便宜的な仮のものに過ぎない」概念によってがんじがらめになるというのは、冷静に考えれば馬鹿げた話です。
上記の例は、「椅子」であったり「人間」であったり、様々な要素が複雑に組み合わされたものでしたので、それらの組み合わせが概念であるというのは分かるが、もっと基本的な要素自体は実在するのではないか、と思われる方もいるかもしれません。
では、「水」というものを例に挙げて考えてみましょう。実体論の立場の人は、水という性質なり本質を持った何かが実在すると考えます。しかし、今でこそ、常識になっていますが「水」はH2Oという水素原子2つと酸素原子1つの組み合わせからなる水の分子から構成されているということがわかっています。つまり、「水」という不変の同一性をもった実在があるわけではなく、水素原子2つと酸素原子1つの組み合わせと、摂氏1℃から99℃という環境条件によって現す姿を、我々人類は「水」と呼んでいるだけなのです。つまり「水」というものは、水素原子と酸素原子との特定の関係性が、特定の温度環境との関係性によって現した一つの様態に過ぎず、それらの関係性の組み合わせが現した姿以外に「水」という実在があるわけではありません。
その証拠に、温度環境がO℃以下になれば、たちまち個体の氷になりますし、100℃以上になれば気体になって姿も見えなくなってしまいます。つまり、H2Oという水素と酸素の関係性が「水」と我々が名づける様態で居られるのは、ごく限られた条件の元(1℃~99℃)であり、同じ要素でも条件が変われば表す姿は変わるということです。
このように、この世のすべてのものは要因と条件によって姿を現し、そのような組み合わせが変われば現れ方も変わるということです。
では、水素原子や酸素原子は実在するだろう思われるかもしれませんが、それらは陽子・中性子・電子など素粒子の組み合わせです。その素粒子もクオークの組み合わせで、クオークも何らかの振動体の相互の関係性によってその性質を現すとされています。しかも、その振動体というものはもはや物ではなく、一種のエネルギーの塊のようなものでそれらの相互の関係性によってさまざま性質が現れると言うのは、正に存在するのは関係性のみであるというものの見方が、現代物理学によって証明されたようなものです。

🐬ぎんいろ🥛

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からえふ
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