関連惑星
量産型・地雷系の星
319人が搭乗中
参加
地雷系・量産型ファッション、そのほかサブカルファッションが好きな方と繋がりたいです。
どんどん投稿おねがいします。
量子コンピュータの星
3人が搭乗中
参加
Re:持続可能な開発
前頭葉を働かせよ
lets実験!
人気

ひょぷ

羊肉麻
ほぼスポイトw

お豆腐■
スポイトで何すんの???????
てか一般家庭にスポイトあるの???????
実験室住み?????


- ̗̀ ꒰
もっとみる 
関連検索ワード
新着

⏳️

四季


人畜無害魑魅魍魎の類

ひろ
酸味無し
コク深く
最高に美味しい珈琲
それを浸式で抽出するコトで
蓋するので香りが飛ばず
えぐ味無し
コクをしっかり引き出せる
水は特別なRO水で
水が持てる量を最大限へらし
抽出する水の力を最大限にする
旨味を最大化した抽出方法
この旨い珈琲に、合うお菓子
色々探してるのですが
そのうちの一つがコレ
フロランタン
生アーモンドスライスをローストするコトで
香りとサクサク感が美味しさを倍増させる
写真は売ってる商品です
作りたてじゃなくてもカリカリで旨い
珈琲/紅茶でお試しを!

純愛かな?
量の多いとか少ないとかではなくて1人の誰かに添える言葉であったのであればその事実だけで、僕の心は安らぎます。

重めのジョナサン
大谷翔平がどれほど評価されているかを、
私たちはよく知っている。
満票MVP、歴史的な成績、年俸、
世界的な注目。
まさに前人未到と呼ばれる存在だ。
ここで一つ、疑問が浮かぶ。
前人未到のものを、
人は本当に評価できるのだろうか。
彼と同じ手触りで、
同じ密度で現実に触れられる人は、
果たしているだろうか。
おそらく、
大谷翔平に与えられている評価とは、
彼を測った結果ではない。
彼が、評価という枠の外にいるという事実に貼られた名前なのだ。
一方で、ピカソもまた、
評価という言葉と強く結びついた人物だ。
美術史に名を刻み、
作品は天文学的な価格で取引され、
「天才」という言葉の代名詞のように
扱われている。
絵に詳しくない人でも、
彼の絵を一度は目にしたことがあるだろう。
しかし、私は彼の絵を見て
「たしかに、20世紀最大の画家だ」と
確信したことはない。
正直に言えば、
そんなことは分からない。
私にできるのは、
この線が好きかどうか、
この歪みが心地いいかどうか、
この色づかいに何かを思い出すかどうか、
それだけだ。
「20世紀最大」という評価は、
私の生活の中では、
絵を見る手触りを一切変えない。
彼らのような、突出した人間でさえ、
その評価が本当に妥当なのかは、
誰にも分からない。
では、私たちはどうだろうか。
おそらく、もっと曖昧だ。
私たちの仕事や生活は、
スポーツの成績のように
明確な数値にはなりにくい。
勝敗があり、記録が残り、
比較できるものばかりではない。
また、私たちの生活は、
美術史のように
後世から一望されるものでもない。
流れを俯瞰できる視点も、
時代を代表する文脈も、
多くの場合、持たないまま進んでいく。
にもかかわらず、
私たちは日々の選択や振る舞いを、
評価という言葉で測ろうとする。
それは本当に、
現実を円滑にしているのだろうか。
だが、
人は無意識のうちに世間の評価を信じている。
実際に会ったことも、話したこともない
有名人の周囲に人が集まり、
その場にいるだけで、
何かを理解したような気になる。
評価は、
自分で確かめる手間を省いてくれるからだ。
そしてふと、
私たちは気づく。
自分自身もまた、
あらゆるものを暫定的に
評価しながら生きている、ということに。
この人は口下手だが誠実だ。
この人は要領がいいが浅い。
この人は不器用だが信頼できる。
評価はいつも、
「しかし」「だが」を伴って現れる。
それは本来、
理解の途中で置かれる仮の印のはずだった。
評価が入った瞬間、
人はいつのまにか、
自分が感じていることよりも、
評価のほうが正しいと信じてしまう。
胸がざわついた理由や、
よく分からない引っかかりは脇に置かれ、
「そういうものだ」という理解が、先に立つ。
そのとき現実は、
手触りや匂いを失い、
すでに分かったものとして処理される。
「ああ、ピカソの絵ね」
「キュビスムっていうんだよね、たしか」
言葉は増えているのに、
感じている量は、むしろ減っている。
評価は、
世界を理解するための入口だったはずなのに、
いつのまにか
感じることを終わらせる合図になってしまう。
評価とは、そもそも何のためにあったのか。
それは本来、現実を知るためにあったはずだ。
美術史の流れを知ることは、
それだけで作品を理解したことにはならない。
しかしそれは、
自分がこれまで注目してこなかった線や構図、
時代ごとの問題意識へと、
視線を向け直すきっかけを与えてくれる。
評価は、
感じることの代わりをするものではない。
感じるための入口として、
あとから添えられる補助線のようなものだった。
現実は、本来
「判断してから動く」ものではない。
感じて、少し調整して、また動く。
それを繰り返して進んでいく。
人は、評価がなくても関われる。
むしろ、評価が入らないほうが、
関係はよく動くことが多い。
相手がどういう人かを決めなくても、
今この瞬間のやり取りの中で、
距離を近づけたり、
離したりすることはできる。
うまくいかなければ、
その都度、調整すればいい。
私たちの生活は、
正しいかどうかの判断よりも、
合っているかどうかの調整によって成り立っている。
評価は、その調整が終わったあとに、
振り返りとして置かれるものだ。
現実を動かす力は、
最初からそこにはない。
もっとみる 
おすすめのクリエーター

お豆腐■
さよなら人生
フォロワー
0
投稿数
17202

人畜無害魑魅魍魎の類
しゅき〜しゅき〜だいしゅき〜
フォロワー
0
投稿数
3976

重めのジョナサン
住石・ジョナサン・ヘビー
I will not argue with strangers on the internet
フォロワー
427
投稿数
306

ひろ
〜カウンセラー付き大人ラジオ配信中〜
恋愛相談/体験談/各種相談/etc
女性カウンセラー4名在住(笑)
特に面白い人/話募集
■個人情報
X1独身魚座O型
都内在住
知的好奇心旺盛
自家焙煎マシン
特別美味しい食材やお珈琲紅茶など
自撮アプリ女装写真掲載
パーツは同じ、そこから本人をご想像下さい(笑)
尚、出合い求めておりません
面白い人募集
また似たような趣味で繋がれば嬉しいな
フォロワー
0
投稿数
191

⏳️
ヨガマット宅トレ勢→🆕2026ジム通い女
出会い求めてないからやめて
フォロワー
0
投稿数
180
