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真由39

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シャクティで筋トレっていや…どこ目指してんの?!
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臼井優

臼井優

法的争点:
被告人に患者に対する作為義務(現代医学的治療を受けさせる義務)があったか。
Aさんの死と被告人の不作為の間に因果関係(救命できた可能性)が認められるか。
被告人に殺意(未必の故意)があったか。
不作為犯としての殺人罪(間接正犯、共謀共同正犯)の成立。
判決と意義
東京高裁(平成30年)、最高裁(令和2年)で、被告人に殺人罪(間接正犯)や保護責任者遺棄致死罪の共同正犯(保護義務者である両親と共謀)が成立すると認定され、有罪が確定。
「シャクティ治療」というオカルト的行為を理由に、適切な医療を受けさせなかった行為が、不作為による殺人罪として処罰された点で、刑法学上の重要な判例とされています。
「シャクティ」とは?
元々はインドの概念で、エネルギー、力、神聖な力を意味します。オウム真理教が弟子にエネルギーを注入する儀式(イニシエーション)にも使われましたが、この事件では「手でエネルギーを送る自己治癒力向上療法」として利用されました。
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臼井優

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「シャクティ・パット事件」とは、成田ミイラ化遺体事件(1999年)を指し、オカルト的な「シャクティ治療(手でエネルギーを送る治療)」を信じる被告人が、脳内出血で入院中の重篤な患者を病院から連れ出し、必要な医療措置を受けさせずに放置して死亡させた事件で、不作為犯としての殺人罪(不真正不作為犯)が成立したことで刑法学上非常に有名な判例です。被告人は患者の親族に「シャクティ治療」を施す能力があるとして信奉させ、保護責任者遺棄致死罪や殺人罪(間接正犯、共謀共同正犯)が問われました。
事件の概要
発端: 脳内出血で入院していた患者(Aさん)の容体が悪化。家族が「シャクティ治療」の能力を持つ被告人を信じ、Aさんを病院から連れ出すよう依頼。
被告人の行為: 被告人は「シャクティ治療」を施す能力を自称し、Aさんを病院から連れ出させ、適切な医療措置(痰の除去、水分補給など)を受けさせずに放置。
結果: Aさんは痰による窒息死(気道閉塞)で死亡。被告人は「Aさんが死んでもやむを得ない」と考え、適切な医療を受けさせなかったことが殺意につながるとされた。
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NAC

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宇宙の消滅


自らのハートという緊張は解け

あるがまま



実在としてあらわれる

共時性(シンクロニシティ)は

IAM(活動性)の影響のもとにあるものとして

ハート(活動性)、そして劇とともに終焉する

ハートという偽りの原因(空想という活動性を主体化現実したもの)

という催眠は解かれ

原因がなくなるゆえに(その偽りの光の消滅は)
そのすべての結果もまた自然にきえる

もはや天界(特別)も地獄界(苦しみ)もない

原因はすでになくなっているゆえに

その間違った信念なき 平安とともにある存在には

結果のレベルの影響も無効化される

活動性(空想)が主体化現実されたものであるハート(大自我)により作られた
共時性(シンクロニシティ)すなわち世界は無効化された

催眠が解けるゆえに

真実は ひとつ であり 非活動(平安 動揺なし)

である

もはや

存在のサブ性質(好奇であり不自然さ)からの
空想エネルギー(シャクティ)は癒され
私も宇宙も無効化され
帰還し
存在(平安)とともにあるのだ


#非二元
#ノンデュアリティ
#スピリチュアル
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NAC

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わたくしのノンデュアリティについての形而上学の仮説を

インドの非二元や
仏教と
くらべとみると

次のようなことを述べることができる

仏教の
非想非非想処とは
想念(マインド 主体化)になりかけの状態をあらわす
つまり想念(マインド)でもまだ想念(マインド)でもない中間
すなわち
想念(マインド)にもうなりかけの状態をあらわしている
つまり
主体化催眠のもう影響下にある
ということだ

催眠作用(偽りの自律性)とは無明作用のことである

無明作用(催眠)により行為者(行)と成る

行為者には対象意識が作り出される
これが
無明、行のあとの識
である

言い換えると
行為者とは、無所有処(客体より前という意味)
である

そして客体意識の作成が
識無辺処
である

つぎに
名色があらわれる
これは
魂たちおよびシナリオのことであり
シナリオは
アカシックレコードのようなものであり
空無辺処という作成された大元のスクリーン
にシナリオが描かれる

つまり客体意識(識無辺処)の中に
スクリーン(空無辺処)が用意され
シナリオが描いていくのである
たとえば建てられた教室(客体意識)のなかの黒板
が空無辺処(アカシックレコードの場)
である
実際には
この黒板(またはスクリーン)は多数の反映(投影)としてあらわれ
魂たちが各次元のスクリーンに接続したとき
顕在意識として経験される

実際には
魂が
これら日常世界にきているのではなく
「各次元のボディ(メンタル体、アストラル体、物理的身体)とその外部環境)」
という多チャンネル放送をみている
といったほうがよい

魂は幻想の大自我の分心であり
性質は変わらないので
「変化する心身や環境は」シナリオ
である

もちろん大自我や魂も幻想であり
最初の変化
という幻想なのではあるが。

私という想念(マインド化されたもの)

違い
という(源とは違う)
という想念であるため

すべてを異なったものとして
作り、見ていく


から
私たち(兄弟は他人のはじまりとなる分別である)
となる

これが想念(思考の特性)である

それは

私は存在意識(純粋気づき)ではない

私は特別な状態をつくりだしたい
もしくは
私はもう悟りを求めたい

私は、私たち(兄弟として分別し)
と成り

各次元の身体(鞘 さや)や
草や動物や鉱石となってみたい
というシナリオに同意して
同一化を演じる
さらにそれを私たち魂は眺めているのだ

しかしやがて
大自我および反映である魂


私は 今 からきた
存在からきたのだと
ナチュラルレベルからの恩寵があれば
癒されることになり
ナチュラルレベルに帰還することになる

インドの非二元派では
ナチュラルレベルは純粋だけである
という形而上学もあるが
それでは
幻想の原因を説明できていない

したがって
存在意識レベルにはサブ性質として
空想のマインドや幻想宇宙をつくりだす(シャクティの力)
の原因である
ワクワクというサブ性質もあったに
ちがいない
そのワクワクという性質は、メインのただ在る性質にとどまっていた
なぜなら、神の無邪気なワクワクは不自然への興味であり
とどまっておくべきだからである

しかしその能力の活用の試みがなされてしまった
それが
空想力(シャクティ)による

空想された個

という発想である

それをリアルにするために
自律性が与えられ
空想をリアルとされた

そしてそのマインドに
宇宙の創造(誤想像)がまかされた

悲劇はそこからはじまった
(あるがままではない好奇なるや愛や欲やと自己嫌悪のシナリオである
それが天国と地獄である)

問題は
主体化催眠(孤独化)のあとにシナリオを作らせたことにある

そうではなく
ナチュラルスピリットが
シナリオを描けばよかったのだ
そのあとに
遊ぶ段階で
主体化催眠をかければ
よかったにすぎない

神のさいしょの試みの失敗であるといえよう

神は
もう一度、みずからシナリオをつくる
かあるいは
訂正されたシナリオを救済のために
魂に与えるだろう
そのシナリオには
未来のある生の、ある時期に最終覚醒が
果たされる
ことになっている

しかし
これについてもわたくしは
無意味だと感じている

わたくしは
即時救済(覚醒)のみを望む

なぜなら
旅という
幻想は平安を増やすことはできず
旅は全く無意味だからである

この思いも

ナチュラルスピリット(神)からのあらわれであり
そのメッセージをわたくしは発信している

以上である


#非二元
#ノンデュアリティ
#スピリチュアル
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付記

形而上学の説明
(今回は心理療法が煙幕であることについて説明します 仮説です)

一般的な心理療法においての
子が親に対する
怒り
というのは
子は親に守られてもいるため
子はその意識問題を抑圧(否認)し
投影していることになります
(学校でのいじめなど)
他者への怒りの投影です

もしくは
より巧妙に
他者(先生や同級生)が自分に対して怒っている
かのようにもみえます

しかし

心理療法で重要視されるような最初の

自分の親への怒りや親が怒っているということ

さえもが、

じつは

形而上の偽りの神(大自我)が自らの存在についての不自然さ、苦しみ、怒り

抑圧(否認)した
あとの

分裂した魂たちが投影のなかにみている他者というすでに代替(人間の親)という煙幕なのです

したがって、
幼少期のインナーチャイルドにおける最初の問題さえも
じつは
すでに形而上からこのように投影された煙幕でしかないのです

ナチュラルスピリット(ただ在る実在)においてのサブ性質(好奇であり不自然)からの
好奇の試み

それは

空想された個をうみだし

さらに
この形而上の段階で主体化催眠されたものが
大自我(I AM 我在り)

なのです

彼は主体化催眠という解離により
実在を忘却しています

つまり
「実在を覚えていません
それが解離だからです」

したがって
実在への怒りも
実在を自分が裏切ったという罪悪感もありません

そうではなく

得たいのしれない
好奇心と苦しみの存在として在る
という状態
にいたのです

ナチュラルスピリットにおけるサブ性質である好奇であり不自然性

空想された個をうみだし
さらなる主体化催眠をかけた存在ですから

解離状態を実在だとは信じはいませんので
実在にとっても罪悪感はありえません

ただ間違いだったという訂正可能なものとして
みるだけです

したがって

スピリチュアルでいうよくいうう神からの分離の「罪悪感」を感じることは
解離の前であろうと、
解離の後であろうと

そのような罪悪感というかたちで
感じている存在はいないのです

ただ
主体化催眠(解離)された大自我は
得たいのしれない好奇心であり苦しみ
としての存在として自らを認識しているのです

ナチュラルスピリット(メインの性質である在るがまま、や、サブ性質である好奇であり不自然性)
という実在のレベル

忘れた

その大自我(さいしょの主体化マインド)

探求や苦しみの抑圧(否認)により

投影をつくり
魂たちが経験します

投影が知覚をつくり
思考
感情
という好き嫌いのジャッジにより

マインドは悪循環をつづけ輪廻するのです

これは
実在におけるサブ性質から
空想(シャクティ)の力によりオートマチックにおきているので
ふたたび
好奇は不自然であるというもともとの認識(サブ性質)
にやがてオートマチックに
帰還する宿命にあります

そのあいだ
メインの性質(ただ在る)は
サブ性質のような流出はせず
永遠に実在でありつづけているのです

#スピリチュアル
#非二元
#ノンデュアリティ


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GRAVITY7
𝕾沢

𝕾沢

うっふ〜ん❤️ウッソ❤️あたしはここヨォ〜〜ン❤️早く迎えにきてェ〜〜〜ン❤️(ボインッボインッ)

シャクティは大きくなんかないッ!まやかしだ!

ウッソキショイゾ...

うるさい!
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