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ハーロック

ハーロック

夜の台所は、昼よりも正直だ。

水の音、換気扇の低い唸り、冷蔵庫の小さな振動。生活の音だけが残って、元気のふりは剥がれていく。

彼女は、マグカップを両手で包んでいた。温かいはずなのに、指先だけが冷たい。

彼女はずっと信じてきた。
――人と人は、話せばわかる。

意見がぶつかっても、投げずに話す。誠実に言葉を尽くす。
それが正しいと疑わなかった。

でも現実は違った。
丁寧に説明しても、相手は聞いていない。聞いているふりをして、都合のいいところだけ拾う。
最初から結論が決まっていて、彼女の言葉はただの背景音になる。

疲れた。
正しさを守るほど、自分の心が削れていく。
それでも言葉を尽くすのが癖になっていて、止め方がわからない。

「……私が間違ってたのかな」

湯気の向こうで声が小さく揺れた。
話せばわかると信じる自分は、ただ甘かったのか。
もしかして人は、わかりあえないのか。

そのとき、窓ガラスがほんの少し鳴った。
風が当たっただけの音なのに、部屋の空気が変わった気がした。

振り向くと、黒い服の男が背後に立っていた。
黒いコート、黒い手袋。いつものようにどこからともなく、いつものように居る。

関西弁で言った。

「自分、えらい真面目に“わかりあい”に命かけてきた顔してるな」

彼女は驚くより先に、ため息が出た。
なぜか怖くなかった。誰かがいるというだけで、胸の中の音が少し静かになる。

「私、ずっと思ってたんです。話せばわかるって。
でも……わからない人は、わからないままだって」

黒い服の男は頷いた。否定もしない。怒りもない。
ただ、彼女の言葉が床に落ちて割れないように、受け皿みたいに頷いた。

「そらそうや。
自分が間違ってたんちゃう。“条件”が足りてへんだけや」

「条件?」

「相手が、わかる気あるかどうか、や」

彼女は笑いそうになって、笑えなかった。
当たり前すぎるのに、今まで考えたことがなかった。

「私……伝わるまで説明しようって、ずっと頑張ってた……」

黒い服の男は、台所の隅のスポンジを指でつついた。

「スポンジみたいなもんや。吸い続けたら限界くる。
自分、いま絞られた顔してる」

彼女はマグカップの縁を見つめた。
自分が“絞られた”なんて言葉、嫌いだった。弱いみたいで。
でも今日は否定できない。

「私、優しいつもりだったんです。相手のために丁寧に話してるって」

黒い服の男は少しだけ眉を上げた。

「優しいやろ。ほんまに。
せやけどな、優しさには種類がある。
説明する優しさもある。けど、“距離を置く優しさ”もある」

距離を置く。
それは、見捨てることに似ている気がして怖かった。

黒い服の男は、ゆっくり言う。

「自分は“話せばわかる”を信じてきた。綺麗や。
でも綺麗なもんほど、雑に扱ったらすぐ傷つく。
今の自分は、その信念を雑に使いすぎて、ボロボロになっとる」

「じゃあ……私はどうしたら……」

黒い服の男は結論を押しつけない。
代わりに、彼女の手元――カップを包む指の震えを見て言った。

「一個だけ確認し。
“わかりあいたい相手”かどうか、や」

「自分が必死に話して、相手が平気で踏みつけるなら、そこは会話やない。作業や」

作業。
たしかに、あの人たちとの会話は、同じ説明を繰り返すだけの作業になっていた。

黒い服の男は窓の外の暗さを見ながら言った。

「合わせるのが悪いんちゃう。合わせるってのは橋をかけることや。
でも橋ってな、両岸があって初めて立つ。片方だけが頑張っても、橋は空中に落ちる」

彼女は目を閉じた。空中に落ちる橋。思い当たる。いくつも。

「自分は橋をかけようとした。
でも相手は岸を出してへんかった。
それを努力不足やと思って、もっと釘打って……疲れ切った」

黒い服の男は、少しだけ声を落とした。

「それは努力不足やない。構造の問題や。
自分が持つべき痛みではない」

彼女の目に涙が滲んだ。
その言葉が胸の奥の固まりを、少し溶かした。

「でも、距離を置いたら……一人になる気がします」

「孤独は来る。そら来る。
自分の考えで進むって、そういうことや」

黒い服の男は、テーブルをトン、と軽く叩いた。

「せやけどな、自分が消耗して、笑えなくなって、眠れなくなって、
それで一緒におる関係って……ほんまに“つながり”か?」

彼女は言葉を失った。

黒い服の男は最後に、短く置いた。

「捨てんでええ。
“話せばわかる”は、使う相手を選べばええ」

彼女は息を吸った。霧が少し薄くなる。

「選ぶって、怖いです。切り捨てるみたいで」

「切り捨てるって言うから怖いんや。
自分を守るって言うたらええ」

彼女の口から、ようやく本音が落ちた。

「私、疲れてるんだ……」

涙が一滴落ちた。悔しさでも敗北でもない。自分を認めた涙だった。

そのまま彼女は、もう一言だけ、自分に許可を出した。

「私は、わかりあえない相手にまで、優しくしなくていい」

黒い服の男は頷いた。

「疲れたって言えるのは、進める証拠や。
ほんまに壊れたら、疲れたとも言えん」

黒い服の男はいつの間にか窓際へ戻り、夜に溶けるみたいに立っていた。
去り際に、関西弁が小さく落ちた。

「自分が間違ってたんやない。
自分が優しすぎたんや。
ほな次は、優しさの使い道を変えたらええ」

次の瞬間、黒い服の男はいなかった。

彼女はスマホを手に取り、短いメモを打った。
誰かに説明するためじゃない。明日の自分に伝えるために。

――橋は、両岸があって初めて。
――私の優しさは、無限じゃない。
――わかりあえる人を、大事にする。

入力し終えたあと、彼女は台所の灯りを少し落とした。
暗くなったのに、胸の中は少しだけ明るい。

わかりあえない人がいる。
それは悲しい。
でもそれが分かったからこそ、わかりあえる人の温度も、これからは見失わない。

彼女はカップを洗いながら、小さく息を吐いた。
その息は、今日までの自分への静かな「よくやった」だった。


#希望 #自作小説 #黒い服の男
読書の星読書の星
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つちのこ

つちのこ

夫、最悪。妻が黙ってる様に目線で信号を送っていたのに、警察に通報したのが妻だと、吸血鬼に喋ってしまった。ああ、今、読んでる小説の話です。いいところで頁を閉じて下車。
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ゆ

キルケーの魔女面白かったー!途中どーしても気になる所があって、小説読んじゃった☺️
続きが早く見たいなぁー、また5年後とかにならないといいなぁ(´・ω・`)
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Snooze

SZA

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ソル

ソル

pixivとかの夢小説系でよく見る
裏切られたりとか嫌われとかで
すぐ許しちゃうのほんとに理解に苦しむんだけどもしかして自分がクソ性格わるいだけのネチネチしてるやつって可能性が出てきてる
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フィーカ

フィーカ

「プライマー」や「テネット」のような1度観ただけでは理解できない難解な映画を教えてください。「プライマー」や「テネット」のような1度観ただけでは理解できない難解な映画を教えてください。

回答数 5>>

「アナイアレーション 全滅領域」
暗いし痛そうだし寂しい気持ちになるし余韻の残る終わり方だし
わけわからんすぎて原作小説読んだら全然違って横転
「こういうことかな」って自分で納得する感想が浮かぶまで何回か観た
つまらない作品ならこんなことしないから、面白い作品だったとは思う
映画の星映画の星
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まる

まる

今日もケータイの待ち受け見てニヤニヤする私

気持ち悪い!
でも癒されるしハッピーな気持ちになる

人と会うときは待ち受け変えます🙄
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