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象山ノート

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『恋と税の間で揺れるニッポン社会』

第8話 コウジョウ、年金の森に迷いこむ。

霧がたちこめる、朝も夜もない不思議な森。
そこは、地図にも乗っていない——年金の森。

「こ、ここはどこ…?」
控除の妖精コウジョウは、いつものように納税の谷間を飛んでいたはずだったのに、気がつけば、どんよりと湿った空気の中にいた。

森の奥には、奇妙な小屋。煙突からは、もくもくと白い煙。
コウジョウがそっと扉を押すと、中からギィィィと不気味な音とともに、ひとりの男が現れた。

長い髭、曲がった杖、赤いローブ。
そして、何より目立つのは、彼の手に抱えた一冊の古い本——
**『年金台帳』**と書かれている。

「ようこそ…若き納税者よ……ふぉっふぉっふぉ」

「だ、誰!? 魔法使い!? それとも…年金の…なんとか?」
「わしはキンネーン。この森の賢者じゃ。年金の過去と未来、すべてを見通す者…と、昔は呼ばれておった。いまは誰も来んがの…」

コウジョウは眉をひそめる。
どうにも、このキンネーンとやら、まともじゃなさそうだ。

「年金って、将来もらえるんだよね?ちゃんと払ってるし…」
「ふぉっふぉっふぉ……“もらえる”とは限らぬ。払った額と、もらえる額は……おぬしの“運命”次第じゃ……」

そう言って、キンネーンは水晶玉を指さした。
玉の中には、ぼんやりと“支給開始年齢75歳”と書かれている。
隣には、小さく“未納期間あり”の文字も。

「えっ、えっ!? こんなに遅いの!? しかも減ってる…?」
「ふぉっふぉっふぉ……それが“年金沼”というものじゃ。気をつけぬと、沈むぞい……」

そう言った瞬間、コウジョウの足元が、ぐにゃりと沈んだ——

年金沼の底から、アイの声が聞こえた。

「うわっ!? ぬ、ぬま!? ぬまってなに!? 足が……足があああああっっっ!!」

ズブズブズブズブ……
コウジョウの足元が、灰色の液体に沈んでいく。
その液体はただの泥ではない。泡とともに浮かんでくる言葉たち——

「マクロ経済スライド」
「平均余命」
「財政検証」
「賦課方式」
「未納率」
「3号被保険者問題」

「うわあああああ! 難しいワードばっかりぃぃぃ!!」
コウジョウは叫びながら、年金沼に吸い込まれそうになる。

「ふぉっふぉっふぉ……抗うでない。それが制度じゃ……」
キンネーンは高らかに笑い、水晶玉をくるくる回す。

そのとき——

「コウジョウーーーーッ!!!」

森の奥から、聞き覚えのある声が響いた。
恋の精・アイだった。
胸に「老後2000」と書かれた謎の救命浮き輪を持ち、木々をかき分けてやってくる。

「しっかりしてコウジョウ! 年金は“制度”だけじゃない、“信頼”なのよッ!!」
「え? え? なに言ってるのアイ!? 今それ言うタイミング!?」

アイは沼のほとりから、浮き輪を必死に投げる。
「これに掴まって! 老後を“個人でどうにかしろ”って言われたって、私たち、支え合えば生きていけるわ!」

ドボォン!
コウジョウはなんとか浮き輪をつかみ、ズルズルと岸へ引き上げられる。
濡れた羽をばたばたさせながら、アイの顔を見上げた。

「ありがとう…アイ……なんかもう、制度とか理解できなくても、君の声が聞こえてよかった……」

その横で、キンネーンは杖を地面に突き立て、つぶやく。

「……恋か。ふぉっ……若者よ、制度に抗う力、それもまた……財源じゃな……」
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