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せな

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「幸せな愛を求めるなら過去の苦しさに甘えていてはいけないことをかる〜く証明する。」

子供の頃の親への思いを大人になってから、恋人や友人に転移してしまう人がいる。

親というイメージの愛着を捨てきれていない証拠なのだ。

親は子供をたくさん愛してくれるんだ。
でも僕はそんな風に親から愛されなかったんだ。
僕だってそんな風に愛されたいよ。

私にはそんな人たちの気持ちが痛いほど聞こえてくる。研究すればするほど心に深く刺さってる。

そういう人は知性や社交性は年相応のレベルに達しているが、情緒面では泣いている赤子のように、親からの愛を求めている。

ここで精神分析学者エーリッヒ・フロムの提示した重要な例を上げたい。

それは、母親からの愛を大人になっても求めてしまう男たちについてである。

彼らは大人になっても、母親から保護されること、温もりを与えられること、与えられること、気を使ってもらうこと、褒められることを求めている。

一言で言えば"愛されること"をも望んでいる。

それは、彼らがとる行動から溢れ出て聞こえる。

「このタイプの男たちは、女性の気を惹こうとするときにはとても優しく魅力的になり、うまく女性の気を惹くことができた後でも、その態度は変わらない。しかし彼らの女性にたいする関係は、いつまでたっても表面的で無責任である。」
(『愛するということ』E.フロムより)

フロムも主張するが、表面的で無責任な愛は容易に搾取へとなりえてしまう。哲学者プラトンはこのように欲望に支配されていては、必ず暴力へと転じてしまうと言う。

しかし、なぜそんなことが言えるのだろうか。

それは彼らが求めているもは、

相手を"愛する"ことではなく、
相手から"愛されること"だからだ。

自分の欲望を満たすための道具としてしか相手を見ていない。

いつまでも表面的な彼らの愛は、
いつまでも深く相手と結びつくことは無い。

いつまでも無責任な彼らの愛は、
いつまでも長く続くことはない。

親へのイメージを捨てきれなければ、いつまでも表面的で無責任な愛に苦しむことになる。その苦しみに甘えていては君はいつまでたっても変わらない。君が幸せになりたいなら、その過去を捨てなければならない。



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どこでもぺお

どこでもぺお

お手隙の際にでも…ヘブンっ!!!👺(再掲)

問 : 次のやり取りを読み、後述の小問に答えよ。

***
A : 愛重い子すき。 構ってちゃんすき。 嫉妬深い子すき。 独占欲強い子すき。 寂しがり屋すき。
B : どうしてですか?
A : どれに対してどうしてですか?
B : じゃあ、それぞれについて!
A : 全部僕が相手のものになってるからです
B : どうして相手に依存することを求めているんですか?
A : 依存、執着、固執色々あるかと思いますが、そこに少なからず愛があるのが依存だからだと
B : 例えば、エーリッヒ・フロムだったか遠藤周作だったか忘れましたが、恋は落ちていくようなもので、愛は一緒に水の中をかき分けていくようなものだっていう喩えとかあると思います。愛を成立させるためには、お互いが自立した状態で、補完し合う関係というイメージが先立つのですが、依存・執着・固執といった言葉には、どうもネガティブなイメージが付きまといます。この相違について、何か整理されていることはありますか?
A : めんどくさい、好きなんだからいいんじゃん 僕の勝手にさせてよ
B : もちろん、どう思うかは自由だと思うんですが、相手がある話って、主観だけじゃなくて、間主観の問題も考えないといけないかなと思ったので、例えば相手の事情とか、メンヘラくんさんと関わった場合の生活の持続可能性とか、そのあたりがどう維持されるのかとかに興味が出てきてます。実際にそういう関係を持ったときに、相手の生活をどう保障するのかとか、何かお考えになっていることを伺ってみたいなと
C : 過去の偉人が打ち立てた「愛の理論」が、いつの時代の誰にとっても当てはまる「絶対普遍の真理」なんてことは有り得ません。なので、彼らの愛の定義と自らの愛の定義の「相違」なんて、イチイチ考える必要はありません。考えたい人は考えたらいいし、そうじゃない人は考えなくていい筈です。 それに、交際(依存)する相手の「生活の持続可能性」や「生活の保障」なんてモノも、考える必要がありません。これも先の論理と一緒で、つまり「交際(依存)するなら、相手の生活の一切を保障しないといけない」なんてルールはどこにもないからです。そんなのは個々人の自由だからです。したきゃすればいい、、以下同文です。
C : さらに言っておきますが、あなたのコメントは根本的に「ズレ」ています。まず、遠藤周作もフロムも一般的に広く知られた偉人ではありません。だから、相手に同じ知識があるのかどうか、確認する前に彼らの名前を出すのはコミュ力が無さ過ぎます。 そして次に愛の条件ですが。 あなたの持ち出した偉人の(あなたのではない)理論をこのコメント欄でわざわざ引用するなんて、文脈を読めてないにも程があります。「お互いが"自立"した状態で、、、」とありますね。この方のそもそもの投稿内容キチンと理解されてますかね?彼の投稿は「共依存」について書いたものですね。
C : そういう関係性を求めている人物に対して「愛とは、自立した状態で」と説いて、それについて「どうお考え?」などと質問して、何かしらの返答が返ってくると、本当にそう思ったのですか?思ったのだとしたら、繰り返しますがあなたの認識は根本的にズレ過ぎです。 たとえば、 「カレー好きなんだよね!」という投稿に、「カレーに使われる香辛料の多くは、胃腸に過度な負担をかけ、好きだからといって頻繁に摂取するのは好ましくありません。その辺りについてどうお考えですか?すごく興味があります。」って質問してるようなものです。 ご自身がいかに「ズレた」質問をしたのか、少しはご理解頂けましたか?
***

問1 : この後、BはCに対して「だから、考えることを別に押し付けてはいないと思うんだけど…」と考えている。どういうことか説明せよ。
問2 : Bはなぜ「生活の持続可能性」や「生活の保障」を取り上げようと思ったのか、説明せよ。
問3 : この後、BはCに対して「だから、忘れましたがって言った後で、自分が聞きたい内容をかみ砕いて伝えているんだけどなあ、それに著作者の名前を出したら参考になるかもしれないし…」と考えている。どういうことか説明せよ。
問4 : この後、BはCに対して「そりゃ共依存のことでしょうけど、だから次に、自立との違いとか考えているか聞いているんだが…」と考えている。どういうことか説明せよ。
問5 : Cの「ご理解頂けましたか?」について、Bは違和感を覚えている。どういうことか、説明せよ。
問6 : BがAに、Bなりの配慮をしていることをうかがわせる言葉を、本文から22字で抜き出せ。
問7 : CはAやBの要請もなく、突然会話に介入してきているが、Cはなぜ本文のような長文を残したいと考えたのか。Cの心境や考え方について考察せよ。
問8 : SNSの投稿における話題の展開の仕方について、「オープン」「クローズ」という言葉を用いて、論述せよ。
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CAMEL

CAMEL

Immature love says: “I love you because I need you.” Mature love says: “I need you because I love you.”

- Erich Fromm(エーリッヒ・フロム) -

未熟な愛は言う、「愛してるよ、君が必要だから」と。成熟した愛は言う、「君が必要だよ、愛してるから」と。

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ネジバナ

ネジバナ

今日は頭の中が騒がしい。
稀によくある、あれこれそれこれつらつら思考が止まらない日。

回し車でハムハムしているような、堂々巡りで一歩も前進していないような。
思考することをマイナスに捉えるなんて、さっき書いた文章に即矛盾する思考をこそ面白がってみたりもするけれど、同時に焦りもあるので虚勢張りとも言えるかもしれない。

万民に等しく与えられたはずの時間が、まるで違って見える。あの人の時間はなんて穏やかに受容と爽やかさに満ちているんだろう、あの人の時間はなんて好奇心と自己の楽しみに輝いているのだろう、あの人の時間は……。
私の時間は?
比べることの愚かさに回し車がカラカラ鳴っている。

"恥の多い生涯を送って来ました。"
恥のない人生などないけれど、楽しい、幸せな記憶もたくさんあるけれど。恥ばかり思い出す日は辛い。自意識が肥大化し、自己評価を上げすぎると結果ささいなミスが自己否定となり恥が積み重なるのではないか。
では、自己評価を下げるとどうか。卑屈さが生まれるのではないか。卑屈は受容ではないと思う。それこそ恥ばかりになってしまう。
自己肯定感と自己受容は違うとどこかで見た気がする。だから何だったかは忘れた。ポンコツな海馬である。
少なくとも自己肯定ばかりでは成長できそうにない。
自己肯定と自己否定のバランスにより自己受容は生まれるのか?

ハワイの秘法といわれるホ・オポノポノの「ごめんなさい、ゆるしてください、ありがとう、愛してます」も理解と受容の言葉のセットだけど(なんか、前者2つは訳が本来の意味から離れちゃってるから、後者の2つだけで十分とか何とか)、効果が大きいと言われるのは、それだけ多くの人が自分に向けた感謝と愛情を失っているのかもしれない。
ありがとう。愛しています。

エーリッヒ・フロムの『愛するということ』、ほとんど忘れてしまったけれど、好きだという花に水をあげない人の愛を信じられるか、の例え話だけよく覚えている。あの本の易しい版がサン・テグジュペリの『星の王子さま』だと思っている。薔薇にガラスの覆いをかけてくれる人の愛を信じよう。

なんの話だっけ。
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フク

フク

「泥舟の不思議な旅」とか「トぶ教室」とか「人形姫」とか

※『紙舟の不思議な旅』(ヴェーラ・フェラ=ミークラ)
『飛ぶ教室』(エーリッヒ・ケストナー)
『人魚姫』(ハンス・クリスチャン・アンデルセン)
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スーパ

スーパ

エーリッヒ・フロム
新しいのん来たか #teljin
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新一

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デール・カーネギーやエーリッヒ・フロムなどの哲学者や心理学者に多大な影響を与えているので、思想家といってもいいと思います
アドラー心理学は心理学ですかね?
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