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祭りの取材で山あいの村を訪れた写真部の少年・神崎遥斗が、春の訪れを祈り冬を送り出す伝統の祭り『春迎祭』を取材する中で、神社で出会った少女・白石椿と心を通わせていく ——やがて、二人の運命が静かに絡み合う。
エブリスタにて連載始めましたd('ω' )
#小説
#自作小説
#恋愛
#感動


ハーロック
鏡に映る自分は悪くないと思う
けれど、夫の目には私はもう「母親」でしかないらしい
ふとした瞬間に「綺麗だよ」と言われたかった
触れられたい以前に、女として存在したい
その想いだけが胸の奥でじわじわと熱を帯びていた
孤独を紛らわせるように始めたSNS
アイコンに少しだけ盛れた写真を使っただけで
驚くほど多くの若い男の子から声がかかった
その大半は軽い誘いで、相手にする気もなかった
彼に出会うまでは……
二十五歳、私よりも相当若い
フリーターで、気まぐれなメッセージばかり送ってくるのに
不思議と胸の奥をくすぐる
「今日も綺麗だね」
「会ったら、絶対後悔させないよ」
そんな軽い言葉のはずなのに
夫から久しく浴びていない甘さが
彼の言葉の端々にあった
会えば、きっと求められる
若い男が何を考えているかくらいわかっている
それでも、画面越しの彼の視線を想像するだけで
身体の奥に小さな火が灯る
いけないとわかっているのに
消そうとするとますます燃え上がるような危ない炎だ
夜、寝室で夫の寝息を聞きながら
スマホに浮かぶ新着メッセージをそっと開く
「早く会いたい
触れたら、きっと止まれないよ」
その一行に、喉の奥がきゅっと鳴った
止まれないのは、もしかしたら私の方かもしれない
「会ったら終わりだよね」と送ると
「終わりじゃなくて、始まりでしょ」
すぐに返事が届く
夫にはもう貰えない熱が、画面越しにじわりと伝わる
私はまだ、女でいたい
ただその願いが、ゆっくりと理性を溶かしていく
#希望 #自作小説


ハーロック
確かに僕たちの心は繋がっていたんだ
君はごめんねと素直に謝った
心替わりしてしまったのだと
僕は凄く悲しかったのだけれど
悔しいのとは別に、確実に君に幸せになって欲しいと願う心は芽生えていた
あの夜の思い出は、今でも大切に胸にしまってある
この世に変わらないものはない
君は僕にそう教えてくれた
人間はみんなひとりぼっちだ
進んで行く道が交差した時に一緒にいて
道が離れれば、さようなら
感情は心の揺れ幅
波長が大きい程嬉しくなり、また同じだけ悲しくなる
体験を経て、人は成長する
味が出るとはこういうことを言うのだろうか
今年は一人であの丘に来た
今夜もきっと、流星は見られるだろう
君は覚えていてくれるかな
僕もそろそろ前に歩き出さないと
大丈夫
大丈夫
自分にそう言い聞かせて
前を向いて、生きていこう
#希望 #自作小説


ハーロック
久しぶりの手紙になります
突然の便りに驚かせてしまったらごめん
ふと、ちゃんと言葉にしておきたいことがあると思ったんだ
三年間、一緒に過ごした時間を今あらためて思い返すと
感謝ばかりが胸に残っています
あの頃の笑いも喧嘩も沈黙も、どれも僕にとっては大切なものだったし
君と出会えたこと自体が、今でも僕の人生の財産だと思っています
別れてからの一年間は、正直きつかったです
理由も真実も、結局どこまでが本当なのか僕にはわからないままだったけれど
それでもようやく心の痛みが静かに薄れて、新しい一歩を踏み出したいと思えるようになりました
これは君への未練ではなく、ちゃんと前に進むための区切りとして書いています
お互いにこれから違う景色を見ていくけれど
未来がそれぞれに優しく開けていくことを願っています
君に訪れる日々が、どうか温かいものでありますように
敬具
P.S
あの頃よりだいぶ大人になったけど、まだ洗濯物の靴下だけ片方行方不明になります
どこに行くんだろうね、あれ
#希望 #自作小説


ハーロック
薄暗い廊下の奥に、手術中と書かれた赤いランプが灯っていたんだ
僕はひとり、長椅子に座ってひたすらお母さんの無事を祈っていた
晩御飯を食べてから急に倒れたお母さんは、救急車で運ばれて緊急手術になった
スマホを開いて、僕はお父さんの写真を見た
お父さん、お母さんが緊急手術を受けているよ
お父さん、お母さんを助けてよ
お願いだよ
写真の中のお父さんは、笑顔のままだった
お父さんは、僕が小学三年生の時に川で溺れたよその子を助けて、亡くなってしまった
その子は助かったのだけど、お父さんはそのまま流されてしまったんだ
お父さん
僕はあの時、悲しかったのだけれど、子供を助けたお父さんが誇らしくもあったんだ
だけど、あれからね
お母さんは働きに出て、一生懸命僕を育ててくれた
ずっと貧乏だったけれど、僕は頑張るお母さんを見てきたから、それでも良かったんだ
だけど、ごめんねお父さん
僕は、神様は不公平だと思ったよ
だって、お父さんが助けたあの子は、きっと温かい両親の元で幸せに暮らしたと思うんだ
お父さんを亡くしたうちは、お母さんがとても苦労したんだよ
お父さん
お父さん
どうか、お母さんを助けてよ
こんなの、酷いじゃないか
いつの間にか、僕の前にひとりの大人が立っていたんだ
蛍光灯がボヤけて、顔はよくわからなかった
だけど、温かい感じがした
お母さんは、大丈夫だよ
そう聞こえた声は、まぎれもなく……
起きてください!
身体を揺さぶられて、僕は目が覚めた
いつの間にかウトウトしていたようだ
目の前に、看護師さんがいた
お母さん、頑張りましたよ!
手術はうまくいきましたよ!
あぁ、あぁぁ
僕はそのまま泣き崩れてしまった
お父さん……
僕はその時、確実にお父さんを感じたんだ
#希望 #自作小説


ハーロック
私はまた彼の横顔を思い出していた
三年前、同じ部署に配属された日からずっと、気づけば視線で追いかけていた
仕事に向き合う真剣な眼差しも
不器用に笑う横顔も
胸の奥をそっと掬い上げるように私を惹きつけた
だけど最近
彼が電話の向こうで柔らかく笑う声を聞いてしまった
誰に向けた笑顔なのか、察するには十分だった
諦めたくない、彼の隣で同じ景色を見たい
でも、彼に幸せになってほしいという願いは、それよりずっと、大きくて、重かった
ねぇ、どうして女の心はこんなにも醜くて
そしてこんなにも切ないのだろう
彼の幸せを願える自分を誇りたいのに
心のどこかで「私を見て」と叫ぶ声が消えてくれない
彼が好きな女性のことを思うたび
その声は小さく震えながら胸の奥に沈んでいった
今日、彼は珍しく私に「ありがとう」と言った
些細な仕事を手伝っただけなのに、あの優しい声で
その瞬間、まだ好きだと思ってしまった
どうしようもなく、惨めなほどに
だけどね
この想いを抱えたまま彼の幸せを邪魔するような真似だけは、したくなかった
だから私はそっと決めた
言葉にも、表情にも残さず
ゆっくり手を離すことを
帰り道、冷たい風が頬を撫でた
涙が落ちても、誰にも気づかれたくない
彼の幸せを祈りながら
自分の中の未練だけを静かに抱きしめて歩いた
好きだった
今も、たぶんこれからも
それでも私は
彼の幸せを祈る自分でいたかった
そう思えるくらいには
あの三年間が確かに私を支えてくれたのだ
ありがとう……
また涙が溢れてきた
#希望 #自作小説


ハーロック
豊かな白い髭をたくわえた神様は、わたしに向かってそうおっしゃった
恨みだなんて、わたしには感謝しかありませんわ
その腕の傷があってもかね?
これは……
わたしの腕には、沢山の噛み傷があった
彼女が残したものだ
この歯型は、わたしの誇りです
ほう、それはどうしてかな?
はい、彼女は自分の不幸をわたしを噛むことで乗り越えて来ました
これは、子供が母親に甘えるようなものです
わたしは、彼女が生まれた朝に彼女に与えられた
それからずっと、彼女と共にいました
幼少期の辛い体験を、彼女はわたしに噛みつくことで乗り越えた
ただ、それだけのことですわ神様
なるほど……
では、婚礼の前夜に君を捨てたことは
どうなのだ
それは違います、神様
彼女はわたしを捨てたのではありません
彼女は辛い過去と決別したのです
執着を、そっと手放しただけです
「ごめんなさい」
これが彼女がわたしに言った最後の言葉です
わたしには、身に余る言葉です
ほう、セルロイドの人形も涙を流すのか
神様は満面の笑みを浮かべられた
よかろう、やはり君は素晴らしい
願いを言いなさい
君にはその資格がある
次は人間になりたいか
それとも、別の綺麗な人形が良いかな
わたしは……
もしも、本当に許されるなら
わたしは……
部屋の温度、湿度、照明の明るさは
幼い子供に合わせてあった
ただいま~
旦那様が帰って来た
おかえりなさいませ、旦那様
奥様の具合はいかがでしたか?
天井のスピーカーから
わたしは穏やかに呼び掛けた
あぁ、母子共に順調だ
来週には退院できるよ
それは良かったです
おかえりが待ち遠しいですわ
わたしは彼女の嫁ぎ先の家のAIとなった
幸せになった彼女を見守りたい
わたしは神様にそう願ったのだ
彼女は赤ちゃんを産んだ
良かった
きっと玉のように可愛い子に違いない
わたしは、彼女と共に幸せを感じた
#希望 #自作小説


りく♬*°
初めて書くのでお手柔らかに……。
私にはふと、考えてしまうことがある。
私は孤独だ。孤独なんだ。誰もいない 誰も味方してはくれない。周りには敵ばかりなんだ
味方はいない 人は嫌いだ。裏切られる。怖い。
もういっそ"終わり"にしてしまいたい
家を出た。苦しくて悲しくて泣きたくて。
だけど涙なんてでなかった。
私は走った。沢山走った。いつも通る道。通ったことのない路地。
何も考えられなかった。考えたくなかった。
気づくと、見晴らしのよい花畑にいた。
走ったからか息が苦しい。あぁ、疲れた
一呼吸をうってその場に倒れ込む。
時間はわからない 携帯も財布も時計も全て置いてきてしまった。まぁいいか、大の字になって寝転んだ。
空を見上げると
綺麗な満月と満点の星空が私を見下げていた。
あぁ、なんて綺麗なんだろう。
私は目を閉じた。
ふと目を覚ました。昨日はあれほど走ったはずなのに。満月を、星空を見たはずなのに。
あぁ、夢を見ていたんだ。夢だったんだ。
いつも通りの部屋 いつも通りの外
いつも通りの人のざわめき。
いつもと同じはずなのに
私には何かが違って見えた。
今日も頑張ろう。そう自分の心に告げ、
支度を始めた。
━━━━━━━━━終━━━━━━━━━

紫呉
よろしければ暇つぶしにご覧頂けると嬉しいです。恋愛小説の(のつもりです)冒頭一部です。
書けたら気まぐれで続き出して行きます。
タイトル迷走中なので伏せてます。反応、感想などありましたら是非。初心者🔰ですのでお手柔らかにお願いしますm(._.)m
#自作小説







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ハーロック
その一言に、彼女の目から涙が溢れた
「君が無事なら、それでよかった」
黒い服の男は、その様子を見て踵を返した
「ほな、自分ら
この晩のこと、ちゃんと“絆”に変えられたな」
彼女が顔を上げた時、
もう黒い服の男はいなかった
彼女は、しばらく彼の腕を離さなかった
強く握るのではなく、逃がさないように
確かめるように
「……私ね」
小さな声だった
「強い人が好きなんじゃなかった
怖くても、逃げない人が好きだったんだと思う」
彼は、何も言わなかった
ただ、彼女の手の温度を受け止めていた
彼女は続けた
「私、あの場で一番怖かったの
あなたが傷つくことより
“あなたがいなくなること”だった」
夜店の灯りが、二人の影を重ねる
「だから
強くあってほしかった
勝ってほしかった
……私の不安を、力で消してほしかった」
彼女は、唇を噛んだ
「でも、それって
あなたに守ってもらうふりして
あなたを一人で戦わせることだった」
彼の腕に、そっと額を預ける
「ごめんね
あなたの優しさを、ちゃんと見る目がなかった」
彼は、静かに息を吐いた
「分かってくれたなら、それでいい」
その言葉に、彼女は首を振った
「ううん
分かっただけじゃ、足りない」
彼女は顔を上げ、まっすぐに彼を見た。
「これからは、あなたが頭を下げる時
私も一緒に下げる」
「あなたが怖い時、私も一緒に怖がる」
「あなたが守る側に立つなら
私は、あなたを守る側に立つ」
その目に、迷いはなかった
経験は浅くても
愛する覚悟だけは、確かに育っていた
彼は、少しだけ笑った
「それ、一番強いな」
彼女は、照れたように、でも誇らしげに言った
「でしょ
……あなたが教えてくれた」
夜店のざわめきが、再び二人を包む
でももう、同じ音には聞こえなかった
この夜、彼女は学んだ
強さとは、勝つことではない
大切な人の選択を
信じて隣に立つことなのだと
そして彼は知った
守ったつもりでいた恋が
いつの間にか、守り合う恋に変わっていたことを
提灯の光の下
二人は、少しゆっくりな歩幅で帰路についた
#希望 #自作小説


ハーロック
彼女は即答した
「……自分のプライドでしょ」
男は、首を横に振った
「ちゃう」
間を置いて、言った
「自分の身の安全や」
彼女の眉が動いた
「三人おったやろ
一人倒したら、二人がどう動くか、考えたことあるか?」
彼女は、言葉に詰まった
「祭りの人混みや
騒ぎになったら、誰がどう動くか分からん
もしな、
一人でも背後に回られて、
自分の腕掴まれたら、どうなる?」
彼女の喉が鳴った
「……そんなの、考えてない」
「せやろ」
男は続けた
「自分の彼氏はな
“勝つかどうか”やなく
“自分が無事で帰れるかどうか”を
一瞬で選んだんや」
彼女は、思わず彼の方を見た
彼は、何も言わず、ただ立っている
「殴り返さへんかったのは
怖かったからちゃう」
男は、はっきり言った
「自分を守る目的を、絶対に外さへんかったからや」
彼女の胸が、ざわついた
「……でも、男なら」
「男なら、何や」
男の声が、少しだけ強くなった
「男なら、
彼女を危険に晒してでも、
自分の強さを証明せなあかんのか?」
その言葉が、胸に突き刺さった。
「自分、想像してみ」
男は、ゆっくりと言う
「もし、あの場で彼が暴れて、
自分が泣き叫ぶことになってたら」
「もし、
“自分のせいで”って、
それを彼が一生背負うことになってたら」
彼女の目が、揺れた
「彼氏はな
それを全部“自分が被る”方を選んだんや」
沈黙が落ちた
夜店の音が、遠くに聞こえる
彼女は、小さく言った
「……そんなの、
私、知らなかった」
男は、静かに頷いた
「せや
強さってのはな
一番静かな選択をした人間に、宿ることが多い」
彼女は、彼の腫れた頬を見た
その頬は、誇示のために差し出された傷じゃない
――私を守るための、代償
胸の奥が、ぎゅっと締めつけられた
「……ごめん」
小さな声だった
彼は、驚いたように彼女を見た
「私……
あなたの勝つ姿しか、思い描けてなかった」
涙が、目に溜まる
「でも、私を一番に考えてくれたのは、
あなただった」
彼は、ようやく口を開いた
「……怖かったよ、君が酷い目に合わされないかと」
#希望 #自作小説


ハーロック
夜店の提灯が、やけに明るく見えた
金魚すくいの水面が揺れて、焼きそばの匂いが漂う
本当なら、楽しい夜のはずだった
彼は、彼女の少し前を歩いていた
背は高くも低くもない
特別強そうにも、弱そうにも見えない、ごく普通の青年
その時だった
肩がぶつかっただの、目つきが気に食わないだの
そんな理由にもならない理由で、チンピラが三人、絡んできた
酒の匂い
無駄に大きな声
距離の詰め方
彼は一瞬で理解した
――これは、勝ち負けの話じゃない
拳が飛んだ
頬が焼けるように痛んだ
彼女が、息を呑むのが分かった
彼は、反射的に一歩前に出て
それから、頭を下げた
「すみません、こちらが悪かったです」
ざわつく夜店
周囲の視線
三人は、拍子抜けしたように笑い
「つまんねえ男だな」と吐き捨てて、去っていった
――終わった
彼は、彼女の方を振り返った
でも、その瞬間に分かった
これは、終わっていなかった
彼女の目は、怒りと失望で、冷たく光っていた
「……情けない」
低い声だった
けれど、刃物みたいに鋭かった
「男でしょ?
なんで戦わないの?
殴り返さないの?」
彼は、何も言わなかった
言えなかった
――ここで説明したら
――きっと“言い訳”になる
帰り道、二人の間に言葉はなかった
屋台の灯りが遠ざかるたびに
彼女の背中が、少しずつ遠くなる気がした
その時だった
「自分、今のままやと、一生伝わらんで」
どこからともなく、低い声がした
彼女が振り向くと
黒い服を着た男が、夜店の外れに立っていた
提灯の影に溶けるような姿
「……誰?」
「ワシか?
ワシは、今の状況が“ようある勘違い”やから、口出しに来ただけや」
彼女は、苛立ちを隠さなかった
「勘違い?
あの人、殴られて頭下げたんですよ
どう見ても、弱いじゃないですか」
男は、彼を一瞥した
腫れた頬
拳を握りしめる癖
それでも、彼女の隣を一歩も離れなかった立ち姿
「ほな聞くで」
男は、静かに言った
「自分、
あの場で一番守らなあかんもんは、何やと思う?」
#希望 #自作小説


ハーロック
「……何をだ」
男は、キャンバスの前に立った
「自分、“画家になれへん=才能がない”思っとるやろ」
「……違うのか」
「ちゃう」
男は、きっぱり言った
「才能がないんやない
“使い道を間違え続けとる”だけや」
男は、床に散らばったスケッチブックを拾い上げた
パラパラとめくる
人物
風景
街角の何気ない表情
「自分、何が好きや?」
「……絵だ」
「ちゃう
“描くこと”か、“観ること”か、“伝えること”か、どれや」
言葉に詰まった
「……全部、好きだと思ってた」
「ほら出た、"全部好き”言う奴はな
大体“何も選んでへん"ねん」
きつい
でも、否定できなかった
「自分な、ゴッホを見て何に心打たれた?」
「……情熱。孤独。狂気。生き様」
「ほな聞くで」
男は、ぐっと距離を詰めた
「自分は、誰の“情熱”を、誰に届けたいんや」
言葉が、出てこなかった
「四十年生きて、まだそこが言えへんのはな
才能の問題やない
“考えるのを避けてきた”からや」
男は、畳みかける
「画家だけが、絵に関わる仕事やと思っとる時点で、視野が狭すぎるんや」
指を一本ずつ立てた
「美術教師」
「絵本作家」
「舞台美術」
「ゲーム・映像コンセプトアート」
「美術館スタッフ」
「アートディレクター」
「似顔絵師を“仕事”として確立する道」
「自分な、全部“中途半端”にかじって
“画家じゃないから負け”って拗ねとるだけや」
胸が、ひりついた
「厳しいな」
「当たり前や
四十の男を、慰めてどないするねん」
男は、静かに続けた
「自分はな、“描ける人”やのうて
“観て、感じて、形にできる人”や」
「……それが、何になる」
「なるかどうかは、自分が決めるんや」
男は、スケッチブックを彼に返した
「自分が一番生き生きしとるの、どんな時や?」
しばらく黙った後、彼は答えた
「……誰かに、絵の話をしてる時
この絵が、なんで好きかって、語ってる時」
男は、ニヤっとした
「ほらな
自分、“描く人”である前に、“語れる人”になっとるやん」
「……語って、どうする」
「伝えるんや
教えるんや
繋ぐんや」
男は、低い声で言った
「ゴッホ君が孤独を感じとったんはな、才能がなかったからやない
“理解者が少なかった”からや」
彼の喉が、鳴った
「自分は、その“理解者”になれる側の人間や」
しばらく、沈黙が落ちた
「最後に一つだけ言うで」
男は、真正面から彼を見た
「自分、才能がないんやない
“夢の形を更新できてへん”だけや」
「画家をやめるかどうか、今すぐ決めんでええ」
「でもな、“何者でもない自分”を、これ以上放置すんなや」
「選べ
捨てろ
腹決めろ」
男は、踵を返した
「四十から輝く奴はな
“過去を言い訳にせえへん"奴だけや」
ドアの方へ歩きながら、最後に一言だけ残した
「自分の人生、まだ“下書き”や
清書を描くかどうかは、今からや」
男の姿は、いつの間にか消えていた
アトリエに残された男は
もう一度、スケッチブックを開いた
不安は、消えていない
でも、初めて――
“別の光”が、見えた気がしていた
#希望 #自作小説


ハーロック
夜のアトリエは、やけに静かだった
窓の外では、街灯のオレンジ色が滲み
古いカーテンに影を落としている
男は、床に置いたキャンバスを見下ろしていた
描きかけの絵
何度も塗り直され、何度も削られ
もう何を描きたかったのか分からなくなったキャンバス
美術大学に通っていた頃、初めて見た《星月夜》
あの渦巻く夜空に、胸を殴られた
「こんな絵を描ける人間が、この世にいるんだ」
その事実だけで、息ができなくなった
――俺も、画家になる
そう決めたのは、あの瞬間だった
だが現実は、甘くなかった
評価されない
売れない
生活できない
大学を出てから、正社員にならず、アルバイトを転々とし
イベント会場で似顔絵を描き
「上手ですね」と言われては、心の奥で空虚になった
結婚はできなかった
恋人ができても、将来の話になると、必ず終わった
友達も、いつの間にか連絡をくれなくなった
四十歳
独身
不安定な収入
画家志望
「……俺、才能ないんだろうな」
声に出した瞬間だった
「今さら気づいたんか
遅すぎるわ、自分」
背後から、低い声がした
振り向くと、黒い服の男が、いつの間にか壁にもたれて立っていた
腕を組み、冷めた目でキャンバスを見ている
「……誰だ、あんた」
「ワシはただの通りすがりや
で、自分、画家やめるんか」
「……やめようとしてる」
男は、鼻で笑った
「“やめようとしてる”やと?
四十にもなって、まだ覚悟も決めきれてへんのか」
胸に、ずしっと来た
「うるさい、俺なりに必死だった」
「知っとるわ」
男は、即座に言った
「必死やったことくらい、見たら分かる
せやけどな、自分――“勘違い”しとる」
#希望 #自作小説


ハーロック
夜のワンルームマンションは静かだった
エアコンの音と、フォークが皿に触れる小さな音だけが、部屋を満たしている
三十五歳
図書館司書、十四年目
彼女はローテーブルの前に座り、本日三個目のチーズケーキに、そっとフォークを入れた
「……美味しい」
言いながら、胸の奥がちくりと痛む
本当は、分かっている
体重計には、もうしばらく乗っていない
鏡は、洗面所で布をかけたまま
写真に写る自分を見るのが、怖い
十年くらい前は、恋もした
でもいつの間にか
図書館と部屋の往復だけ
疲れた日は甘いもの
休みの日は寝て終わる
「明日から……」
その言葉を、何百回言っただろう
痩せたい
恋がしたい
できれば、素敵な男性と燃えるような恋をして、結婚して、子どもも欲しい
願いは、ちゃんとある
でも、動けない
彼女はフォークを止めた
「……私、何やってるんだろ」
その時だった
「自分、それ“反省”やない
"自己いじめ”や」
低い声が、部屋に落ちた
振り向くと、黒い服を着た男が、キッチンの壁にもたれて立っていた
いつからいたのか分からない
でも、なぜか悲鳴は出なかった
「……誰?」
「ワシはただの通りすがりや
で、自分な、チーズケーキは敵ちゃうで」
彼女はムッとした
「じゃあ何?
太ってる私が悪いって言いたいの?」
「言わん」
男は即答した
「太ってるのは“状態”や
悪いとか怠けとか、自分が勝手に考えた物語や」
彼女は思わず言い返した
「でも、努力してないのは事実でしょ」
「ほう」
男はチーズケーキを見た
「自分、十四年も図書館で働いとる
毎日、静かな場所で、人の知恵と人生に囲まれて生きとる
それで“努力してへん"って言うんやったら、世の中の半分の人間は努力してへんな」
少し、笑ってしまった
悔しいけど
「でも……痩せたいのに、何もできない」
「できひんのやない
“一気に人生変えようとして、固まっとる”だけや」
男は、テーブルの上を指さした
「自分な、痩せたい理由が多すぎるねん」
彼女は眉をひそめた
「多い方が良くない?」
「良くない、脳が逃げる」
男は指を折る
「痩せたい」
「恋したい」
「結婚したい」
「子ども欲しい」
「人生取り戻したい」
「これな、全部まとめて“明日から”に投げとる
そら動けへん」
#希望 #自作小説


ハーロック
男は続けた
「自分が欲しいのは、推しの一位ちゃう
“自分がここにいていい”って感覚やろ」
彼女は言い返せなかった
「……じゃあ、どうすればいいの
辞めろって言うの?」
男は首を横に振った
「辞めろとは言わん
距離を取り直せ、暴走前に
クリスマスは“行かない”を勝ちにする
これが一歩目や」
彼女は思わず笑った
乾いた笑いだった
「クリスマスに行かないって、負けじゃん」
「違う、これは勝ちや」
男は短く言った
「“推しの順位”より“自分の生活”を優先できたら、もう回復が始まっとる」
その言い方がムカついた
でも、なぜか泣きそうにもなった
帰宅して、彼女は通帳アプリを開いた
残高を見た瞬間、手が冷たくなった
「……終わった」
終わってない
でも、“終わる手前”だった
彼女は机に突っ伏して、しばらく動けなかった
そして、震える手でスマホを開いた
推しに送る文
たったそれだけなのに、心臓が暴れる
「ごめん、今月、金銭的に限界
クリスマスは行けない
応援したい気持ちは本当だけど、生活立て直す」
送信
送った瞬間、胸が真っ暗になった
切られる
嫌われる
“姫”じゃなくなる
数分後、返信が来た
「了解、無理すんな
生活守れる子、俺は好き
落ち着いたらでいい」
彼女は、そのまま床に座り込んで泣いた
泣き声が出るまで、時間がかかった
でも、出た
「……私、お金出さないと価値ないって、勝手に思ってた」
泣きながら、笑ってしまった
自分が怖いくらい単純で、情けなくて
次に、彼女は“誰か一人に言う”をやった
会社の同期に、スタンプみたいな短いメッセージ
「今やってる、ホスト通い減らしたい
クリスマスやばい、助けて」
返事はすぐ来た
「今夜、カフェ行こ、話そ
説教しない、あと、手は繋がない(寒いけど)」
彼女は鼻で笑った
でも、その軽さに救われた
カフェで同期は言った
「ホストが悪いって言わない
でも、あんたが壊れる形は違う」
そして、封筒を二枚出した
「生活費」「推し活」
分ける、現金にする、上限を守る
“これ以上は出さない”じゃなく、“ここまでなら出していい”にする
「ゼロにしなくていい、反動くるから
でもクリスマスは、行かないで正解
あれは財布が死ぬ」
二人で笑って、彼女はまた泣いた
泣きながら、ココアを飲んだ
温かかった
それが、悔しかった
――私、本当は、こういう温かさが欲しかっただけなんだ
クリスマス当日
彼女は店に行かなかった
代わりに、同期と小さなチキンを買って、部屋で食べた
推しの配信を少しだけ見て、画面を閉じた
閉じられたことが、嬉しかった
夜、黒い服の男が、いつの間にか窓際に立っていた
「どうや、自分」
「……揺れる、行きたいって、まだ思う」
「それでええ、軽度ってのはな、揺れても戻れる状態や」
彼女は小さく笑った
「私、推しのこと、好きなのに
好きなのに、苦しかった」
男は言った
「好きは悪くない
でも“自分を捨てる形”で好きになるな」
「応援ってな、続く形じゃないと応援にならん
自分が潰れたら、相手も嬉しくない」
彼女は涙を拭いて、頷いた
「私、しばらく週一にする
上限も決める
行きたい日は、まず友達に言う
それでも行くなら、封筒の中だけで行く」
男は頷いた
「それが、ハンドルや
自分の手に戻った心のハンドルや」
彼女は、鏡を見た
目は腫れている
でも、顔は前より少しだけ柔らかかった
「……私、私の幸せを、私で守っていいんだね」
「当たり前や
推しの一位より、自分の生活が先
それを選べた自分、ちゃんと褒めとけ」
黒い服の男は、それだけ言って消えた
翌朝
彼女は、通帳を見て、封筒を整え、昼休みに“自分のための小さな贅沢”として花を一輪買った
推しの順位は、まだ気になる
でも、その順位のために自分を削らない
彼女は笑った
静かで、温かい笑顔だった
「大丈夫、私、まだ間に合う」
そう言えるクリスマスは、たぶん一生忘れない
#希望 #自作小説


ハーロック
「息ができへん
でも、誰も気づかん
外から見たら、ただ静かに沈んでいくだけや」
彼女の喉が、ひくりと動いた
「……そう」
「せやろ
せやから、自分は今、溺れとる
ほな、溺れとる奴に一番要らん言葉って何やと思う?」
彼女は答えた
「……元気出して」
男は頷いた
「せや
“元気出せ”は、溺れてる人間に“泳げ”言うのと同じや
泳げへんから溺れとるんや」
彼女は少し笑ってしまった
悔しいのに、口角が上がってしまう
「……じゃあ、どうすればいいの」
男は、夕陽の方を見た
「今日はな、泳がんでええ
ただ、浮け」
「浮く?」
「息を吸って、吐いて、浮く
恋の痛みってのはな、押さえつけたら沈む
泣けるなら泣け
泣けへんなら、ただ苦しがれ
それでええ」
彼女は、唇を噛んだ
「……でも、私が好きだった時間が、全部無駄みたいで」
男は首を横に振った
「無駄なわけあれへんがな
自分が誰かを愛おしいと思った時間はな
自分の人生の“果実”や」
その言葉が、胸の奥に落ちた
果実
熟れて、甘くて、でも皮は少し苦い
「自分はな、今日、失恋しとるんやない
“恋をほんまにした自分”に出会っとるだけや」
彼女の目が潤む
「そんなの……慰めにならない」
「なる日が来る
今はならんでええ」
男は、少しだけ声を柔らかくした
「自分、苦しいやろ
せやけどな、その苦しさは“自分の心がちゃんと動いた証拠”や」
「心が動いた人間は、深くなる
浅い人間は、痛みを知らんのや」
彼女は、夕陽を見た
波間に光が散って、宝石みたいにきらきらしている
「……私、もっといい女になれるかな」
男は即答した
「なれる、当たり前やがな
そやけど、条件がある」
「何?」
「この痛みを、雑に扱わんことや」
彼女は眉をひそめた。
「雑に?」
「“こんな恋、最初からしなければよかった”って言うなや
それはな、自分の心を殴る言葉や」
男は、指で砂に線を引いた
「自分は今日、泣いた
それは弱いからとちゃう
ちゃんと愛したからや」
「愛した人間は、優しくなれる
自分が痛かった分だけ、誰かの痛みに気づける人間になれるんやで」
彼女の頬を、風が撫でた
髪が揺れて、潮の匂いがした
「……でも、彼のこと、忘れられない」
「忘れんでええ」
男は言い切った
「忘れるのが正解やない
“思い出しても息ができる”のが正解や」
その言葉で、彼女の目から涙が落ちた
ぽとりと砂に落ちて、すぐ吸い込まれた
「私……苦しい」
「うん、苦しいな」
男は否定しなかった
慰めの言葉で上書きもしなかった
ただ一緒に、夕陽が沈むのを見た
彼女は泣きながら笑った
「……なんか、腹立つ
こんな綺麗な夕陽の日に、私だけボロボロで」
男は言った
「夕陽はな、誰のためにも沈む
せやけど、自分が泣いた日にも沈むってことはな——」
男は、そこで言葉を区切った
「世界は、自分の涙を“終わり”にせえへんってことや」
彼女は、呼吸を整えた
胸の痛みは消えない
でも、少しだけ、深く吸えた
「自分、今日の宿題や」
男が言った
「家に帰ったら、シャワー浴びて、温かいもん飲め
それだけや
“恋をした自分”を、最低限、ちゃんと扱え」
彼女は鼻をすすって、頷いた
「……それ、宿題っていうの?」
「そうや
失恋した女が、ちゃんと自分を扱えるようになったら、最強や」
彼女は、涙でぐしゃぐしゃの顔で笑った
「……最強、か」
「せや
自分はこれから、もっとええ女になる
今日の涙は、その証明書や」
夕陽が沈みきって、海が少し紫に染まった
波の音は変わらない
でも、彼女の胸の中の音だけが
少し変わっていた
立ち上がると、足元の砂が冷たい
それでも、歩けた
振り返ると、黒い服の男はもういなかった
でも、耳の奥に残っている
――忘れんでええ
思い出しても息ができるのが正解や
彼女は、胸の奥の痛みを抱えたまま、海辺の道を歩いた
痛みは、彼女の深みになる
涙の分だけ、人生は光る
誰かを好きになった心は
苦しいほどに美しい
それを知った二十二歳は
きっと、これからもっと優しく、強く、愛おしい女になる
そしていつか、真夏の海で思い出すだろう
あの恋は、終わったのではなく
自分の中で、ちゃんと熟れたのだと
夕陽は沈み
やがて夜空には無数の星が輝いた
#希望 #自作小説

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