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楓

関裕二監修のこの一冊
遺跡や神社の写真が中心で
願ったりの買い物やった[ほっとする]
遺跡巡りをした感じになる👍🏻

#吉備の国
(吉備はヤマトの立役者と遺跡は語る)

ヤマト建国前後の#古代史
実に面白い。。。
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アメジスト

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こんばんは
読書記録です

新・古代史
グローバルヒストリーで迫る
邪馬台国、ヤマト王権
NHKスペシャル取材班
NHK出版新書

NHKらしい公明正大で中立的な立場から、様々な学説を紹介している内容となっています
箸墓古墳や通称仁徳天皇陵、通称応神天皇陵などの古墳の発掘調査が今後更に進展していくことが楽しみに感じました
古墳は宮内庁が管理していて、発掘調査は厳しく制限されていることに時代錯誤感を感じました
現在の王家のルーツはどんなに遡っても継体までだと思われますので、いわゆる倭の五王と呼ばれる初期倭王権とは血統的なつながりはないと思います
なので、古墳を宮内庁の管理にする必要はないと思います

3世紀には東海から東北にかけては前方後方墳が多く、西日本の前方後円墳勢力とは敵対関係にあった
4世紀以降は、東日本でも急激に前方後円墳が増えて、西日本からの勢力圏に飲み込まれた
前方後円墳は水路や土手の版築を出来る技術があり、その技術が広がった
継体の時代に磐井の乱が起き、その後、倭王権による地方支配が強まり、時代の画期となった

卑弥呼が親魏倭王に封ぜられたのは三国志の歴史と非常に密接な関係にあるという学説は興味深かったです
魏が呉や蜀を挟み撃ちにするために、大月氏や倭国と冊封体制を結んだそうです
倭の五王の時代は倭国は鉄資源の入手を百済に依存していたため、高句麗を牽制するために、宋との関係を重視していたそうです

吉野ヶ里遺跡は無慈悲な開発重視の佐賀県の方針で工業団地が造成される計画であったのが、平成元年2/23に朝日新聞が遺跡の重要性をアピールする報道をしたことで、世論の吉野ヶ里フィーバーが起きて、無慈悲な佐賀県知事をして、工業団地計画を白紙撤回させました

韓国南西部では前方後円墳がたくさん見つかっており、韓国南西部から九州を経て畿内に至るまで、政治的経済的文化的に一体感のある文明圏が築かれていたのかもしれませんね

ひとつ気になったのは、倭王権は「わおうけん」であって、ヤマト王権と呼ぶのはおかしいと思います
どこに対する忖度なんですかね
#読書
#読書感想文
#NHK
#古代史
#極東
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く

がんばって読み切るぞ👍
#関裕二 #古代史
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アメジスト

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こんばんは。
読書記録です。

倭の五王
王位継承と五世紀の東アジア
河内春人 著
中公新書

ちょうど5世紀頃の倭の歴史について知りたかったので、勉強になりました。

当時の倭は朝鮮半島情勢に武力介入しており、想像以上に蛮族をしていたんだなと驚きました。
朝鮮半島南部からの鉄の供給に依存していたため、朝鮮半島情勢は倭にとって死活問題だったようです。

当時の倭は、古市古墳群をつくった王家と、百舌鳥古墳群をつくった王家と、継体大王を輩出した北陸系の王家と、三つの王家があって天下を持ち回りしていたという考察はなるほどなと思いました。
p225で述べられている、倭の五王の最後を飾る武が中国に遣使を行わなくなった5世紀後半から継体大王が登場する6世紀の初頭にかけては、倭国内は政治的に混乱していた可能性が高いという考察はなるほどなと思いました。
継体大王の登場は王朝の交代が行われていて、それに伴ってかなり混乱したという解釈が妥当なように思います。
p228によると
5世紀の倭の五王は、倭姓を名乗る王権が無姓の人々を治めていた。
6世紀の大王の王権は、姓を持たない王権が、豪族以下民衆にいたるまで姓を授けて、その上に君臨していた。
継体大王の時に、王朝交代劇が行なわれたのは明らかだと思います。
本書の冒頭で紹介されている七支刀が天皇家に伝えられていないことからも、倭の五王の王権とのちの天皇家は全く別の王権と解釈したほうがよさそうです。

5世紀の倭の歴史をより深く知るには、誉田御廟山古墳や大仙陵古墳を発掘調査する必要があるなと感じました。
天皇家の祖先ではない墓を祖先の墓だと言い張る宮内庁は非科学的な体質があるように感じます。
#読書
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#古代史
#倭国
#倭王権
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アメジスト

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こんばんは。
読書しました。

日本の古代とは何か
最新研究でわかった
奈良時代と平安時代の実像
有富純也 編
光文社新書

1970年代、80年代、90年代生まれの新進気鋭の古代史の研究者による先行研究から最近の学説まで論考した論文集というスタイルとなっています。
第一章では、奈良時代は天皇が政治的権力を保持していたと考えられがちだが、実際には太上天皇や皇太子との間で王家の内部でも権力構造が多極的で、奈良時代は政変が多かったのは、それが1つの原因になっていたと考えられるそうです。
第二章において、藤原氏による摂関政治は天皇に代わって権力者として君臨していたと考えられがちだが、実際には天皇の地位はさほど低下はしておらず、藤原氏は唯一の権力者だったわけではなかったそうです。
関白による内覧は、太政官からの奏上を却下、また天皇からの太政官への詔勅の宣下を拒否できる絶大な権限を持っていたとされますが、関白を活用するかどうかは天皇次第であり、天皇との関係次第なところがあるようです。
第三章においては群司、第四章においては国司について論じられており、昔の教科書の定説を覆す、最近の学説を交えて考察されています。
#読書
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#歴史
#古代史
#最新の学説
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アメジスト

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こんにちは。
読書しました。

ローマ帝国の誕生
宮嵜麻子 著
講談社現代新書

平民であるローマ市民やヒスパニアの先住民やカルタゴなど、支配される側や滅ぼされる側から描かれたローマ帝国建国史となっています。
属州に対して想像以上に苛烈なことをやって帝国が成立していく過程、帝国が拡大していく中で、逆に貧しくなっていく平民のローマ市民など、下々の人間にとってはたまったものではない時代だったということを改めて認識しました。
カエサルからオクタウィアヌスにかけての内乱の時代も多くの元老院議員が殺されており、血で血を洗う抗争の中で帝国が成立していったんだなというのがよくわかりました。
#読書
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#ローマ帝国
#古代史
#支配される側からみた歴史
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アメジスト

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こんばんは。
読書しました。

国(くにのみやつこ)造
-大和政権と地方豪族
篠川賢 著
中公新書

古代史は資料的制約もあり、難解だなと感じますが、個人的には第一章の磐井の乱の経緯と継体天皇の即位事情、第5章の国造の後裔についてが、特に興味深かったです。
継体天皇は近江あたりを出身地とする地方豪族で、地方から大和に入って即位した新王朝の創設者であったから、勢力基盤を整えるために国造制を整備したという説に説得力を感じます。
国造制によって勢力を削られる危機感を抱いた磐井が反乱を起こしたという説はつじつまが合うように感じますが、朝鮮半島情勢がどのように絡んでいたかどうかについては断言できる状況にはないように感じます。
磐井の乱の発生は、大和政権の地方支配は、地方豪族の協力があって、はじめて可能であったことを示していて、そのための制度として、地方豪族をクニを単位とした地方官に任じる国造制を整備したと言えることが分かりました。
第5章において、出雲国造の後裔は出雲大社の神職となり、紀伊国造の後裔は日前神宮・国懸神宮の神職になると述べられているのが興味深かったです。
伝統と格式がある家柄だからこそ、祭祀権を継承するようになったのでしょうか。
#読書
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#古代史
#大和政権
#豪族
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こうじ

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1日休日で、午後時間が空いたので作りました。
図にすることで頭に入りますね。

#古代史#古墳#環濠集落
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ユースウルフ

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さぁて読むかあー

…謎にいどむぞー

#神社 #歴史 #古代史 #縄文時代
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アメジスト

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こんにちは。
読書しました。

古墳とはなにか
認知考古学からみる古代
松木武彦 著
角川ソフィア文庫

本書のタイトルは「古墳とはなにか」ですが、本書を読んでむしろ古墳とはなにかの謎が深まってしまいました。
古墳は謎が大きい、奥が深い存在です。
大型の前方後円墳が、3世紀後半から4世紀にかけてつくられたものは、奈良盆地南東部に集中している一方で、4世紀後半になると周辺の地方でもつくられるようになるというのは、従来の説である列島各地の首長同士の間に秩序や連合が形成されて発展したという説明で納得がいくと思います。
なぜ大型の古墳は畿内が中心なのは、なかなかの難問だと思います。
3世紀頃にはじめて鉄器をつくる技術が入ってきたのは九州のはずですからね。
やたら大型なのも首長を神格化させる必要性があったということでなにがそうさせたのか。
畿内のほうが交易で発展したこと、気候の変化を引き金とした社会不安の中で宗教的な要素が求められたということを著者はカギになると述べています。
畿内の巨大古墳は古代の大王陵にされているものが多いですが、実は5世紀までは「大王」というのは存在せず、複数の有力な首長家があり、天下は持ち回りの時代だったからこそ、秩序を示すために古墳が巨大化したという仮説が魅力的に感じます。
#読書
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