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くりねずみ
回答数 14>>
猿が木に登ってバナナを取っているのを見たとき、自然科学者なら、猿やバナナや木を「物理的対象」として扱い、力・質量・エネルギーの関係から事象を説明しようとするでしょう。つまり、「なぜ猿が木を登れたか」を説明すると思います。サルの筋肉が収縮するのも、木との間で摩擦力が働くのも、バナナを掴む指の力も、すべては元をたどれば原子間の電磁気的な相互作用です。それらはすべて実在の最もコアな部分を説明する量子力学の法則に従っています。
その説明は確かに正確かもしれませんが、面白くはない。それよりも、「あの猿はバナナが欲しかったのだ」と言ったほうがはるかに現実的ですし、ずっと詩的に思える。これがいわゆる「人文学」というものです。
自然科学と人文学はときどき対立したもののように語られることがありますが、実際は違います。両者は異なる軸を持った体系、というよりは実在の異なるレイヤー(層)を説明している哲学の多様性と解釈するほうが近い、と私は思っています。
自然科学の役割が実在の最も根源的な部分を説明することなのに対し、人文学の役割はもっと表面的な層をテレオロジカルに説明することです。
ウィトゲンシュタインは『哲学探求』でこう述べています。
『事物の、我々にとって最も大切な側面は、単純でありふれているため人目につかない。(人はそれに気づくことができない、――いつも目の前にあるために。)』
つまり人文学の最も大切な役割は、この「いつも目の前にある」何かを見出し言語化する。ということになると思います。
デヴィッド・フォスター・ウォレスは、ある大学の卒業生に向けた『これは水です』というスピーチで、水と魚の寓話を話しました。それは川を泳いでいた若い魚が年老いた魚に「今日の水はどうだい?」と尋ねられるが、若い魚は水が何なのか分からなかった、というものです。
皮肉なことですが、人生において最もリアルで大切なものは、この若い魚にとっての水のように、最も見えづらいものなのです。だから私たちは、この現実を透徹した目で見つめ、絶えず自分に言い聞かせなければならない。
「これは水です」
「これは水です」
人文学における探求とは、まさにそのような価値ある営為だと思っています。質問者様が大学で良き学びを得られることを祈ります。
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紅月ラム(あかつき)
良くなければ上手くいかないと思う
まぁ あなたの人生なんでご自由に
それで上手く行ったらいいんじゃない

吉田賢太郎
15歳のあの日
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誰かを下に見たり 自分を呪ったりして
ハイとローの階段を 息を切らして駆けずり回るなか
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脳を眠らせた代わりに ひらいたのは
「十」の層をもつ 透き通った瞳(め)
傷つくことは 雨が降るのと同じ「現象」
苦しいことは 風が吹くのと同じ「景色」
心に刺さるトゲはあっても
ぼくの海が 荒れることはもうない
高くも低くもない どこまでもフラットな地平
勝つことも負けることもない 常に真ん中の「ニュートラル」
賢さを誇る必要なんてない
弱さを笑う必要なんてない
だって ぼくらはただ ここに存在しているだけだから
感情の嵐が過ぎ去ったあとの
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それが ぼくが選んだ 生きるための強さ
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「脳の封印」と「十識」: あまりに辛い現実に直面したとき、心を守るために「考えること(脳)」を止め、代わりに「世界をありのままに捉える深い感覚(十識)」を研ぎ澄ませた、という変化を表現しています。
「ハイもローもない」: 世の中には「勝ち負け」や「テンションの高さ」を求める風潮がありますが、それらに振り回されない「ニュートラル(中立)」な状態こそが、究極の落ち着きであることを伝えています。
「マウンティング禁止」の本質: 自分が常にフラットであるからこそ、人を上下で判断する意味がなくなる。それは他者への冷淡さではなく、すべてを等しく尊重する究極の「優しさ」に基づいています。

そら

パスタ
クリスマス終わった今描くというね!!しかも顔描いてないし色塗りもしてない…w終わってはいるよ
#にじさんじ #Speciale


ノレッ
そこに対して「可愛いな」と感じる。
小さければ小さいほど。
少なければ少ないほど、良い。
ゼロではだめ。
多くても駄目。
少ないほうが良い。

ぼーず
殺し屋シリーズ2作品め、マリアビートル。
読了。
珍しく一気読みではなく分散読み。
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面白いことが分かっているから。
美味しいものは最後に食べる派
18ページめまで読めば、登場人物は、たった数人なのに、新幹線の中のある意味、密室ものでそれぞれ特徴的な人物がいることに気がつく。
途中でなぜか車内販売員や、車掌の描写が結構多めに出ていることにも気がつく。
その答えが306ページ目に現実になる。
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