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チェンタイラン
回答数 29>>
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たまかしわ〜

しゅう
「キリスト教」について
内容をよく知らない人が多い件
にもかかわらず
「キリスト教」と関係する
「クリスマス」などは よく知る人が多い件
でも「クリスマス」が 一体
「キリスト教では どのような背景があるか」
詳しく知る人が少ない件
これは「海外」からすると
『日本人は 内容を理解しないけど
何かを浸透させれば それに応じる人々」
「コントロールしやすい人」
その様に思われていると思うお話
「ハロウィン」についても
良く知らない人も多いし
「節分 恵方巻き」も良く知らない人が多い件
要するに
「何か良く知らないけど
みんながやり始めたから まねしよう」
そういう感覚が 日本人は多いと思うお話

きゃべつ
さすが韓国って感じ()

レタス🥦
なっつん
みずから近づいていった人も、NHKがどうのこうのって党首が言ってる時点で暴力的な人間だと見抜けなかったのだろうか。

さ丸
──それなら、豆科でよくなかったか
よく言われる説明がある。
「人口が増えたから、イネや麦のような大量生産できる作物が必要だった」
一見、もっともらしい。
でも、ここで素朴な疑問が残る。
だったら、豆科でよくなかったか?
大豆、レンズ豆、ひよこ豆。
豆は高栄養で、土を肥やし、やせ地でも育つ。
人口を養う能力だけ見れば、豆科でも十分に成立する。
それでも人類は、
文明の中心にイネ科を据えた。
なぜか。
⸻
答えは「人口」ではなく「管理」にある
イネ科が選ばれた理由は、
人を養うのに向いていたから、ではない。
人をまとめ、管理し、支配するのに向いていたからだ。
イネ科は
・収穫期が一斉に来る
・乾燥保存ができる
・倉庫に集積できる
つまり、
余剰を中央で把握でき、
税として取り立てられる。
水利や灌漑と結びつき、
土地は区画され、
「所有」と「境界」が生まれる。
集団労働と時間管理が必要になり、
自然にヒエラルキーができる。
国家にとって、
これほど都合のいい作物はない。
⸻
豆科が文明の中心にならなかった理由
豆科は違う。
・少量ずつ、断続的に実る
・各家庭で消費されやすい
・やせ地でも育つ
・土と共生する
これは
分散型で、自律的で、
中央集権に向かない。
豆科文明は
人を生かすことはできても、
人を一括で管理することが難しい。
だから選ばれなかった。
⸻
順番は、こうだったのかもしれない
人口が増えたからイネ科を選んだ、ではない。
イネ科を選んだから、
国家・階級・支配の構造が生まれ、
その結果として人口が増えた。
順番は、逆だった可能性がある。
⸻
だから、この問いは大事だ
「だったら豆科でよくない?」
これは単なる農業の話じゃない。
文明の前提そのものを問い直す視点だ。
効率と管理を選ぶ文明か。
循環と共鳴を選ぶ文明か。
左脳的な秩序を続けるのか。
右脳的な感性を取り戻すのか。
その分かれ目は、
遠い過去ではなく、
いまの私たちの選択にあるのかもしれない。

十色茜🥁 💋ෆ̈𓈒𓏸
どうなってるんですか?ほんとに
皆様もお気をつけて?!
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とみお
撮影お疲れさまでした
ピラティスいってらっしゃい
リフレッシュして来てね

ひげし

キセノ

ルチ

かるて

あお茶

あーり

ポン酢
#lovefighters

みいさ

みり
ILLQUMの特徴は何?
ILLQUMの特徴について説明しますね。
定義: ILLQUMは、特定の文化やコミュニティにおいて使われる言葉や概念で、特にその背景や文脈に依存しています。
使用される場面: ILLQUMは、主に特定の儀式やイベント、または特定の社会的な状況で使われることが多いです。これにより、参加者同士の結びつきや共感を深める役割を果たします。
文化的意義: この言葉は、特定の文化や伝統に根ざしており、その文化の価値観や信念を反映しています。したがって、ILLQUMを理解することは、その文化を理解することにもつながります。
表現方法: ILLQUMは、しばしば詩的な表現や象徴的な意味を持つことがあり、言葉の使い方によって感情やメッセージを強調することができます。
このように、ILLQUMは単なる言葉以上のものであり、文化的な背景やコミュニティのつながりを深める重要な要素です。興味があれば、さらに詳しく調べてみると面白いかもしれません!
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