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なお
こんにちは、石川尚寛です。
最近、夜遅くまで机に向かっていたとき、ふと窓の外を見たら、街の灯りがすっかり消えていて、真っ暗な空気だけが広がっていました。音もなく、ただ静けさだけが残るその時間に、不思議と安心感と少しの不安が同時に訪れました。何も形がなく、ただ「空っぽ」な時間。けれど、その空っぽさが次の朝の始まりを準備しているようにも感じられました。そんな体験から、創世記のある一節に心が向きました。
創世記1章2節。「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。」
この箇所のヘブライ語原文には「トーフー・ワ・ボーフー(tohu va-bohu)」という言葉が使われています。直訳すると「混沌と空虚」。つまり、まだ秩序も形もない世界の状態を表しています。僕はこの言葉に触れるたびに、混乱や空虚さがただの「無」ではなく、何かが始まる前の「余白」なのだと感じます。
「やみが淵のおもてにあり」という表現も、ただ暗闇を描いているだけではなく、深い水の上に広がる静けさを示しています。その上に「神の霊(ルーアッハ・エロヒーム)」が覆っていたと書かれているのです。ルーアッハは「風」や「息」とも訳される言葉で、動きや命の気配を含んでいます。つまり、形のない世界の上に、すでに命の息吹が漂っていたということです。
僕自身、日常で「まだ何も決まっていない」「形が見えない」状況に不安を覚えることがあります。でも、この聖句に触れると、その不安の中にもすでに「霊」が働いているのではないかと思えるのです。混沌や空虚さは、次の秩序や創造のための準備段階。そう考えると、むしろ希望の余白として受け止められるようになります。
この気づきは、僕にとって「今の混乱も未来の始まりにつながっている」という静かな確信を与えてくれました。だからこそ、これからも創世記を丁寧に読み進めていきたいと思います。
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