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伯爵
回答数 34>>
競争は必要です。
人間は社会性の動物です。そしてその動物の原始衝動には「相対評価を必要とする」という根深い価値観が備わっています。
一日の労働の対価に、1つだけパンをもらえる少年労働者がいるとします。
「あいつは俺より働いてないのに、パンの量は俺と同じだ」とある少年が主張します。
では、労働量に対して公平に評価して、パンの量を変えたとります。すると今度は別の少年が言うのです。
「あいつは俺と同じなのに、パンの量が多い」
不公平だ、と。
人と人とが接触すれば、社会が生まれます。社会が生まれれば、相対評価が生まれます。相対評価に根拠を持たせるためにルールが生まれます。
健全に見えるよう、様々な配慮をしている某社のゲームですら、オンラインでは競技性を中心に据えています。
相対評価というのは、競技性というのは、娯楽としてとても優秀で、人間の根本原理を刺激するものなのです。
競争がなくなることはありません。が、もし無くなった世界があるのなら。
そこはおそらく「あらゆる不公平が排除された世界」なのでしょう。食べるもの、着るもの、住む場所、果ては人格、個体差まで均一化し、およそ個性というものが無く、ひどく退屈な「命を長らえるだけの生活」になるかと思います。
または「人との接触が絶対に隔離された世界」ですかね。個人の空間から出る事はなく「外に自分と同じ生命がいるとは思えない」孤独すら存在しない平和な世界になるのかも知れません。
あるいは宗教が役立ちます。絶対神による画一した価値観を根付かせることができ、盲目的に進行することが叶うなら、競争が無くなる可能性もあると思います。
もう一側面。
競争に疲れる気持ち、分かる気がします。
質問者様はしかし、人一倍い「他人が気になる性格」なのではないか?と邪推します。
恐らくは自己の中に「絶対価値が薄い」ことが原因で、人からどう見られているのか?どう評価されているのか?に敏感で、終始人の目にさらされている気がしているのでは無いでしょうか?
で、あられましたら「相対価値に根差した自分の価値観を見直し」「手放される」ことをお勧めします。
クリシェではありますが、アドラーの『嫌われる勇気』をお勧めします。今より少しは、呼吸が楽になると思えるのです。
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