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競争は必要だと思いますか?もしも健全な競争というものがあるとしたらどのようなものだと思いますか?あるいはどうしたら競争のいらない世界になりますか?

まとまりのない質問でごめんなさい。 私は競争という言葉を聞くとうんざりしてしまいますが、勝ち馬に乗って喜んでいる自分もいたりします。
Akira777

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切磋琢磨してどちらも伸びるようなものが良いね
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メルカード船岡

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撃ちまくりましょうよ、核兵器
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わさび芋

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競争は適度に必要です。
しかし行き着く先は淘汰なので結果的に破滅的と言えると思います。
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伯爵

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ご質問に二側面から回答申し上げます。

競争は必要です。
人間は社会性の動物です。そしてその動物の原始衝動には「相対評価を必要とする」という根深い価値観が備わっています。

一日の労働の対価に、1つだけパンをもらえる少年労働者がいるとします。
「あいつは俺より働いてないのに、パンの量は俺と同じだ」とある少年が主張します。
では、労働量に対して公平に評価して、パンの量を変えたとります。すると今度は別の少年が言うのです。
「あいつは俺と同じなのに、パンの量が多い」
不公平だ、と。

人と人とが接触すれば、社会が生まれます。社会が生まれれば、相対評価が生まれます。相対評価に根拠を持たせるためにルールが生まれます。

健全に見えるよう、様々な配慮をしている某社のゲームですら、オンラインでは競技性を中心に据えています。
相対評価というのは、競技性というのは、娯楽としてとても優秀で、人間の根本原理を刺激するものなのです。

競争がなくなることはありません。が、もし無くなった世界があるのなら。
そこはおそらく「あらゆる不公平が排除された世界」なのでしょう。食べるもの、着るもの、住む場所、果ては人格、個体差まで均一化し、およそ個性というものが無く、ひどく退屈な「命を長らえるだけの生活」になるかと思います。
または「人との接触が絶対に隔離された世界」ですかね。個人の空間から出る事はなく「外に自分と同じ生命がいるとは思えない」孤独すら存在しない平和な世界になるのかも知れません。
あるいは宗教が役立ちます。絶対神による画一した価値観を根付かせることができ、盲目的に進行することが叶うなら、競争が無くなる可能性もあると思います。

もう一側面。
競争に疲れる気持ち、分かる気がします。
質問者様はしかし、人一倍い「他人が気になる性格」なのではないか?と邪推します。
恐らくは自己の中に「絶対価値が薄い」ことが原因で、人からどう見られているのか?どう評価されているのか?に敏感で、終始人の目にさらされている気がしているのでは無いでしょうか?

で、あられましたら「相対価値に根差した自分の価値観を見直し」「手放される」ことをお勧めします。
クリシェではありますが、アドラーの『嫌われる勇気』をお勧めします。今より少しは、呼吸が楽になると思えるのです。
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ぱすかる

ぱすかる

切磋琢磨がないと、単調のまま右肩下がりの結果にしかならないからある程度の競争は必要だと思う
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にに

にに

必要な競走がある
競争があるから得られる成果もある

しかし競争があることによって
見落としてしまうこともある

大事なのは双方の特性を知ること

ーーーひとりごとーーー

私、お勉強苦手です。
記憶力だけを問われるテストが子供の時から大嫌いでした。
でも知らない世界を見せてくれる授業は好きだったんです。先生の物語を聞いていると旅をしているような気持ちになったことを覚えています。

それである時思ったのです。
暗記するのは苦手だからそっちは赤点回避くらいにしておこう。けど授業は楽しいからしっかり聞こう。結果平均して普通くらいの点数が取れていました。

ーーーーー

みんなと比べて自分の立ち位置を知る客観的な材料にするのもいい

自分だけの価値や物差しで突き進むのもいい

できるだけ多くの選択肢を持っていることが
私を安心させてくれます。
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見習い

見習い

ただの“競争”だと、蹴落とすような意味合いも感じるので、必要なのは“切磋琢磨”ですかね。
健全な競争とするなら、必要なのは尊重と謙虚さ、つまり切磋琢磨になるかなと。

もし競争のない世界にするなら、比較できないほどに細かく区分された、一人一人に異なる役割があることですかね。

ちなみに私も競う事が苦手で、スポーツなどで飛び交うヤジやブーイングが特に嫌いです。
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夏休みの最終日

夏休みの最終日

競争ってさせられてると言うよりは、自らの能力を知らしめるために参加してるんじゃ無いだろうか…
正当に評価されず、自分より明らかに能力の低い相手と同じ扱いを受けても文句無いなら参加しなくて良いけど、自分の能力に見合った評価や扱いを受けたければ、エントリーする必要があると言えるかも…
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メティ

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例えば、ある国で国王が住む宮殿を1つ建設するとする。国王は1人だけなので、当然に建設する宮殿も1つだ。せっかくだから自国民に設計してもらおうと、国内で広く候補者を募集する。そうした誰の案が相応しいか選ぶ行程をコンペと呼ぶことがありますが、コンペとはコンペティション(競走)に他ならず、1人しか選ばれないことが最初から決まっているので、否が応でも残りの人は選ばれないことになります。

よって、確保すべきは、できる限り多数の回数のコンペだし、コンペを成り立たせているルールの遵守と感じます。競走をコンペでなく、ゲームと捉えると、ルールこそがゲームを成立させているものなので、ルールの必要性がより明確になります。
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P

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競争は必要だと思いますが、それ自体が善ではないとも思っています。

健全な競争はディベートやスポーツ、芸術など多方面でみられると思います。条件としてはルールがあること、暴力や不正がないこと、公平性、目的が生産的であること、単なる勝利や相手を打ち負かすことではなく、「より良いものを作る」「真理を探す」など相手への敬意があること、また異なる意見や立場も尊重し、人格を攻撃しないことが条件としてあると思います。
結果を共有できることも大事な要素かもしれません。

全体主義、社会主義、共産主義が全て正しく機能すれば競争はなくなります。競争を排した社会を考えるとき、全体主義的な管理社会になってしまうリスクがあります。つまりディストピアにこそ競争のいらない社会があるのかもしれません。

バランスの取れた競争は大切です。


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