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曜

戦国時代の占いについて
本稿はアニメ『Turkey!』から拾い上げて書いていきますが、内容は完全に歴史です。
私の興味は「権威」にありますから、ここで書くのは日本史的な宗教・呪術の権威による影響という観点にしぼります。

どこかと言いますと、「双子が生まれると不吉だ」という占いの結果のシーンです。同作では特に説明がありませんでしたが、あれはただの占いの結果という訳ではなく、その元となる伝承が実在しました。
と言いますか、双子に対する「不吉」という観念の形成に関与していたと考えられている要素は、史学や民俗学にとても多いのです。

●双子「不吉」とされた原因
1.「スケープゴート」や「口減らし」
これらは直接的な意味は異なりますが、
⑴社会的弱者や不利益を被る存在が、集団の都合や不満のはけ口・責任の押し付けの対象となる。
⑵判断能力が鈍っている。
⑶苦渋の選択の場合も、正しいと信じていたことを後悔している場合も、正当化するしかない。
という共通点があります。こうした状況がかつてあった可能性を考慮する必要があります。

※「スケープゴート」とは、集団の不満や責任を一身に負わされる、無実の(または罪の比較的小さな)個人や集団を指します。つまり、責任転嫁の「身代わり」です。社会的不満や攻撃衝動の転嫁先となり、集団の結束や正当性を維持する役割を果たすことがあります。
※「口減らし」とは、主に飢饉などに際して、貧しい家庭などで、生計維持の負担を減らすために、家族や家畜を間引くことを指します。

2.相続・跡継ぎの混乱
一子相続が原則の社会では、「同時に生まれた二人の子」は継承順位を曖昧にさせます。特に王族や領主の家系では、双子の誕生が政争の火種になりやすかったのです。
これを利用して、反主流派が双子の次男を擁立し、内紛や分裂が起こります。双子にかこつけて、勢力争いをするんですね。こうした事例が繰り返されることで、「双子=不吉」という観念が定着していったわけです。

あくまでその予防としての、双子の一方を隠す・捨てる・隔離するなどの慣習が生まれました。
これは、歴史学的な解釈では、比較的主流な説です。

3.文化・宗教的な補強
これに加えて、宗教的・呪術的な観念も双子への忌避感を強めました。
「人は一人ずつ生まれるのが自然」という感覚が根強い文化では、双子は神の干渉や不自然な誕生と見なされます。これはおもに大陸で起きた価値観で、日本には輸入されてきました。
そこには、「一つの魂が二つに分裂した存在」として、死や災厄との関連性が語られることもあったのです。
日本では「畜生腹」(動物のように複数産むことを貶めて言う蔑称)などの差別的な呼び方が存在し、昭和期まで残っていた地域もあります。海外でも似たような現象があったようですね。

●では「不吉」とは何か?
このことから、「不吉とは、“結果”であり“原因”ではない」といえるでしょう。
つまり、「不吉」は経験則に基づいている面もありますが、本作に出てくる女性の双子のように、単なるレッテルであり、因果の混同から生み出されているのです。
だからこそ、原因と結果を分けて考えられる現代人にとっては、理解が難しいのです。

結果として、この流れをまとめますと、
①そもそもスケープゴートを欲する風潮(動乱後の犯人探しなど)や、飢饉などによる口減しを必要とする危機的状況が過去にあった。
②双子そのものが不吉なのではなく、権力者の家に生まれた男子の双子の存在が、家督相続の折に既存の秩序を揺るがす可能性を孕んでいたために、忌避されるようになった。
③そこから、何かのタイミングで誤解が生じるとか、伝承が途絶えるとか、宗教的権威に断言されたなどによって、「権力者の家に生まれた男子の双子」→「男子の双子」→「双子」という具合に単純化されていった。
という解釈が、おそらく現代人には最も理解しやすいものになると思われます。

そこにどれほど宗教的権威が絡んできていたのかでは、日本には、「船が沈まないように、祭りで先に沈める」や、「火災が起きないように、先に燃やす」という、因果(原因と結果)が反転した宗教的思想があり、それが祭りにもなっています。
因果が混線した誤解がそのまま信仰になるかたちですね。これらは、現代では防災訓練のような機能があったと説明されてることがあります。

しかし、その本質は、この因果の反転・誤解、そしてそれを流布した宗教的権威にあると考えるのが妥当だと思います。間違いを肯定する論理に宗教的権威が関わって担保しまっていて、それが風習(場合により因習化)と呼ばれているということです。
何かに担保されない限りは改訂したくなるのが人の常です。したがって、宗教的権威が担保したことは無関係ではありません。

●なぜ占いに従うのか?武将の心理
だとしても、権威をある程度理解できているはずの武将がなぜ従ったのでしょう?
今作でも、卜筮や神占といった占いに武将は従っていました。この点は、武将の立場への理解が必要になるでしょう。

民の多くは統治や支配の知識などありません。領民がどうすれば豊かになるか?どう戦で勝てばよいのか?攻め込まれないためにはどうするべきか?誰も答えられません。
つまり「偉い人は相談できる相手が少なかった」のです。

具申(ボトムアップ)はあるでしょう。評定衆の相談や、領民からの声も。ですが、大半は「お願い」をしてくるばかりでしょう。
ですが、結局のところ、方針や戦略を決断するのは領主です。どう導けばよいのか分からないし、結局はやってみなければ分かりません。そして、一度始めたら、士気に関わるので迷うことも許されません。
そうこうしているうちに、タイムリミットがやってきます。だから、「人事を尽くして天命に委せる」しかなくなるのです。

出てきましたね、「天命」なんて言葉が。そうです、ここで宗教の存在が輝いて見えるのです。しかも仏教や朱子学などの思想などは、極めて支配や統治に向いています。
これは「偉そうにする人」も同じですね。ヤクザもよく事務所に神棚があったものでして、それは明らかなる不安の現れです。

前述したように、
・科学的根拠には基づかないかもしれないけれど、仲間を守るために防災訓練・予行演習をしたい。
・こちらの考えを伝えても民には理解できないので、ある程度不満を吸収してくれる宗教に頼りたい。
・支配の根拠として神道にも頼りたいし、支配構造の構築のために仏教や朱子学にも頼りたい。
思考回路はどれも似ていて、いずれも「言行を肯定してくれるなら何でもよいという考え方」です。

そして、この不安を解消する術の一つが、占いです。占いによって、とにかく悩みを聞いてくれて、「大丈夫だ」と言われたいとか、決定コストを減らして欲しいのです。
時には意見が割れて分裂しそうになることも、何か大きな力で代わりに決めて欲しい。それを叶えるのが宗教的権威です。なんともメシア思想的ですね。

人間の業とは、基本的に「弱さ」と「怠惰」から現れ出ます。これらを意識して自責せずに済む手段の一つが占いという訳ですね。
科学がないから占いに頼る、という状態の内訳は、つまりは心の問題になりますから、こういう心理が働いているものだと解釈できます。

●現代日本的な解釈
この考え方は、実は現代にも通じる部分があります。それは、「とにかく自分の話を聞いてくれる、自分の話をしてくれる人にお金を払う」という点です。
その観点で言えば、男性はキャバクラやガールズバーに、女性は占いに行きがちですが、要するに求められているのは「サードプレイス」なのだと思います。

結局は武将も「行きつけ」を欲していたわけです。
本心では、自分の話をしてもらわなくてもなんとなく居られて、肯定されている感覚になるような、居心地のよい場所を探していた。でも、戦乱の世がそれを許さなかったわけです。

それは武将たちが茶湯に夢中になっていったのも納得ですよね。「立場を忘れましょう」と言ってくれるのですから。
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