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リピ散歩【中山道編 塩尻〜木曽平沢】前半

①平出の一里塚
日本橋から数えて59里目の一里塚です

②平出遺跡
ここでは縄文〜平安まで約290以上の遺跡が発掘されています。日本三大遺跡のひとつとされています

③塩尻市では葡萄の栽培が盛んに行われワインの街としても有名です

④肘懸松
松の名前の由来には2つの説があります。ひとつは後北条氏討伐の帰りに細川幽斎が下記のような句を詠んだからという説と、京への上洛の折に徳川秀忠が肘を掛けて休んだからという説です
※細川幽斎(藤孝)句碑
細川幽斎は大河ドラマにも登場する有名な武将で、嫡男は関ヶ原の合戦で活躍した細川忠興、忠興の正室は明智光秀の娘ガラシャです。
『肘懸けて しばし憩える松陰に たもと涼しく 通う河風』

⑤⑥北国西街道追分と道標
1857年建立の常夜燈と道標が建っています。長野県内を走る北国街道には追分宿から分かれる北国街道(善光寺街道)と先馬宿から分かれる北国西街道があり、2つの北国街道は長野市篠ノ井の地で合流します

⑦邂逅(あふた)の清水
源平合戦前半の主役と言っても過言でない木曽義仲は幼くして父を失い木曽の有力者である中原兼遠のもと兼遠の息子兼平とともに育てられました。その後兼平は今井の地に領地を得て今井兼平と名乗り、以仁王の令旨を経て義仲が挙兵した際にこの地で義仲と再開(邂逅)したそうです。義仲の馬がだいぶ疲弊していたので兼平がこの清水で洗ってやるとたちまち元気を取り戻したそうで、これ以降『義仲四天王』の1人として今井兼平が従軍して行きます

⑧本山宿は〝そば切り発祥の地〟とされています。蕎麦の伝来は縄文時代まで遡るとされ室町時代以前の蕎麦は粒を粥にしたり蕎麦がきにして食べていたようです。そば切りの存在が確認できる最も古い文献は1574年に中山道須原宿の定勝寺で振舞ったという記述がありますが、1706年の風俗文選という書物には『信濃国本山宿よりあまねく国々に‥』との記述があるそうです

⑨斜交屋敷
本山宿には5軒の旅籠跡があります。これらの建物は敵の侵入時に身を隠す目的で街道に対して斜めに建てられこのことから斜交屋敷と呼ばれ、このうち手前の3軒(川口屋、池田屋、若松屋)は江戸時代の造りを留めていることから国の有形文化財に指定されています

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