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ロカ

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#小説 #短編 #桜 #現代ファンタジー

桜の季節の回覧板①

 うちの庭のやつなの、もうすぐ咲くわよ、とバイト先の同僚のマリちゃんからもらって一週間。
 桜はつぼみのまま、まだ咲かなかった。

 マリちゃんはいいコだ。
 初めてのバイトやひとり暮らしにも少し慣れてきたころ、トレーに山盛りのグラスを落として割ったときも、すぐに駆けよって片づけを手伝ってくれた。
 自分だって忙しいのに、他の人が動きやすいように、さりげなくサポートしてくれる。バイトとはいえ働くようになって、気が利くっていうのはこういう人のことをいうんだなと思った。
 ただ、誰に対してもそうだから、誰かが特別扱いというわけじゃない。
 だから僕はのほほんと、いいコだなと思ってるだけだったのだ。

「マリちゃんさぁ、彼氏と別れたんだって?」
 二つ年上のヤマノさんの声が休憩室から聞こえた。
 そういえば、マリちゃんの少し前に休憩行ったっけな。
 今日のまかないの丼とウーロン茶のグラスを持ったまま、僕は少し開いている休憩室のドアの前で立ち止まった。
「ヤマノさん、なんで知ってるの」
 驚いたようなマリちゃんの声。
 そうか、やっぱり彼氏いたのか。でも別れたなら……。
「じゃあさぁ、俺とつきあわない?」
 ……みんなおんなじこと、考えるよな。
 僕は静かに裏口から外に出た。
 花冷えのせいか少し寒かったけれど、コンクリートの階段に腰かけ、勢いをつけて飯をかき込んだ。たちまちむせて、近くの店のネオンの文字がにじんで見えた。

 深夜、居酒屋のバイトを終えての帰り道、川ぞいの公園の桜並木が、星あかりに白く浮かんでいた。もう満開だ。
 うちのあの桜は、咲かないまま、枯れてしまうのかな。
 そんなことをふと考えて、少しさびしくなった。
 四、五十センチもある桜の枝を活けられるような花びんは、僕のアパートにはない。だからって、そうじ用の青いバケツにつけといたのがいけなかったんだろうか。
 もちろん、バケツはきれいに洗ったし、水も毎日とりかえてるんだけどな。置いてあるベランダは、陽もよく当たる。

(続く)
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