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たか
回答数 28>>
「エスカレーターの歩行禁止」を法律にするのであれば「路上喫煙」と「歩きスマホ」も法律にしないといけないでは?
「エスカレーターの歩行」
2人立てるステップの片側に寄って、従来から歩くスペースを設けてきた慣習がある。
歩く理由:①急いでる人のための通路として慣習がある、②輸送効率を上げるため
問題点:①歩いて登ることで立ってる人に当たり、転倒させてしまう可能性がある
②多くの人が同時にエレベーターを歩いて登ることで「共振」現象が発生し、エレベーターを劣化させる
「歩く」ことを罰するのはどうなのか…
不注意でエスカレーターを歩いて当たって相手を転倒させた場合は、過失傷害罪(刑法209条)がある。これは歩きスマホでケガをさせた場合も同様に起こりうる。
共振が影響して、エスカレーターが壊れた場合、
「歩く」=「共振」=「壊れる予見ができる」「故意」となれば器物破損だが、すぐに壊れるものではなく、経年劣化でも壊れるし、時間と回数等との兼ね合いで壊れやすくなるものであるから、壊すことによる罰則規定は難しい。
輸送効率が下がることで階段での被害が増える可能性がある。
エスカレーターだけで考えるのであれば、
1人用のエスカレーターを2台又は2人用のエスカレーターに間仕切りを付けて、片側を止まって乗る人用、もう片方を歩く人用の専用レーンを作るのはいかがでしょうか。エスカレーターの強度を上げるか、メンテ回数を増やす。
接触して転倒する可能性をなくし、輸送効率は維持されることになります。
エスカレーターの歩行禁止は法律にするのは、他の法律で対応可能であり、方法、道徳心等を促せる可能性があるため妥当ではない

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![ゆい。[通話専用垢]](https://cdn.gravity.place/virtual/portrait/color/online/20230307/b68e83ba-b4e6-4ed8-8540-3bd0f3ed55c1.png?style=5)
ゆい。[通話専用垢]
毎日仕事行ってるし、それに。せめてもの!行きだけでも髪の毛は
整えてる!髪の毛は整えられるようになったけど。次のステップ!
眉毛の練習をするのが乗り気になれない。なかなか次のステップに行けない(´;ω;`)😭

臼井優
主な誤算として、以下の点が挙げられます。
1. 「清く正しすぎる」政治への固執(対田沼政策)
前任の田沼意次が賄賂政治や重商主義的政策を行ったのに対し、定信は家康や吉宗の時代を理想とし、質素倹約を強制しました。
誤算: 江戸の町は飢饉からの復興過程にあり、経済の冷え込みを招いたため、庶民からは「白河の清きに魚の住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」と皮肉られました。
2. 天明の大飢饉・天災への対応力不足
天明の大飢饉の直後に老中となり、飢饉への対応が急務でしたが、経済対策が旧態依然としたものでした。
誤算: 納宿(年貢を扱う中間業者)の廃止を試みたが、実際の事務能力がなく、結局元の利権構造に戻してしまうなど、実務面での不備があった。
3. 将軍・徳川家斉との不仲(政治的孤立)
松平定信は11代将軍・徳川家斉を補佐しましたが、次第に家斉の親政を阻む「厳しすぎる上司」となり、関係が悪化しました。
誤算: 将軍家斉が実父に「大御所」の称号を贈ろうとした際に、定信が「隠居した将軍以外に大御所は許されない」と反対したことが決定打となり、失脚の直接原因となりました。
4. 時代変化を読み違えた文武奨励・異国船対策
定信は極端な倹約を推奨しましたが、18世紀後半の江戸の成熟した文化や、外国船が来るようになった国際情勢への対応において、現場のニーズとズレていたと指摘されています。
結論
松平定信自身は非常に優秀で「良臣」であろうとしましたが、理想が高すぎ、融通が利かなかったこと(「曲がったことが嫌い」な性格)が、結果として「誤算」となり、6年という短い改革期間での失脚(1793年)に繋がりました。

○△□
塩分
この皮肉な対比は、現代社会の歪んだ「優先順位」を浮き彫りにしています。
私たちは子供の頃から「赤信号で止まらなければ死ぬ」と徹底的に教え込まれます。それは物理的な生存に直結するルールだからです。しかし、社会のハンドルを誰に託すかを決める「選挙」という生存ルールについては、驚くほど無頓着なまま大人になります。
社会を構成する一員として、安全な社会を次世代に引き継ぐという責任を果たすためには、社会のルールを理解し、適切に行使することが不可欠です。その最たるものが選挙であり、特に日本の選挙制度である小選挙区比例代表並立制への理解は、大人の責務と言えるでしょう。
これらの選挙制度の仕組みや、各候補者・政党がどのような考えを持っているのかを知らずに、「政治が悪い」と無関心を装うことは、社会を構成する大人としての怠慢と言わざるを得ません。情報へのアクセスは容易であり、スマートフォン一つあれば、候補者の経歴や政党の公約を短時間で調べることができます。そのわずかな努力を怠り、自らの、そして次世代の未来を他者に委ねることは、大人としての責任放棄と言えるでしょう。
社会の運営に関心を持ち、自らの意思を表明することは、民主主義社会を維持するための大人の重要な責務です。

あい❤️💉
今年のお諏訪さん初参拝👏
混み混み~8割が海外からの観光客👜
社務所も並ぶ列順や、「万引き禁止」などの色んな掲示物…対応が大変そう…
手水舎の柄杓も何本か壊されたそうで
(氷を割ろうとする人がいたらしい)
神社さんの努力で参拝が増えてるけど
憤っちゃう💭
手水で手を清めて、
参拝です👏 👏
(すべって2~3回転びそうになりました🥾🤭)
#北海道
#札幌
#札幌諏訪神社
#神社
#おみくじ









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