自らを賢いと思いたいと強く感じる人の動機はなんなのか
より深い無意識や背景などまで考えて下さるとありがたいです。無知の知

興味
自らを賢いと規定することで、何らかの事象を肯定したい、他に具体的な根拠がなく抽象的な自己認識に頼るということではないでしょうか。
卑近な例を挙げれば
・話が伝えられず不本意な思いをした→自分は賢いが相手は賢くないために伝わらなかった→不本意のダメージを、自己評価を上げることで回復する
のような営みであると思います。
もちろんこの時の賢さは自己認識以外に何の根拠もないので、このような営みは自家中毒的な害を自身にもたらす危ういものではないかと思います。

サト
それは賢くなりたいという努力の動機でもあると思う
「思いたいと感じる動機」というのに苦慮したけど

セナ
でもその背景には自分がわからないことがあることに対する不安があって、それに対する防衛規制的なものかなっておもいます。
要は自分がきずつかないようにねって。

なー
「賢くありたい」という願いの裏には、今の自分を認められない自己否定と、理想への憧れがセットで隠れています
頭の良い人に憧れる一方で、今の自分には満足できていない
だからこそ、周りの人と自分を比べて「格付け」をし、自分が上だと思うことで、心の安定を保とうとする防衛反応のようなものだと思います

たけぽん
本物の評価者を他人に求めれば虚栄心。
評価者を自分に求めれば名誉心。
どちらも、逃れられないんだけどね。

吉田賢太郎
学校やSNSで、誰かと比べて落ち込んだり、自分を大きく見せようとして疲れてしまうことはありませんか?
「賢くなりたい」「強くなりたい」と願うなら、まずこの**「心の武術」**の哲学を知ってください。
🗡️ ひとり、心に剣を持って
1. 「祈り」ではなく「構え」を
神様に「助けて」と祈るのが宗教なら、
自分の足でどう立つかを考えるのが**「仏教という哲学」**だ。
誰かが救ってくれるのを待つんじゃない。
君の人生という道場では、君自身が「師範」であり「門下生」なんだ。
2. 弱さを斬るな、弱さを「知れ」
本当の弱さとは、自分が弱いと認められないこと。
本当の愚かさとは、自分を賢いと思い込むこと。
「自分はダメだ」と逃げるんじゃなく、
「あぁ、自分にはこんな弱さがあるんだ」と、鏡を見るように真っ直ぐ見つめる。
自分の「急所」を知っている剣士ほど、隙のない構えができるんだ。
3. マウンティングは「負け」の証
誰かをバカにしたり、知識で圧倒したりするのは、
自分の心が「負けるのが怖い」と叫んでいる証拠。
そんなものは、本当の賢さでも強さでもない。
刀を抜かずに、ただそこに居るだけで安心感を与える。
そんな**「戦わない強さ」**を目指してほしい。
4. 「死」を見つめて「今」を燃やす
剣術の達人は、常に「死」を隣に置いている。
「いつか終わる」と知っているからこそ、
今この一瞬、この一撃に、自分の命をすべて注ぎ込める。
ダラダラ生きるな。この一瞬を、研ぎ澄まされた刃のように生きろ。
結論:
強く、賢くなりたいのなら、
自分の「ダサさ」や「情けなさ」を、最高の相棒にしなさい。
自分の底(そこ)を知った人間は、もうそれ以上落ちることはない。
あとは、正しく、しなやかに、
自分の人生を切り拓いていくだけだ。

シンちゃん

P

たか
②自分しか見てないから
③人の役に立つことをしていない。ありがとう。という言葉を貰えていない
自分を自分で認めるしかできない。
モチベーションが保てなくてメンタル壊れますよね。
そもそもこの質問の賢さって何ですか?
って思ってしまいます。
勉強して知識が多くても使い道を間違えたり、使えてなかったら「頭でっかち」と言われるだけです。
あらゆる教科を満遍なく勉強していく中で、その中から専門的なことを勉強して、それに特化した知識を生かす職、生活をするのが日本の教育システムです。その職以外の人は学校ベースの勉強で賢くても評価されません。就職したら、大学名を聞かれて、「凄いな。」「同じじゃないか。」と言われ、学部、個人なんてどうでもいい。
俺は賢いんだ。と個人で収まるんじゃなくて、学んだことを誰か人の役に立つように活かしてください。そうすれば、自分は何も考えてなくても勝手に人に伝播して、自分を評価してくれる人が勝手に出てきますから。そしたら、マイナスの気持ちが、ゼロになり、プラスに転じます。

おーじ
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