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「差別」と「区別」を区別してみて下さい

だるま落とし

だるま落とし

「バカな質問してるな」が、差別。
「答える気はないが他の答えは気になるな」が、区別。
哲学哲学
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仁

あくまで個人的な考えとして
まずは区別から始まります。例えば人種の表現として、Negroid(黒人)Mongoloid(黄色人)Cavcasoid(白人)と言う分け方がありました。これは区別です。しかしそこに、制度、慣習、時間などが絡み合い、差別的意味合いが生まれてしまい、今は African ancestry (アフリカに先祖を持つ人) European ancestry (ヨーロッパに先祖を持つ人) EastAsian ancestry(東アジアに先祖を持つ人)と呼ぶのが適切であるとされています。
これは現代における一つの例です。
次にかつての日本においての身分制度を考えてみます。 士 農 工 商  これは区別です。
ただそこに、制度と慣習により、権利と義務に差がつけられます。そのことによって差別が生まれます。つまり 区別に差を設けることで差別となります。
しかし、これはあくまで原則です。最初から差別を前提とした身分がありました。士農工商のさらに下にある二つの身分 穢多 と 非人 です。
穢多 すなわち 穢れ多い  非人 すなわち 人に非ず 最初から区別ではなく差別されていた人達です。(差別と区別の区別が問いですのでこれ以上はやめます)
次に現代の日本における状況を見てみます。
まず制度(法律)として明確に差別は禁じられてます。したがって、区別はあっても差別は存在しない建前です。しかし慣習(文化)として感情的な差別感が存在しています。さらに、今も昔も関係なく、外見から現れる差別、対立から生まれる差別があります。これらは説明の必要がなく、区別とは明らかに異なる物です。
この感情が生まれやすい環境として、まさにこのネットの世界があります。個人が特定されない故の無責任な差別を前提とした侮蔑行為。これはもうどうしようもない事なのでしょうね。
この問いの答えとして、区別されたものに、それぞれ異なる義務と権利を付与することで差別となる。ただし現在日本においては、区別はあるが差別はあってはならないものであり区別の仕様がない。
あくまで個人の考えです。
哲学哲学
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けん

けん

「差別」は異なるものに優劣をつけて別つこと。
「区別」は似ているものに区切りをつけて別つこと。

言い換えれば「区別」は人が違いを認識するための作業であり、「差別」はその「区別」したものを見比べて優劣をつける人間の様である。

そう考えると「差別」と「区別」は「区別」ではなく「差別」されるものだと思う。どちらが優の行いかはいうまでもなく。
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ノブナガ・オダ

ノブナガ・オダ

は?Googleに聞け
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仁

明らかに差別しておきながら、区別しているだけだと言う人がいる。 あまりにも言葉を弄んでいるように思う。しかしこれは深入りすると、今この国がタブーとしている領域に入り込まざるを得ない。
次の一字を打ち出す手を僅かな自制心で止める。今僕は酔っ払っている。ごめんなさい、後日、シラフの時に、もう一度この問いに向き合ってみたいと思います。
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ふくたろう

ふくたろう

関係性が定まってしまうのが差別
関係性が変わらないのが区別
でしょうかね🤔
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だしまき

だしまき

「見下してる」と「境界線を引く」
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dekitate

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生まれ持った属性で区別する事が差別でそれ以外のものは区別
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D.O(ダメオヤジ)

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差別は感情、区別は基準だと思っています[にこやか]
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イブイブ

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差別は上下の関係、区別は左右の関係
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