子どもの頃、大人は万能に見えた。仕事をして、お料理をして、子どもができないことを何でもやってのける。それが“大人”なんだと思ってた。でも成長して気づく。身体が整えば、誰でもできることも多いし、大人になっても子どものままの人もいる。——スーパーでひっくり返ってる子どもみたいな大人も、案外多い。年齢だけじゃ、大人にはなれない。大人とは、「自分を超えて、他者や世界とどう関わるか」を意識できる存在。万能ではなく、不完全なまま。その不完全さを抱えながら、楽しさと誠実さ、忍耐力、そして自分の選択に責任を持つことを手放さない。それに加えて、経済力も大事だと思う。かっこいい生きざまの人でも、十分な財力がなければ、飢えた人にパンを施すこともできない。逆に、スーパーでひっくり返るような大人でも、財力にゆとりがあれば、学校を設立して雇用や学びの機会を生み、社会に貢献できるかもしれない。つまり、大人らしさは、心の成熟と経済力の両方で形づくられるのかもしれない。大人って、なんだろね(笑)
私は、時折大人の形をした子供を見ます。しかし、大人の形をした大人なんてあんまりいません。大人。大人とは、なにかわからない。それこそ、答えなのでは。と思った大人とは、わからない。定義が定まっていない。だから、大人とは、背伸びをした子供なのかもしれない。時には、甘えたくなったり、時には、泣きじゃくりたくなったり、時には、ぐずったり。それでも、思い描いた大人という空想に近づくために見栄を張ったりしてしまう。それが大人なのかもしれない。