「正義」とは人それぞれ異なるのか?普遍的な正義の観念は存在しうるか?
普遍的な正義の観念とその相対主義的批判について

nini

ヤマゴン
そもそも正義や普遍などは人間が作った概念であり、人間が知覚できる以上のものに普遍の真理なるものは宿っていると考えますがその前提を抜きに人間として社会的な一般の意味で考察します。
私の考えとしましては人や生物、あるいは無機物から概念まで全てのものにある立場からの本質を考察する事によって普遍の真理に近づけ、それに基づき普遍の正義を仮定できると考えます。
では立場からの本質とはなんでしょうか?
人で言うなら「私」や「社会人」「学生」「兄」「子供」などあげればキリがないのですが人それぞれ様々な立場を内包しています。
その様々な立場は人と関わる上で、社会に属する上で自己や他者のフィルターとして無意識的に使い分けてると考えます。
つまり仕事の時間は「社会人」や「会社の一員」としてその立場に基づきどうするべきか、相手に何を求めてしまうかなど、自己が内包する様々な立場の中でも優先して考えてしまっていると考えます。
つまり状況や環境によって常に立場を無意識的、意識的に優先し、それによって変動していると考えます。
この立場は人間以外にも適応できます。
動物で言うなら人間社会に従属する生物は「ペット」や「家畜」などです。
では自然にいる動物は当てはまらないのかというとそうではないと考えます。
群れを持つ社会的な動物の立場はその社会の序列がある通り「ボス」や「番」などが分かりやすいですかね。
長くなるので色々と割愛しますがとりあえず拡大解釈すれば「生物」などの立場を有し、もっと言えば我々全ての生物は地球に属し、地球を生かす細胞の様なものです。
地球に寄生していると捉えても構いませんが地球を形成する一部と考えれます
そしてそれは太陽系に宇宙になど拡大して考えられて、生息してるだけで相互に連鎖的に影響し合っていると考えます。
つまりこの宇宙的な観点から見ても個々が生息してるおかげで極端に言えば宇宙を生かしてるとも言えます。
本当はもっといろんな立場の観点から説明できるし前述した本質の話はどこ言ったって自分でも感じるのですが長文疲れたので、綺麗事の様に聞こえますが「生息」するそれ自体が普遍の正義といえると考えます。

あちこ
omyst
普遍的な正義の観念を定義づけるのは難しいと思います。

ケンぽむ号
普遍的な正義は有り得ないと思います。
概念として時代や環境によって移り変わるものだと思います。
H君
KN

comesunday
ただし、すべての人間の「正義」が必ず互いに異なっているのかどうかは数が多すぎて観測、実験できないのでわからない。つまり、一部の人間同士で共有されているケースはあるかもしれない。
正義とは、社会学的には、法(法の精神、制度化された法律の文面、及び、司法の運用)が拠って成るべき基準であって、(普遍的な妥当性が証明できてもできなくても)安定した社会生活を支える人間関係の基盤として、主権とその支配に属する者が共有することに合意し、主権が法の精神として宣言し、主権に任命された特定の人間が法律の文面として制度化し、司法として運用する必要があるもの。
正義とは、人文学的、美学的には、精神生活を営む人間の個々の行動決定に影響する自律的規範のうち、美意識による自己実現欲求に依拠するもの。
法は主権によって異なり、美意識も文化圏など様々な要因によって人それぞれ異なっていることが、日常的に観測できるという事実は否定しようがない。

ツバメ

Vega🌠💫
と感じる
個人ありきの視座だと
正義と悪という二元性では
普遍性はあり得ないと思います
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