ふわふわのわた飴の棒が銅でできていて、自立して立っている感じ。でも、ちょいちょい何もないとこでコケる。味は、甘いだけじゃなくって。部分的に、しょっぱかったり、辛かったり、苦かったり、すっぱかったりするよ!
「余白」に憧れている。掴みたいのに、掴みきれない......それでも、まだ夢見てる。感性と理屈の両立を目指しながら、どちらかに振り切れない自分の曖昧さを滑稽に、でも同時に愛しく思っている。「凡庸」であることを自覚しながら、それを言い訳にすることを許せない。自ら孤独を選んでおきながら、奥底では繋がりを求めて、本音を隠す気もさらさらない。しかし、これらの自己矛盾の中にこそ「余白」の本質があり、それに価値を見出す自分のことを、確かに「人間」であると認識できる。つまりは、僕にとっての「自分らしさ」という言葉の意味は、自己と人の本質を問い続け、その存在理由を肯定し続けるために見つけ出した、「余白」の断片に名前を付けること。
感情的で自己中、思い通りにならなければイライラもするが思ったことを口にさえすれば勝手に忘れる。『人を振り回して目的を達成させる』『自分だけではなく周りと楽しみたい』って所が……って哲学的な話で?『素であるところ』がらしさでもありらしさとは『他人からの印象や思い込みにより形成される』と思ってます。
ふわふわのわた飴の棒が銅でできていて、自立して立っている感じ。でも、ちょいちょい何もないとこでコケる。味は、甘いだけじゃなくって。部分的に、しょっぱかったり、辛かったり、苦かったり、すっぱかったりするよ!