日本の将来について
最近のニュースを見ると悲観的な事ばかり。
SFのように日本という国は消滅する事すら考えてしまいます。小子高齢化問題、外国とのトラブル、いつ終わるかわからない戦争で死ぬ人が留まる事なくどうなるんでしょう?

猫耳
先が厳しい。なぜなら他国が目覚ましい成長をし始めてるから海外の人達も出て行って経済がさらに回らなくなっていくから。

アトラス

山風
戦後復興から高度経済成長にかけては、農業から重化学工業に国家経済の重心が移動し、労働者も同様に移動した。農業をするに当たっては、地理的な人口集約の必要性はさほど大きくない。寧ろ、少数の人間で広い面積を耕作する方が本質的に効率が良い。しかし、工業においては、工場という「点」で高い付加価値が生み出される事から、人口を集約する方が効率が良い。故に都市化が進む事になるが、この人口集約には生産設備の密度というハードウェア的上限があった。故に、「地方都市」が日本の各所で発展した。人頭が生産力に直結する構造上、人口も順調に増大した。
国内生産力が増大するに従って、国内消費意欲も増進する。家計に生まれた経済的余裕は、実体的成果を残さない娯楽的なサービス業への投資に回され始め、これに追随して労働力も娯楽に割り振られるようになった。不動産・金融における非投資的な投機の加速という、別軸のエンジンも娯楽需要の拡大を後押しした。
しかし、杜撰な投機のバブルが弾け、中韓や東南アジア諸国の工業的な台頭を受けると、輸出好調に支えられた経済的余裕は維持できなくなる。本来であれば、娯楽的なサービス業から実体的産業に人的資源が再回帰し、工業における安価な労働力を提供するのが自然に思える。しかし、人間は昨日まで有った快楽を忘れる事は出来ない。日本経済において娯楽に対する需要は維持された。何なら、維持されたのは娯楽の絶対量ではなく、娯楽的なコンテンツの時間的増加率かもしれない。更に、IT技術の発展は安価かつ設備投資を要しない娯楽の生産手段を提供した。結果、今や星の数ほどのコンテンツが毎年の様に新陳代謝しており、労働人口の6割以上が三次産業に従事する事態となった。
農業から工業への転換と工業からサービス業への転換では、致命的に異なる点がある。それは、上限の無い人口集約が肯定される点である。娯楽の生産は極論住居でも出来、人口密度を制限する明確な構造が無い。更に、工業における人口集約は生産効率を動機としたが、現代の人口集約は消費を動機としている。若年層に首都圏でのコンテンツに埋もれた生活への憧れを植え付け、集約された巨大な娯楽消費のるつぼを維持する現代の動態は、娯楽で得た金で娯楽を買う非生産の渦を定常化させた。

徒然
日常や身の回りの明るい話や物事に目を向ければ
多少なりとは心も軽くなるやも

ヨシクン

微糖
今の若者
今の中年
今の年寄りも、
なんか妄想ばっかみて、生産性上がらんと
自滅ぢゃね
もはや、それでいい感じやろ

きっと

ぴょん

メチル基がついてるトロまる

ニコ
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