『わかった気になる』ことと『知ったかぶり』することは、他者からの評価ではなく、自分の内側で起きている現象として見た場合、何が違うのでしょうか?※本文あります。
わかった気になることも、知ったかぶりすることも、言葉の定義だけで説明すると、結局その定義を知ったことで「わかった気になる」だけなのではないか?と思いました。
なので今回は、それぞれが自分の中でどのように起きているのかを、言葉の定義ではなく、現象や構造として説明してもらえたら嬉しいです。

ねぎどん

ナトル

世紀末覇者ラ王
私は、「わかった気になる」とは、結果として圧縮されたものだけを理解して、その結果に至るまでの過程を理解していない状態だと思います。
例えば芸能人を見て「誠実そうな人だ」と思っていたのに、スキャンダルが出た途端に「こんな人だと思わなかった」となる。
でも最初から本人そのものを知っていたわけではなく、見えていた一部から作ったイメージを「その人」だと思っていただけです。
そしてスキャンダル後も、何があって、なぜそうなったのかを知らないまま「実はこういう人だった」と判断するなら、ラベルを貼り替えただけで構造は同じだと思います。
一方で「知ったかぶり」は、自分では「ここは知らない」と気づいているのに、その場で作られた「私は知っている人」という表面上のラベルを守ろうとする現象なのではないでしょうか。
だから私には、
「わかった気になる」は、
自分の中でラベルを真実だと思うこと。
「知ったかぶり」は、
そのラベルを外側に対して守ろうとすること。
と見えます。
別々の現象ではあるけれど、無関係ではない。
「わかっている自分」というラベルを守るために知ったかぶりをしたり、知ったかぶりを繰り返すうちに、本当にわかった気になったりする。
なので私は、この二つは、
自分や相手を、ひとつのラベルで捉える認識を介して、相互に行き来する関係なのではないかと思いました。
これが、私の思う「わかった気になる」と「知ったかぶり」です。
正解や不正解を求めているわけではありません。
あなたの中では、
この二つはどのように違っているのか。
その違いを、みなさま自身の言葉で教えてもらえると嬉しいです。

たけ
個人的な意見です、
「知ったかぶる」というのは自身が嘘をついている自覚があるんですよね。
逆に「分かった気になる」というのは、自身は「分かっている」とつまり自分は理解しているんだと思っているので本当は知らないことに気づいていないんですよね、、分かっていないことに人でも対象でも概念でも。
分かっていないんです。分かっていないに辿り着くまでの過程ではないでしょうか?
長文、夜分遅くに失礼しました。🙇🏻♀️

ギゼン
ガー
コロ

タヌ本
自分の中では物事を理解している
つもりているが、実際は自分独自の
解釈で捉えていて的外れな思い込み
をしている状態。
「知ったかぶり」
自分があたかもその物事について
知っているかように意図的に
見せかけてその場を取り繕う
ようにしている状態。

サリンジャー
知ったかぶりは話したがる(・∀・)
どちらも向上心がないでしょう(・∀・)

セナ
本当はわかっていない自覚があるかどうかということがあったよ。
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