なぜ投資量と実利は、相関性が無いのでしょうか?(人間関係)
例えば、「人に尽くす=好かれる」は成り立たないとかです。

むかで
100%与えていると思っているのはおこがましいと思います。

じゃんく
100Lの水が入ったタンクに細い管をつける。
30Lの水が入ったタンクには太い管をつける。
どちらが短時間で多くの水を相手へ届けられるか。
みたいに考えてみるのもいいかもね。
この場合
投資量=タンクの容量
実利=どれだけ相手に水が届いたか
で見るなら伝わる速度が遅いままならどれだけ投資量(タンクの容量)を増やしても、効果は薄かったりすると思う。
となると、まず改善すべき点は管の太さだったりする。
ビジネス用語みたいな感じでボトルネックって言葉があるけど人間関係においても、
関係を維持するうえで最大の詰まりは何か?
を見るのも大事だと思う。
10個の好かれることを増やすより、1個の強い嫌悪要因を消す方が効く。なんてこともある。
例を挙げるなら
・話を遮られることに強いストレスを感じる
・約束が曖昧なのが嫌
・一人になる時間が足りない
・困っているときに勝手に解決されるのが嫌
みたいな詰まり(ボトルネック)を相手が抱えているとするなら
プレゼントをする、褒める、頻繁に連絡する、楽しませる、といった一般的に「好かれそうな行動」を大量投入しても、肝心の詰まりが残っていたら、
「ありがたいけど、しんどい」
ってことにもなり得ると思う。

世紀末覇者ラ王
例えば、相手が喜ぶと思ってスニーカーを選んで渡したとします。喜んでもらえたら嬉しい。反応がイマイチなら残念です。
でもそこで、
「好みが違ったんだな。次は聞いてみよう」
と分かれば、自分が投資した時間や気持ちは、経験として自分に回収されています。
一方で、
「これだけ考えて買ったんだから、喜んでくれるよね」となれば、自分の期待を相手から回収しようとすることになる。
相手がどう受け取るかは、相手が決めること。
自分が投資したものは、その結果から何を知り、次にどうするかという形でしか自分には回収できない。
だから、人間関係では投資量と相手から返ってくる実利は比例しないのだと思います。
「尽くしても返ってこない。だから期待するな。」と、よく聞きます。
でも私は、期待はしていいと思っています。投資もしていい。人は期待があるからこそ、関係性を築こうとするのではないでしょうか。
投資先は関係性。
回収先は自分の経験と次の選択。
相手の反応は配当金ではない。
自己啓発などでよく言われる「期待するな」という言葉を、私はこのような概念として再構築しています。

ふくたろう
人間関係に置いて相関性が見られないのは器の問題じゃないでしょうか?
ワイングラスのような器の持ち主ならいっぱい注いでも溢れてしまいますし(≒投資量に気づけない)、丼のような器の持ち主なら投資量に見合った関係を築けると思えます🤔
逆に投資する側が粗悪なら相関性以前の問題ではないかと

くらら♂
どんなに沢山投資しても、株価が下がれば儲からないじゃん。
人間関係の投資はまだ個人の影響力が強いからマシな方だと思うけどなー。

サリンジャー

のりこ

まーさん
概念だから
です
たれぱん
投資に見合う効果が得られるとは限らないかな。1本のバラの方が、投資以上の効果を生むかも。
また、私は好意や信頼は損得勘定で取引できるものではないと思ってます。
見返りを前提にした関係性は、お互いにどこかで無理が生じやすいかな。

てす人
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