『良い子症候群』の一種ではないでしょうか。真実を述べて怒られた経験がある。虚構を伝えて喜ばれた経験がある。「うちの子がそんなはずがない」表面を取り繕うよう訓練された。もちろん他人はそんな色眼鏡なんてありません。「この人、全然出来ていないのに」出来ている風の言い方に嫌悪する。『良い子』の言い分は「非を認めちゃいけないと学んだ」「自分は嘘でも出来ないといけない」
私は、嘘は基本的に「善いもの」ではないと考えています。人が嘘をつく理由の多くは、自己防衛なのではないかなと。怒られたくない、嫌われたくない、責任を負いたくない、あるいは自分自身が現実を受け入れたくない。そのために、自分に都合のいい形へ事実を歪める。そう考えると、嘘とは問題を解決するというより、現実と向き合うことを先延ばしにする行為にも見えます。もちろん、事実をそのまま伝えることで、かえって問題が悪化する場合はあります。ただ、それは必ずしも「だから嘘をついていい」という理由にはならないと思います。本来重要なのは、事実をどう伝えるか、そして伝えた後にどうケアし、問題にどう対処するかだと思っています。「良い嘘」があるように見える場合も、嘘そのものが良いというより、嘘によって一時的に問題を回避した結果、幸福につながっているように見えるだけではないか?と考えています。