運命を受け入れることと、運命に屈することにちがいはありますか?

フレム・チェンバース

-FIRE-

Love child
運命を受け入れることは、
「今ここに起きている現実」を認めること。
ただ、現実を受け止め、認め、受け入れる。
それは、未来を諦めることではない。
と感じます。
「さて、これから私はどう生きよう?」
という未来の選択の自由は残っているような
感じがします。
現実は受け入れる。だけど、
未来は自分で創っていく✨というような…。
一方、運命に屈する。は、
自分の可能性まで手放してしまったような状態に感じます。
現実だけでなく、自分の意志まで明け渡してしまうような、諦め、自己放棄のような状態が含まれるように思います。
「この出来事は変えられない。でも、私はどう生きるかを選べる。」と受け入れるのか。
「出来事も、自分の人生も、自分では何も選べない。」と屈するのか。
そんな風に感じました。
ティリル
「夕飯マックで良い?」
「んーまぁいいか」
「マック以外無いよこの辺」
「あの時もっとお店を確認しておけば......」
みたいな感じでどうでしょ。

のぼ
受け入れるには納得があります。
納得を得るには意外と
「希望を消す」必要があります。
運命に屈している時は
「他の道があるのに」と消えていない。
失敗をするほど成功に近づくように、
「この方法ではないのだな」と気付く事。
やり切って腑に落ちれば納得し、
運命を受け入れて迷いがなくなります。

isoibeau
受け入れるという状態は、それについての良し悪しをもう判断しないってこと。
だからふたつは違う。

jwB
やらないと終わらない

サト
能動的に受け入れるなら「選択」
受動的に受け入れるなら屈するのと近いと思う

セナ
屈するのは諦めてる意味合いを感じるね。

HAL
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