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賞を取った犯罪者の扱いはどうなるのか?

特別な栄誉ある賞を取った人が犯罪者になった場合、社会的な感情はどうなるのか? 先行するイメージによってその業績は隠されるのであろうか? また犯罪者は刑務所で数式などを狂ったように記述するだろうか?それらは狂気的に見られるであろうか?
SHO

SHO

作品は才能を讃え、栄誉は人格を問う。
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tetra

tetra

賞自体が社会的な評価であるし、犯罪もまた社会的なルールに違反すること。「社会的な感情」が「世論の評価」であるならば、人々の犯罪に対する是非割合で決まると思う。
ただ、その者の業績が既に公のものとなっていれば、意図的に隠されるものにはならないと思う。特に公理公式などの法則などは否定できるはずはない。
犯罪により牢獄の中にあるからといって個人の思想、思考は制約されるべきものでない。その評価も社会的なルールによって行なわれる必要がある。
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ギゼン

ギゼン

賞は賞。犯罪は犯罪。栄誉のあった過去も、犯罪を犯した場合の現在~未来永劫も変わることはないでしょう。そこに感情論などは特にありません。

…というのは僕自身の主観であり、社会的に申し上げるならば、「まさかあの人がね。」「良い人そうだったのにね。」「人にも色々あるんだね。」等、感情的に言えば様々な反響があるのではないかと予想します。ですが、人の噂も七十五日と言います。時期が経てば当人に対する社会的感情は落ち着いているのではないか というところまでが僕の見解です。

過去の業績は別に隠されないでしょうし、刑を受けるも拒むも当人の気次第でしょう(大方受けるのではないかと思います)し、おおよそ普遍的に見られるのではないかと予想します。
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マーロウ

マーロウ

「あの人が受賞した賞」という色眼鏡は、
本人が罪を犯した瞬間に反転する。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、というやつ。

功績と罪、理性では切り分けるべきと思う。
しかし、自分はどこまで切り離せるだろうか?
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ナトル

ナトル

それはそれこれはこれではないでしょうか 被害者以外は(失礼を承知で申しますとへずまりゅうさんとかはまさにこれに近いような感じではないでしょうか?)

ただ 被害者だけは、「坊主が憎けりゃ袈裟(けさ)まで憎い」 の精神でしか見ていないと思います
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サト

サト

賞が剥奪されるかは賞の委員会次第
感情は個人次第
数式を書くかはその人の性分次第

その上で自論だけど
記録、実績、技術は残されるべきで
世に貢献されるべきだと思う
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ゆ

賞なんて意味ない
何を成したかが大事なのではないか
また許容できる犯罪と取った賞への関連性も大事かなと
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瞬き

瞬き

トランプ大統領がノーベル平和賞取ったら扱い変わる?
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NB

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そこで思い出す「馬鹿と天才は紙一重」
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おにゃに

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知識や功績に罪は無い
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