資本主義は人の思考能力を奪う?(仮説)
資本主義ではお金を得ることが幸福へ近づくためのより強い手段になる。
この時点で「幸福とはなにか?」は「お金をどう稼ぐか?」へ置き換えられる。
そして、お金を得るためには、''人に考えさせないこと''が効率的。
消費者には
「これを買えば間違いない」
と思わせた方が商品はよく売れる。
これは本当に必要か?本当にこれはいい商品?
そう考えさせる隙はできるだけ与えたくない。
労働者には
決められた手順だけ守らせれば正確に業務が行える仕組みをつくった方が失敗しにくいし効率的。
考えて行動しなくていい仕組みが整うほど組織として強くなる。
コンテンツ市場においても
受け手に対して誤解が少なく、理解に時間のかからないものが伸びやすい。
炎上リスクを避けてより多くの人に見てもらおうとするなら、やはり何も考えずに消費できるコンテンツは強力。
こう考えると資本主義は考えない方が便利で、安全で、効率的で、利益になる環境が作られやすいように見える。
これは、考える必要がなくなって思考が省略できるようになった。とも言える。
ただし、思考が省略できて空いた余白に詰め込まれるのは
より高度な思考の機会なのか、それとも考えなくても楽しめるコンテンツなのか、
現時点では両方の可能性がある。

こうしん

カンパチ

レタス
思考停止の世の中では考え抜いた人の価値が相対的に上がる
NB
それを緩和する為に国でルールを作るけど、作るのは格差社会の上位の人達だから今の様な社会になる。
めちゃくちゃ有能で倫理観を併せ持った独裁者の社会の方が上手くいくんだろうなとたまに思う。

tetra

