なぜこんなにも、人を守るためのものは人を攻撃していい理由に使われる?(本文あり)
人を守るための
決まり、ルール、考え方、言葉
こういったものはすぐ攻撃をしていい理由にされる。
盾で殴れば心は痛まない。なぜなら盾は守るための道具だから。
攻撃は最大の防御なりとは言うけど
逆も成立するらしい。
''悪''があるのだとしたらそれが誕生するのは
人を守るためのものが
できる前?できたあと?
人を守るためのものは
悪から人を守るため?悪を定義するため?
どっちのためにつくられた?

かめ

ラスカル
私たちはこんなにも弱いのです。認めて当然でしょ?
という権利を振りかざしたいのです。
だって法的に社会的に認められているのだから。
そのために罪のない罪人が特に最近跡を立たない気がします。
#冤罪
#チャッピー
#罪なき罪人
たれぱん
なので、「悪」が誕生したのは「人を守るためのもの」ができる前だと思います。 そして「人を守るためのもの」は、本来その「悪」から人を守るために作ったものです。
ただ、人を守るための「ルール」ができると、元々の「相手を不快にさせること」ではなく「ルールを守らないこと」自体が「悪」になるかも。
また、ルールが「悪」を未然に防ごうとするあまり、抑止力を通り越して「悪になりそうな相手への先制攻撃(排除)」の口実に使われてしまうかな。

しゃけ

くま
人を守るためのルールが、
別の人には攻撃に見えることもあると思います。
いろいろな考えの人がいる社会なら、
それは普通に起こることではないでしょうか。
ただ、「悪があるとしたら」の「悪」が、
誰にとって、
何を基準にした
悪なのかが分からないので、
そこについては何とも言えません。

アサギ
攻撃は害することが目的なのに対して、反撃は害することが手段であるから、目的は別にあると正当化されやすいのかもしれません。

-FIRE-
推理小説やサスペンスで正当防衛がやたら出てくるでしょ?

空
人は、どころか生物は奪い合って生きています。奪い続けて残ったもののみが次世代に続くことができるのです。
では奪われないようにするには(守るには)どうしたらいいか、という話になりますがただ守るは行動しないと同義です。違う奪われ方をされるだけなので。
さらにほかから奪う。これが真っ当な資本主義って感じ。現代のマネーゲームはここの色や味を変えているだけにすぎません。
奪われないよう逃げる。賢い選択ですが、逃げた先でもいずれ同じことは起こります。
つまり平和に生きたいのであれば誰よりも奪う力を手に入れる必要があります。そのためには盾だろうが法だろうがぶん殴るために使って行くのが自然な流れではないかと

サリンジャー

むっちょ
「自分」が確実に存在する場所や思考は守りたいから、「それ以外」の相手にとっては攻撃されてるように感じてしまうんだろうね。
戦争とかに関してはビジネスが絡んでるから単純にやるかやられるかではないでしょうか。
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